EX5 デートと言えば、遊園地 ③

 エレアが遊園地に行くと決めてから、どうしても行きたいと言っていた場所は三つある。

 一つはジェットコースター、もう一つはお化け屋敷。

 どっちも遊園地の定番だよな。

 んで、三つ目も定番中の定番だ。

 なにかといえば――観覧車である。


 どうして観覧車なのか。

 景色を楽しみたいっていうのもあるけど、一番の理由は広い遊園地の中で、二人きりになれる場所がそこだけだったから。

 いや、他にもあるかも知れないけど。

 まず真っ先に思いつく場所で、そして一番雰囲気もピッタリな場所だ。


 いかがわしいことをするわけじゃないぞ?


「いやぁ……あっという間でしたねぇ」

「もうすぐ日が沈むからな、本当にあっという間だった」


 ちらりと観覧車から外を眺める。

 真っ赤な夕日がこちらを照らし、一日の終りを告げている。

 この後は、帰る道中に夕飯を食べてそれで終わりだ。

 せっかく遠出したのだから美味しいものが食べたいと、エレアは仰っている。

 それはそれとして。


「……私達、付き合い始めたんですねぇ」

「未だに実感、わかないよな」


 なんというか、ここまで結構慌ただしかった。

 昨日は会場の片付けが色々あったし、今日も朝から移動に時間がかかったし。

 慌ただしいっていうか、そわそわしているっていうか。

 どっちにしても、腰を落ち着けて一息つくってなると。

 まぁ、ようやくって感じだな。


「正直、付き合ったとしても関係が劇的に変わるわけじゃないですからね」

「そうだな」

「明日からは、普通にいつも通り仕事です。日常が戻ってきますよぉ」


 そう言ってパタパタと、エレアが足を揺らす。

 楽しげに、どこか思いを馳せるように。

 いつも通りの日常っていうのも、確かに悪くない。


 それから、少しの間沈黙が流れる。

 決して気まずくなるようなものではない、穏やかな時間の流れに身を任せるような。

 そんな沈黙だ。


 観覧車が、ゆっくりとてっぺんに到達しようとしている。


「……そうだ。私、少しだけ変わったところがあります。どこでしょう?」

「どこでしょう……って、そのクイズ、正解させる気ないだろ」

「ないですよー」


 へへん、となぜか自慢げなエレア。

 そうやって勝ち誇った様子を見せられると、抗いたくなるのがファイターの性。

 俺は一瞬、本気で答えを考えた。

 今までのエレアと、今のエレア。

 変わったところは、どこだ?


