第12話 激闘
ずいぶんとおかしな人に出会ってしまった。変人といっても差し支えないだろう。
相当腕に自信があるようだが、その実力は未知数。恰好だけなら強者の貫禄はあるが、緊張感に欠けた口調と態度に疑いの眼差しを向けてしまう。
対する
「……まさか……いや、まだ寝惚けているのか!?」
思わず頬を
─キイィィィィンキィィィィィンキィィィィンキィィィィン──
見えない衝撃を剣で受け流し、ヘカテと呼ばれた
「この世界には君にとって想像を絶する強者がいるでしょう。しかし退くことが困難であれば戦わざるをえません」
「指をはじくだけであの斬撃…………滅茶苦茶だな」
ごくりと唾を飲み込む。
「強者と対峙したならば全身全霊で刮目しなさい。命絶える寸前まで弱点や隙を探りなさい。強者ほど弱者に対して慢心を隠しません。それが強者たる矜持なのですから」
「き、消えたっ!?」
捉えていたはずが視界から
「敵は体が大きい分、
──グヴゥゥゥ──
土埃が舞う中で人影が竜の足元に立っていた。
「足の腱──人間でいうアキレス腱を断ちました。ここは鱗のない守りが薄い部位です。同じ個所を斬りつければ厚い皮膚に
「同じ斬り口に何度もですか…………自慢しなくても十分凄い技です」
「君なら100回くらい必要かもしれません。ですが基本に、忠実に、確実に戦いなさい。劣勢だからといって飛んだり跳ねたりはだめですよ」
「一発逆転の一撃は止めろということですね」
「はい、そのとおりです。賢い子は好きですよ」
──タカガコノ程度、我ヲ屠ルナドト思ウテカ──
黒く
「それはどうでしょうか?。体勢を崩したらあなたは終わりですよ」
「また消えたっ!?」
必死に両目に魔力を集中するも、自分の実力ではヘカテを捉えるのは無理かもしれない。辛うじて地面を蹴った焦げ跡のようなものだけはわかる。
「君と同じですよ。踏み込みの際、魔力を集中しているだけです。ただし私の場合はその密度が違います。極限にまで圧縮させた魔力を爆発させるようなイメージですね。同時に足先も魔力で保護していないと吹き飛んでしまいますが」
──ヌグゥグゥゥゥゥゥゥ──
さらにもう片方の足の腱もヘカテの餌食になり、
「ふふっ、これで屈服の準備が整いました」
にわかには信じ難いが
「隙ができたら迷ってはいけません。追撃に追撃を加えましょう」
ヘカテは
「まずは『空間転移』を阻害するの為に翼を斬り落とします」
「空間転移?」
「君の知識によればテレポートというものです。任意の場所にひとっ飛びといったところでしょうか?。魔法使いでもごく限られた者でしか扱えない代物ですよ」
「そういうことか……」
「いきなり現れたからさぞかし驚いたことでしょう。こんな大きな体で物音立てずに現れるわけがありませんから。逃げないよう今のうちに断っておきます」
ヘカテはなんなく両翼を斬り落とす。
「そんなあっさりと……」
「この神の一振り『
「……いちいち報告しなくともいいですから。僕にはほとんど見えていません」
早すぎて
いちいちあーだこーだと解説をしながらもヘカテは
鱗が剥がれている腐った外皮を手当たり次第斬りつけ、そこかしこからおびただしい血が噴き出す。
痛みに抗して苦悶の声をあげる。
──我ヲ亡キ者ニスルカ、死ニゾコナイノ人モドキメ──
辛うじて意識を保っているようだがすでに虫の息だ。
「……醜い肉塊となった姿でそれを言いますか?」
むっとして
──人ニ見放サレタ憐レナ存在、ヘカテ……コノ地ニ留マル亡霊──
「……遺言はそれでよろしいでしょうか?。人間に牙を向けるなんて堕ちるところまで堕ちましたね」
血糊のついた剣を振り払い切っ先を竜に向ける。
「あなたは一体──あの竜と過去になにかあったのですか?」
話がついていけず俺は問いかける。なんだか過去に因縁がありそうな意味深な応酬に置いてけぼりだ。
「詳しくは……これが終わってからにしましょう。君はその子を守ることに専念してくださいね」
「そ、それはもちろんですが……」
「すぐに終わらせますので……弱っているとは相手は神と同等の力を持っていた伝説の竜。油断すれば私でもイチコロです」
「はぁ……一方的な展開にしか見えませんでしたが?」
「……すでに限界なんですよ。死んでもおかしくないほどの呪いが蓄積されていますから」
「さっき言っていた女神の呪いですか?」
「本当は苦しませずに、ひとおもいに終わらせたいのですが、私も君と同じように魔力があまりありません。地道な方法を取らざるをえないのです」
「魔力が無いのは始めから知っていましたが。技術だけであいつと戦えるのはいまだに信じられません」
「ふふっ、凄いでしょう。姉妹の中で最も剣術が上手いってお姉様に褒められましたから。自慢できる唯一の長所です」
──マダ終ワッテハイナイ──
「消滅の息吹……懲りないですね」
俺は今度こそ捉えられるよう限界まで
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
金切り声が森中に響く。
双方に割っているように一人の少女が突然現れた。
茂みの中から小さな女の子が飛び出した。
「マムをこれ以上いじめないで!」
赤い瞳に涙を浮かべ必死に叫んでいる。
「……かわいい」
必死にしがみついていたリブがぼそりとつぶやく。今まで黙っていたのでてっきり気を失っていたかと思った。
「……まだガールフレンドがいたんですか?。お盛んなのは良いですが自重していただかないと困ります」
「い、いや、初対面ですよ」
「ザックは私だけの従者……浮気は許されない……」
「この森に長く
「だ、だから、マムって言ってますし、その竜のお子さんではないですか?。頭に角が生えていますし──」
「冗談ですよ。確かに魔力の波長はそこの竜と似ていますので親族なのでしょうね
」
「……まったく笑えない冗談です」
「この大きな竜は君のお母さんなのかな?」
「そう!。急にいなくなちゃったから探しに来たの」
「そうなんだ。でも君のお母さんはそこの人間を食べようとする悪い竜なの。お嬢さんには申し訳ないけど、お姉さんが退治しないといけないの」
「そんなことない!。マムはいつだって優しいし人間なんて食べない!。嘘つきはおばさんだ!」
「お、おぉ、おばさんぅぅぅ!?」
よほど衝撃的だったのか、
竜の娘と名乗る女の子は
「もう止めて!。わたしにはマムしかいないの!」
必死に止めようと懇願する。脇目もふらず探し回っていたのかみすぼらしい服は木の枝や葉がいくつもついていた。
──我ガ愛シノ“セディス”──
「マム……そんな姿になってもマムはマムだよ」
セディスと呼ばれた女の子は振り返り微笑みかける。
「わたしの為に食べ物を探さなくてもいいんだよ。それよりもマムは自分の体を大事にしてよ!」
──セ……セディス……──
「魔物はまだ食べられないけど、木の実で我慢するから……マムも自分の体をもっと大事にしてよ」
──セディ……ス──
「マム……いなくなったら寂しいよ」
──サミシイィ……──
「……もう帰ろう」
──エエエエササガガガッフエタァッ!!──
「えっ、マ、マムっ!?」
「いけない!。自我が崩壊しかけているっ!」
しかし白い閃光が視界をふさぎ、暴発するようにすべてを包みこむ。
「逃げろ!!」
俺はセディスと呼ばれた女の子に向かって叫ぶことしかできない。リブを掴み全力で飛び退く。
再び脳裏に死がよぎる。
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