256 とりあえず世界を救ってみよう ②
レンさん。
闇札機関の盟主にして、この国を守護する組織”社”の後継者。
その在り方は、人々を統べる覇道を征きながら、世界を守る守護者を自称する。
一言で言えば中二病、神童、それから――俺の店の常連。
幼い少女でありながら、経営とファイトで高い才能を発揮している。
行方不明になった母を探しながら、様々なことに挑戦する忙しい人だ。
その特性として、日常のファイトでは実力を発揮しきれないという弱点がある。
理由は不明、似たような才能を持つキアが一切そうなっていない辺り。
レンさん個人の性格的な問題……らしい。
しかしここ最近、その弱点が緩和されつつある。
少なくとも、蒸気世界にやってきてからは日常におけるファイトでもかなり上手くデッキを回転させることができていた。
だから今回も、問題なくファイトができると思ったのだが――
「ぐえー」
レンさんは負けた、普段より更にあっさりと。
というか1ターンキルだった、これくらいなら行けるだろうと思ったらそのまま終わった。
九時まではまだ時間がある、異世界に転移すらしていない。
「レンさん、大丈夫?」
「…………」
むぐぐ、みたいな顔をしながらレンさんは起き上がった。
だけど普段なら、色々と飛び出してくるだろう文句は……飛び出していない。
なにやら、考え事をしているようだった。
「……どうしたの? レンさん」
「…………ここまでファイトが噛み合わないのは、初めての経験だったのだ」
そう言って、どことなく唇を尖らせるレンさん。
なるほど、想定以上に上手く行かなかったわけだ。
とはいえ、だというのにレンさんはそこまで悔しそうではない。
どうしてだろう、と思っていると。
「何かあるぞ。これには間違いなく、理由がある」
どうやら、レンさんは本気になったようだ。
「よかった、レンさんがショックを受けてるんじゃないかと思って、心配したよ」
「バカを言うな! 我は翠蓮、闇札の盟主にして社の娘なれば! この程度なんてことはない!」
それに、だ。
と、レンさんは立ち上がる。
「これは逆境だ、逆境とはすなわちひっくり返せば一気に形勢が傾くもの! 急ぐぞ天の民、九時まではもう時間がない」
「そうだね。それまでに理由を考えて、もう一度ファイトしないと」
どうして、このタイミングでレンさんが普段以上に噛み合わなくなったのかはわからない。
だが、間違いなく理由はあって、それを解決するにはファイトしかないのだ。
そして、ファイトでの解決を決めた以上、最初の条件をズラしてはいけないだろう。
火札世界でファイトを始めて、蒸気世界へ転移する。
……なんか、方向性がどんどんレンさんの問題改善に寄っている。
カード生成の方は見込みが薄そうだなぁ、と思いつつ。
俺は色々と原因を考えることにした。
「まず、レンさんのファイトが噛み合う条件を考えよう」
「最近のファイトは噛み合いつつある……というが、正直に言うと日常のファイトではそこまでファイトが噛み合っていることはない。蒸気世界でも、だ」
「つまり、一部の特別なファイトだけ噛み合ってる、と?」
「そうだ」
具体的には、ショップ対抗戦での小中井さんとのファイト、それから蒸気世界でのナギサとのファイト。
最後にエレアとの客寄せファイトだ。
ヒジリさんとのファイトは、カード生成で強引に勝利したからまた別枠だろう。
「それ以外のファイトは、全くなのか?」
「ああ。……いや、蒸気世界では少し良くなっているな。間違いなく、火札世界より」
「とすると……蒸気世界にあって、火札世界にないもの、か」
それを考えた時。
すぐにピンと来た。
レンさんも、それは同様だったらしい。
「――ルインさんだ」
「ああ、我はあの頃、蒸気世界に母上がいると考えていたからな」
小中井さんに促されたことで、ルインさんの存在を意識して。
それから、特別なファイトではレンさんの運命力が向上している。
「……<破滅巫女 ロータス・ステラ>か」
「うん、……おそらくだけど、レンさんを模したカードだと思う」
「本の民め……」
そして、察しの良いレンさんは<ロータス・ステラ>がマリアージュしたことの意味を理解してしまった。
ええい、時間が惜しいのに小中井さんめ……
「とにかく! それならレンさんは、ルインさんを意識していればファイトが強くなるのかな?」
「……違う、だろうな。母上がいた頃もファイトが噛み合うことはなかった」
レンさんのぐえーは、ルインさんがいた頃からそうだった。
とすれば、ルインさん自身が運命力が向上する理由ではない。
「でも、今はルインさんが無関係ではない」
「……母上が関われば、我のファイトが噛み合い。そして今は、そうではない。……つまり、いや……」
レンさんが、思考の海に沈んでいく。
――なるほど。
ここまでくれば、俺はもう必要ないだろう。
レンさんは、歩き出せば自分一人でも目的地にたどり着ける人だ。
今までは、目的地が解っていなかっただけで。
「そもそも……我はどうしてダークファイターとは問題なく戦える?」
そして、根底の話。
確かに、それはそうだ。
今まで疑問に思ってきたけど、考えるべきはレンさんがどうして日常のファイトで上手く戦えないのか、ではなく。
どうしてダークファイターとは問題なく戦えるのか、ではないか?
