最底辺は生きづらい ~孤独に、孤高に、孤立する~

ひとりぽち

第1話 プロローグ

 業火に包まれ崩れていく──。

 木片で仮組みしただけの粗末な家屋。風が強く吹けば軋み、雨が降れば屋根から水滴が落ちてくる。傍目から見れば乞食の住処に映るだろう。

 

 しかし自分にとっては大切な場所だった。素敵な思い出しかない、かけがえのない我が家だった。


 「……?」

 燃え盛る炎に一人──男の子は立ち尽くしていた。およそ子供には似つかわしくない言葉。虚ろな黒い瞳が炎を映す。

 「もう…………うんざりだ」

 両の拳を強く握り、唇を強く噛む。

 襤褸ぼろ切れのような風体は泥と血糊で赤黒く染まり、熱風で黒髪が逆立つ。全身から闘気のような狼煙が立ちのぼっていた。

 「母さん………………不出来な俺を恨んでくれ」

 頬に伝う雫の感触。拭われることなく落ちていく。

 

 慟哭する男の子に寄り添う者はなく、火の粉は夜空に散っていく──。





 現世で不幸に遭い、来世に託したつもりだったが、前世の記憶を持ったままとは思わなかった。

 転生していると気がついたのは1歳にも満たない幼子の時分だった。

 

 陽光が差し込むあばら家で、母親の腕に抱かれて生を受けた。自分には勿体ない、とても綺麗で優しい人だ。いつも笑みを絶やさず、落ち着ている様に、天国の女神様なのかと疑ったほどだ。比較してはいけないが、前世の母親とは格が違い過ぎた。

 こんなにも神々しい人が、馬小屋よりもみすぼらしい場所にいるのが不思議でならなかった。

 

 すこし時が経ち、自力で立てるようになり、行動範囲が広がると、その理由がすぐに分かった。他人の噂はいつの時代も娯楽であり、一歩外に出れば聞きたくもない事実もすぐに耳に入る。

 端的に言ってしまえば駆け落ちしたそうだ。あちこちを転々としながらこの場所に流れ着き、住みついたそうだ。父親はその旅の途中で命を落としてしまい、母子だけになってしまったのだ。

 

 「お前の母ちゃんに求婚プロポーズした奴なんか、ここにいる男みんなそうだぜ。村の男もそうしてえが、身分の差でそれができねえ。お前は本当に幸せもんだぜ」

 我が家よりもな精肉店の主が愚痴る。筋肉質で肌黒く、一見怖そうであるが、実直そうな顔立ちをしている。手際よく野兎を捌き、店先に大小の獣肉を並べていく。会話の度、道行く人に呼び込みをしている。 

 「僕もそう思うよ。幸せかどうかは分からないけど、未亡人なら放っておけないよね?」

 「なら俺の事を良く言っといてくれ。お前が加勢すれば気持ちもちったぁ変わるんじゃないか?」

 「うーん、早く再婚してって言ってるけど、まだダメみたい。お父さんの事がまだ忘れられないみたい」

 「一人息子の“ザック”が言っても無理なのか……もうここに来て5年だぞ?。行方知れずの旦那を想う気持ちは分からんでもないが、現実を受け入れて、新しい幸せってえもんを掴んで欲しいな」

 「うん、今日も駄目だと思うけど話をしてみるよ」

 店主に同意する男の子は申し訳なさそうに頷き、

 「おまけをしてくれたらもっと頑張るよ」

 満面の笑みで両手を差し出す。それはもう子供とは思えないほど不敵な笑みで──。

 

   


 辺境の村──アベドン。

 王国から遠く離れたこの地は、要所として長い間、国民を守ってきた。

 白く峻険な山脈を背に、深淵の森アビスフォレストと言われる大森林に囲われ、度々現れる魔物を討伐してきた。今もな国境警備隊が日夜目を光らせている。

 アベドンの村は四方に木製の防壁があるが、奴隷はその外に集落を作り、生活している。村民が攻撃される前に奴隷が犠牲になる仕組みで、度々軋轢が生じている。国境警備隊の中の人間は、奴隷と一緒に戦う機会も多く、複雑な感情を抱いていた。

 どちらにせよ解決の糸口は見えず、両者間の溝は深い。


 「母さん、ただいま」

 扉とは言えない板切れを開けて母屋へと入る。慎重にかつ丁寧に扉を戻す。

 「おかえりなさい、今日は随分と遅かったわね」

 物腰柔らかなか細い声が返ってくる。

 仄暗い寝床から母親“オリアナ”が笑顔で出迎えてくれた。

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