世界一嫌いな村松さん

本間和国

第1話

夕暮れ時の薄暗い部屋

空は、今にも雨が降ってきそうだ。

ポッポッポッ・・・

ザ――――――ッ

空はあっという間に真っ黒な雲に覆われ大粒の雨が降ってきた。

部屋で1人留守番をしていた少女が急いで外に飛び出し、洗濯物をしまう。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」


何かに怯えたような幼い目は、長い前髪に隠れている。

小学校1年生くらいの少女は小さな体で一生懸命洗濯物を抱え、ひたすら謝っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「松村さん、今日で最後よね。さみしいわ。元気でね。」

「短い間でしたが、お世話になりました。」


あたしは大学病院を後にする。

なにが寂しいだ。よく言うわ。さんざん嫌がらせしてきたくせに。あの看護婦長め。


松村光騎こうき22歳。

看護学校を卒業して、大学病院に配属されたけど、1年で看護婦長と先輩看護師からのパワハラとイジメが原因で辞めた。

パワハラはムカついたけど、イジメは、あたしに対してじゃなくて、大人しかった同期の子に対してだった。

悪口、無視は当たり前、シューズをごみ箱に捨てられてたり、ユニホームに思いっきり消毒液がかけられてて、臭くて着れなくなってたり・・・

あたしは見るに見兼ねて先輩に文句を言ったら、その子に対するイジメは、どんどんエスカレートしていった。

その子は精神を病んでしばらく休職し、辞めた。

あたしも、そんな世界にウンザリして辞表を出したら、看護婦長の嬉しさを隠すあの表情・・・。

口では寂しいだの勿体無いだの言ってたけど、ニヤニヤが止まんない感じだった。

なにが白衣の天使だよ。

バーカ!


1ケ月がすぎ、新しい職場に再就職する事ができた。

ここは有料介護付き老人ホーム。

せっかく看護師の資格を取ったから、あたしはここで、看護師として働く事になった。


「松村光騎さん、今日から看護師として働いてくれる事になったので、皆さんよろしくお願いします。」


介護士の松田さんが紹介してくれる。


「松村です。よろしくお願いします。」

「じゃあ、とりあえず・・・三戸さん、施設内を案内してもらっていいかな。」

「はい。わかりました!よろしくね。」


ここ「長寿のさと」は、70歳以上ならお金払えば健康な人でも入れる高級老人ホームで、会社の社長さんとかがリタイアして入居してくる事が多いみたい。

従業員は介護士、事務、食事や清掃員全員で30人くらいだ。


「あたし三戸です。よろしくね!」

「よろしくお願いします。三戸さんは、どれくらいみえるんですか?」

「あたしは、まだ2年。もう1人事務の兵藤さんは4年いるよ。」


三戸さんは笑顔が素敵な明るい人だ。

施設の中を順番に案内してもらい、持ち場に戻る。

更衣室に人の気配を感じ、ふと見てみると、

ガチャ

ドアが開き、中から中年のオバサンが出てきた。

目があったので、会釈すると、その人はムスッとしながら歩いて行った。


こえ―!

なんだアレ?


「今の人、気をつけてね。ここで一番のお局の村松さん。あ、松村さんと逆だね。」

「気をつけるって何を?」

「また教えてあげるね。」


気をつけるってことは、そうとう怖い人なのか?イヤだな〜。まあ、どこにでも、そういう人いるけどね。


あたしは、三戸さんに自分のデスクを教えてもらった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


今日は看護師の先輩から引き継ぎをしてもらって終った。

この先輩は今月いっばいで退職される。


服を着替えて施設を出ようとすると


「挨拶は!?」


ビクッ!!


いきなり怒鳴られて、驚いて振り返ると「村松」がすごい顔で睨んでる。


「すみません、お先に失礼します。」

「帰る時は必ず全員に挨拶をしてから帰ってください。」


すっごい不機嫌な顔で去って行った。

なに!?あの言い方〜!ムカつく〜!


◇◇◇◇◇◇◇◇


ガチャガチャ

家の鍵を開ける。


「知晴?遅いじゃないか。早くご飯の用意しなっ!」


70歳前半くらいの女性が睨む。

玄関を上がり、奥にあるリビングでは50代くらいの男がビールを飲みながらテレビを見ていた。


「おい。ハラ減ってんだよ。早く飯の用意してくれよ。」

「ほんとに、こんな時間まで仕事だったのかい?どっかで、ほっつき歩いてたんじゃないのかい?」


「知晴」は悔しそうな顔をしてギュッと両手をにぎりしめる。

「村松知晴」この家の住人だ。


「すみません・・・」


そういうと、食事の準備を始めた。


◇◇◇◇◇◇◇


「おかえり光騎、仕事どうだった?」

「う〜ん。イイ匂い!お腹すいた―!」

「まずは、ただいまだろっ!それから、きちんと手を洗って。うがいもな。」


アパートに帰宅して、玄関から入ってすぐにあるダイニングのテーブルには、揚げたての海老フライが!

あたしは、つまんで食べようとすると、同棲中の彼、築山令音つきやまれお26歳に怒られた。

令音は、あたしより4つ年上なのに加えて、警察という職業がらのせいかイチイチうるさい。


「はいはい、わかりましたよ。」


あたしは手を洗い、うがいをする。

はぁ〜やっと食事にありつける、


「いただきます。」

「いただきます。」

「う〜ん。うまっっ。」


あたしは海老フライにかぶりつく。

そしてビールもグラスに注ぎ、グビグビグビ・・・

あ〜幸せ〜。


「疲れたんじゃないのか?初日は覚える事がたくさんだろ。」

「まだ今日はとくに。施設内の案内と、1日の流れと先輩について回っただけだから、そんなに疲れなかったよ。

職場の人も良い人そうだし。

あっ!!でも1人変なのいた!!」


あたしは右手に海老フライ、左手にビールで思い出した!


「「村松」ってヤツ。」

「「村松」?」


あたしは頷いた。






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