「――今までより、少しだけ自分の好意に素直になった?」

「――――――――――」


 あ、これは……


「ど、どぉしてわかったんですかぁ……」

「いやなんか、わかんないだろって雰囲気出されたから、マジで考えちゃって……」

「わ、私のばかぁ、ミツルさん相手ならこうなるって解ってたじゃないですかぁ……」


 負けず嫌いなファイターの前で勝ち誇るとか、逆転してくれと言っているようなものだぞ。

 それはそれとして、相変わらずエレアはカワイイな。


「まぁ実際、お化け屋敷みたいなのは付き合ってないとエレアはやれないよな」

「うわー! からかってますよね!? からかってますよ!」


 断定してきたぞ。

 片手で顔を覆って、俺の方にもう片方の手をぶんぶん振るってくる。

 なんかこう、煙を払うような手つきで。


「じゃあ、少し素直になった今なら……アレだ」


 少しためらってから、それを気取られないよう続ける。


「今なら、俺のことも素直に好きって言えるか?」

「ゔっっっっっっっっ!!」


 あ、動かなくなった。

 今度の沈黙は、少し気まずいな。


 さて、どうしたものか。

 無茶振りをしてしまったのはこっちだ。

 だったらいっそ、こっちから先に好きだと言って……いや、そうすると今度こそエレアが動けなくなる。

 何より俺も少し恥ずかしい。

 やらなきゃいけないならやるけどさ……くらいのテンション。


 とはいえ、せっかく観覧車に乗ったのにこのままってわけにも。

 多少エレアがパーになってしまったとしても、ここは俺から押していくべきか。

 と、思ったところで。


「…………です」

「エレア?」


 ふと、エレアが言葉を口にした。

 小さな声音、聞き取れないくらいの。

 問い返した俺に向かって、エレアは顔を上げる。



「好きです! ミツルさんのことが大好きです! すっごくすっごく、大好きなんです!!」



 観覧車の中に、エレアの声が響く。

 二人だけの世界、エレアの言葉を邪魔するものは誰もいない。


「私に人としての生き方を教えてくれたミツルさんが好きです! 私をエレアだって言ってくれたミツルさんが好きです!」


 絞り出すように、懸命に。


「店長として色んな人を導くミツルさんが好きです! 店が少しでも賑わうように、いろんなことを考えているミツルさんが好きです!」


 目を閉じて、止まってしまわないように。


「ファイターとして、最強を目指すミツルさんが好きです! その強さで、多くの人を魅了するミツルさんが好きです!」


 好きになってしまったから。

 好きなところがあるから。

 好きだという思いがあるから。


「すっごく落ち着いていて、とても頼りになる性格が好きです! それでいて、たまに天然なところも大好きです!」


 エレアは、それを言葉にしていく。

 ――いやちょっと待って、俺ってそんなに天然かな?


「だから、ええっと、うう……」


 やがて、言うべきことをすべて口にしたのか。

 エレアが恥ずかしそうに躊躇いを見せる。


「……ミツルさんにも、好きって…………言って欲しい、です」


 ――――。

 時間が止まったかのようだった。

 思考が停止して、ただ眼の前の彼女だけを見つめてしまう。

 そんな感覚は、けれども実際には一瞬の出来事だ。


「えっと……それは……」

「も、もう! どうしてそこでヘタれるんですかぁ!」


 自分は頑張ったのに、と。

 エレアは頬をふくらませる。

 申し訳ない、と思いつつも。

 そういうエレアだって、カワイイのだ。


「……まぁ、そういうところも、好きなんですけど」


 不満げに唇を尖らせながら。

 如何にも不満ですよ、と髪の毛を弄って見せる。

 そんな姿も愛らしくって――いや、そうじゃない。

 俺は、エレアの思いに応えなきゃいけない。

 俺がそうしたいからだ。


「えっと……そっち、行っていいか?」

「え、あ…………はい」


 向かい合っていた俺達が、今度は隣り合って座る。

 俺もエレアも、その状態で少しの間視線を合わせたまま黙っていた。


 観覧車が、頂上にたどり着く。

 静かな観覧車の中で、心臓の音だけが響いている。


「俺は……これからも、エレアと一緒にいたい」

「……はい」

「エレアもそう思ってくれているなら、とても嬉しい」


 見つめ合ったまま、言葉を交わす。


「……私も、ずっと一緒にいたいです。だから……私がエレアである限り。私は店長と共に在ります」

「ああ」


 エレアが、エレアである限り。

 それは、エレアが俺と一緒に歩むと決めてくれた証。

 かつて、エクレルールであった少女が、エレアになった何よりの証拠。


 だから俺は――


「エレアのことが好きだ。改めて、これからもよろしく頼む」

「こちらこそ。よろしくお願いします、ミツルさん」


 言葉でもって、”それ”を確かめ合う。

 それは時に、目に見えない繋がりであり。

 それは時に、愛情という感情そのものであり。

 それは時に、未来への祈りでもある。


 これからも、こんな幸せがずっとずっと続きますように。


「――エレア」

「……ん」


 エレアが、そっと目を閉じる。

 俺は、そっとエレアに寄り添う。


 夕暮れ、日が沈む最中。

 広い広い遊園地の、小さな小さな観覧車。

 二つの影が一つに重なる。


 きっと、これからもいろいろなことがあるけれど。

 俺とエレアは二人でそれを乗り越えていく。

 この世界には、いろんな幸せがあって。

 俺はその幸せエレアを、愛していると断言するのだ。

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