一章
第2話 南雲悠一の場合
僕は生まれて初めて本当の恋をした。
保育園や小学校の頃にも、好きな女の子の一人や二人いたかも知れない。
だが、あれは恋とは呼べないだろう。
あくまでもそれは〝ラブ〟ではなく〝ライク〟だ。
現実、本当の恋を知るのは、高校生以降だと僕は思う。中学で好きだった遠藤さんや小倉さん──、あれは断じて恋ではなかった、と信じたい。顔やその見た目が好みだっただけで、それをただ単にひとつの恋模様だと勘違いしていただけ。
当然のことだ。それこそまともにその子たちと会話したことすら無かったのだから……
改めて言う。
僕こと、
だから自分はこの秘めたる想いを彼女に告げることにする。
たとえこの恋が実らなくても──
まぁ……実際、実らず枯れてしまったけどね……。
◇
制服が夏服に変わる衣替えの季節。
ジメジメとした小雨が
「──で、話って何? 私の下駄箱に手紙を入れたの南雲君だよね?」
学校の校舎四階。人気のない階段の踊り場に立て掛けられたアンティークな大鏡を背にして彼女──
「ええっと、その……」
そして僕は、ここにきて何度も繰り返し練習した台詞もすべて頭から吹っ飛んで、なかば無理やり吐き出した言葉でさえも、語尾が小さく自然と言い淀んでしまう。
柊さんは男子平均値の自分よりも若干低いぐらいの身長なので、いざ対面すると、その威圧的な態度も相まって、場所も場所だけに、不良から呼び出された気弱な男子生徒のような態度になってしまった。
彼女の真っ白な夏服のブラウスに包まれた細い背中と一緒に映る鏡の中の自分が、余りにも情けない。
とはいうものの、現実、僕が彼女を呼び出した訳だし、実際に柊さんはこんな人気のない
だから最低限の礼儀として、僕は本来の目的である──彼女への告白を玉砕覚悟で実行しなければならない。
気持ちを新たに意を決し、引き気味だった腰を整え、逸らしていた目を正面に向け、熱い眼差しを灯し、僕は彼女の瞳を見つめた。
「……うっ」
すると今度は何故か柊さんの方が背中を引いた。あんな毅然とした態度で僕と接していたのに、何だか今は逃げ腰になっている。
だが構わない。
このタイミングを逃がしたら己の決意がまた揺るいでしまう。もう待つ事なんて出来ない。
今こそ想いを彼女に告げる──
「ひ、柊さんっ、僕と付き、」
「ごめんなさい」
「……へ? ま、まだ、最後まで、」
「私は貴方と付き合えません」
「言ってな、」
「私は貴方に興味がありません。だからお断りします」
「……言ってない……けど」
取り繕うまでもない言葉の羅列。
冷たく無表情で言い放つ彼女の顔を見ながら僕は思う。
肩の先まで伸ばした
色々と理屈をこねていたけど、僕が好きになる女子はやはり見た目重視なのだろうか?
いや、たしかにそこは大事だけど、彼女、柊美空さんに至っては、その佇まいというか、優等生特有の近寄りがたいオーラが逆に気高く感じて……そんな彼女に告白を決意する自体、なんとも無謀な計画だったかも知れない。
……まぁ、何にしても、僕は彼女にフラれたらしい。
「──私、自分より学力が劣る人には、全く興味がありませんので、あしからず」
あ、そういうこと?
確かに彼女の成績は優秀だ。今学年で常に一ケタ順位をキープしていた。当然その成績順に自分は劣る。それが告白を断わる理由だったのなら、この僕にだって努力次第で多少なりとも可能性があったわけか……ま、今更だけどね。
ともあれ、こうなったら一刻も早くこの場から潔く去るべきだろう。
「……わざわざ呼び出してごめん。じゃ、僕は行くから」
言葉少なく、僕は彼女に背を向けた。
「本当にごめんなさい……」
その時、彼女らしかねない謝罪の声が背後から聞こえて、虚しくも、僕はちょっとだけ救われた。このままさっさと家に帰ってふて寝しよう。
──と思った瞬間だった。
ガタッ──
「きゃっ!」
背後から物音と共に彼女から短い悲鳴。
僕は慌てて後ろを振り向く。
「────っ!?」
絶句。
思わず声を失う。
なんとたった今目の前で柊さんが大鏡に吸い込まれた。
自分で何を言っているのか、訳わからんが、この瞬間、柊さんの細い右手が鏡の中から延びている。その手もたった今吸い込まれてしまった。これは断じて見間違いではない。
「くそっ、何でだよ!?」
僕は今更ながら元凶である大鏡の前に駆け寄った。一見すると装飾が派手でデカいだけの古ぼけた鏡だ。
「返せよっ! 早く彼女を吐き出せ──」
無駄だと知りつつも、僕は大鏡を拳で叩きつける。鏡はことのほか頑丈で、何度も強く殴ろうが割れるどころかひびすら入らない。
「一体どうすれば……警察、いや、消防? とにかく今は先生を呼ばないと──」
その時だ。
パニくる僕にも、異変が──
「な、」
──と、ここから後の記憶がない。
気がつけば、僕は森の中にいた。
それと柊さんもいた。
彼女は、空を見上げながら呆けていた。
そして現在に至る。
あの不思議な大鏡のことは今の今まで忘れていた。記憶力だけは自信があったのになぜ?
大事なことだったのに──
「……どうしたの? 顔真っ青だよ」
隣で歩く彼女、柊さんが僕を覗き込む。
「……いや、大丈夫。それより先を急がなきゃ日が暮れちゃうから」
「そだね。急ごうか、南雲君」
ここに来た最初こそは、現状が理解不能で二人してパニくっていたけれど、今現在はどうにかこうにか落ち着いている。
それと、今の柊さんといえば、問答無用で僕をフったあの剣呑さはさっぱりと消え失せていて、今はごく普通の態度で自分と接してくれている。
……ま、彼女にフラれた身としては、若干思うところがあるが、この状況だ。致し方ない。
それより、この樹海に迷い込んだ経緯ついてだが、あの理解しがたい古い大鏡の出来事を考慮すると、これこそ信じがたいが、まさかの『異世界』に転じた可能性が大だ。
さしあたって僕と柊さんに、チート能力だとか女神特典その他もろもろが備わった形跡は一切ない。当然叫んでもステータスウィンドウは出てこないし、チュートリアル的な謎の声も一切聴こえてこない。
当たり前だ。
そんなのラノベやアニメだけのテンプレにすぎない。
現実はそんなに甘くはない。
僕ら二人は何も知らない非力なまま、この不可解な異界を脱出しなければならないのだ。
とはいえ、もしあの鏡が何だかのテレポート的な瞬間移動装置で、ただ単に『現代の日本のどこかに飛ばされた』だけだとすれば、飛ばされた場所がどこにせよ、まだ家に帰れる可能性があるのだが……。
「……ええと、南雲君。まだ明るくてよくわからないけど……その……何だか月が二つに見えなくない?」
「ん? ……見える、かも──」
そんな異世界のテンプレいらねーよ!
「あはは──」
「くふふ──」
森の中、自然と二人で笑った。いや笑い合うしかなかった。
それと本格的に周りが薄暗くなってきた。
僕らは完全に、詰んだ、かも知れない──
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