「――あ」
そして。
レンさんが、ふと顔を上げた。
その視線は確かに――何かを、必要なものを掴んだようだった。
「ああああああ! 解った! 解ったぞ! 我、発見せりだ!」
その瞬間、レンさんは大きく笑みを浮かべた。
ようやく長年つきまとっていた悩みに、結論が出た。
「天の民、構えよ! もう時間がない、このままファイトを完遂するぞ!」
「――了解!」
かくして、強く笑みを浮かべたレンさんが――宣言する。
「イグニッション!」
先行は俺、<アークロード・ミカエル>とカウンターエフェクトが二枚という、そこそこ強めの布陣を敷いてターンを終えた。
九時まで、後数分。
レンさんが出した答え次第で、成否が決まるだろう。
「我のターンだ!」
カードを引き抜き、レンさんは笑みを深める。
「単純なことだったのだ、天の民」
「単純なこと?」
「我は自分で言うのも何だが、真面目な性格で、そして天才だ」
自分で言うのも……と前置きするのも納得の内容だが、実際事実だ。
レンさんは本当になんでもできる、できすぎる、というくらいに。
「だがそれ故に……迷ってしまうのだ。できることが多すぎて」
「その迷いこそが、レンさんの中で噛み合わない何かを生んでいた?」
「――そうだ。我には目標が必要だったのだ。経営であれば売上という目標が。ファイトであれば――倒すべき敵が」
なるほど、それは。
確かに日常では、噛み合わない。
「日常を愛していなかったわけではない、隣人を愛していなかったわけではない。それでも、日々のファイトには目的がなかった。故に我は、自分の中で選択肢を迷子にしてしまっていた」
出来すぎてしまうということは、考えすぎてしまうということだ。
ファイトの中で、敵を倒すだけならばその最善手を考えればいい。
だが、日常の中では相手を倒すことだけがファイトの全てではない。
レンさんは「愛していなかったわけではない」と言っていた。
だけど、それは正確ではないだろう。
「むしろレンさんは、多くの人のことを強く愛していたと思うよ。守護者として、守護するべき存在として、慈愛の感情を向けていた」
「うむ……うむ! そうだ、その通りだ。我はこの世界を――人々を愛している」
大地の守護者を名乗るくらいには、人々を守りたいと思っているのだ。
故に、迷い、そして答えを出せずにいた。
「先ほどなど、特にそうだ。天の民よ、我は申し訳なかったのだ」
「申し訳なかった?」
「天の民の助けがなければ、自分の目的すらはっきりしない、我の優柔不断さが、だ」
――なるほど、決断しきれていないまま問題を解決しようとしたから、レンさんは更に迷ってしまったわけだ。
「だが、今は違う。目的も、目指す未来も我には見えている! もう、迷わない!」
そして――時刻は九時を迎える。
レンさんは、答えを出した。
後は、ファイトにそれを乗せるだけ。
「我は、世界を守る。火札も、蒸気も! 全ての世界を! 我が守りたいと思う世界を守る!」
カードを構えた、呼び出すのは<ロータス・ステラ>を素材とするレンさんの新たなエース。
「我の愛する世界こそが、我の
その瞬間、世界は次元を飛び越えた。
一瞬確かに、火札から蒸気に世界が変わった感触がする。
店の内装も、蒸気支店のものに変化した。
「だったら俺は――」
「させぬ! 神の指南は我に不要! <ラグナファフニール>ある限り、カウンターエフェクトは発動できない!」
「何!?」
<ゴッド・デクラレイション>が封じられた!
相変わらず、何かと踏み台にされがちな神宣だ。
先日は、珍しくフィニッシュカードになったけども。
「そして、<ラグナファフニール>は三回まで攻撃が可能! 行くぞ!」
「<アークロード・ミカエル>も踏み越えてくるか……!」
更にレンさんは、モンスターのエフェクトで<ラグナファフニール>を強化。
俺を三回攻撃できっちり倒しきった。
やっぱり、出せれば強いな、<ラグナファフニール>。
「……お見事!」
言いながら、俺は吹き飛びつつ膝をつく。
一瞬ながら、濃厚なファイトだった。
負けたことの悔しさを除けば、大満足なファイトである。
「天の民、我はもう迷わぬぞ!」
「ああ、おめでとう、レンさん」
と、俺がレンさんを称えると――
「――――おめでとうございます、レンさーん!」
二階から起きてきたらしいエレアが、パジャマ姿でレンさんに抱きついていた。
ぐえー、とレンさんが吹き飛ぶ。
結局ぐえーはしていくのか……と思いつつ。
俺の手には、一枚のカードが握られている。
一応、カード生成についても何とかならないかと考えたのだが。
これは……流石に、全ての状況をひっくり返すほどではなさそうだな。
でも、なにかに使えそうなカードだ。
一人満足して頷きながら、ぐえーしているレンさんと、レンさんをもみくちゃにしているエレアの元へ向かうのだった。
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