106 吾輩は決してデビラスキングではない
驚くべきことに、キリアさんはダイア――逢田トウマの娘だった。
そう言われると、確かに顔立ちに面影があるように思える。
というか、髪色はモロにダイアだった。
あの特徴的すぎる髪色を連想しないとか、俺はどうなってるんだ。
と、言いたいところだが、言われないとピンとこないのも人間である。
俺はどちらかというと鈍い方なのだ。
経験則――前世の創作物含む――があるだけだ。
「未来のダイア達は元気にしてるか?」
「あ、はい。父さんは今、宇宙にいるので家にはいませんが……」
「あいつ、案の定宇宙に行ったのか……」
イグニッション星人の誘いに乗ったかどうかはともかく。
宇宙にも多くのファイターがいるのは、ここ最近のなんとかイグニッション星人シリーズで証明されているのだ。
宇宙というまだ見ぬファイトの舞台に、ダイアが興味を示さないはずがない。
「ちなみにダイアの奥さんって……」
「そ、それはその……言えません、ごめんなさい」
「ああいや、言えないならいいんだ」
何でも、未来が変わってしまう可能性のあることは言えないらしい。
どれが未来を変える発言なのかキリアさんが知っているわけではなく、口に出そうとしても出せなくなる感じだそうな。
ううん、ファンタジー。
どっちかというとSFみたいな感じなのに。
なお、未来は口にはできないけど変えることはできるらしい。
変えようとすること自体がこの世界の歴史だから、とのことだが。
ここらへんはなんというか普通にSFだな。
とりあえず、ダイアの奥さんが誰かはまだ決まっていないようだ。
ダイアのことが好きな女性陣には頑張ってもらいたいものである。
「それじゃあ、俺達はここで失礼するよ」
「がんばってくださいましー!」
そんな感じで、キリアさんとも話をして。
俺はアロマさんたちと別れた。
なお、エレアはまた何か考える素振りを見せながら唸っている。
「……何か聞きたいことがあったんじゃないのか?」
「うにゃ! そそそそそんなことないですよ」
……これは突っつくと俺も恥ずかしくなるタイプのやつだな。
キリアさんに未来のことで聞きたいことがあったのだが、聞けなかったということだろう。
まぁ、気持ちはわかる。
とりあえず、俺達はそのままコスプレブースの中を進むことにした。
こっちにも知り合いはいるだろう、会ったら挨拶しないとな。
「いろんなコスプレがありますねぇ」
「非人型モンスターのきぐるみまである、気合入ってるな」
コスプレブースでは、様々なモンスターに仮装した人々が仮装やファイトを楽しんでいた。
各々、個性豊かなモンスターに扮している。
「……ところで、店長」
「なんだ?」
「この中の何人が本物だと思いますか?」
「さてな」
本物。
つまり、この中にモンスターに仮装しているふりをした本物のモンスターがいるかもしれない、ということだ。
エレアが<エクレルール>に仮装したら、それはつまりエレアのいう本物そのものだ。
「まぁ、間違いなく何人かはいるだろう。とはいえ……俺にはさっぱりだ」
「店長は、そもそもモンスターが見えない人ですもんね」
気合い入れたら半透明で見れるものの、俺はモンスターが見えないタイプだ。
そういう人間は、人間の中に混じった人型モンスターにも気付けない。
「エレアは見れば解るのか?」
「ん、そうですね――」
そう言って、エレアは周囲を観察する。
エレアはモンスターであるのに加えて、偵察兵としての優秀なスキルがある。
彼女なら、本物を看破することは可能だろう。
と、思っていると――
「……あの人、変です」
ふと、エレアがそんなことを言った。
指差す先にいるのは、長身で黒髪の男性。
仮装はしていないように見られる。
つまるところ、エレアが言いたいのは……
「……ダークファイターか?」
「はい、気配が普通のファイターと違います。巧妙に隠してはいますが……」
その男は、サングラスをかけた如何にもといった風体の男だ。
もし仮に俺が一人でそいつを見かけても、少し怪しいと思うかもしれないくらい。
だが、証拠がないので声を掛けるほどではない。
エレアでなければ、男を変だと看破できないだろう。
「少し、探ってみるか」
「ですね」
もちろん、誤解である可能性は拭えない。
それでも、エレアが言うなら無下にはできない。
俺達はその男の元へ慎重に歩み寄って声をかけた。
「どうも、楽しんでますか?」
「……む?」
一応、温和に声を掛ける。
もしも勘違いだった場合、疑ってかかるのはあまりに失礼だからな。
しかし、俺が声をかけた瞬間、男は自身の“黒”を証明した。
「……そうか、貴様が<古式聖天使>の使い手か!」
そう言って、バッと距離を取る。
明らかに、こちらへ対する敵意を感じる所作だ。
俺は即座にイグニスボードを取り出し構えた。
向こうも、油断なく俺を睨んでいる。
「なぜ俺が<古式聖天使>の使い手だと理解った?」
「その匂い、間違えるはずもない。ああ、間違えないとも!」
「……なら、名を名乗れ。ダークファイター」
そう言いながら、男の意識を引き付ける。
その間にエレアはその場を離れて、応援を呼びに行っていた。
ファイトは俺とこいつの問題だが、勝利した後に逃げられないよう追い詰める必要があるのだ。
そして、男が名を名乗った。
「吾輩の名は……逢魔カラス、貴様に勝利する男だ」
聞いたことのない名前だ。
一方的に俺のことを知っていたのだろうか。
しかし、それにしては向こうの俺に対する執着が大きい。
それに、おかしい。
俺とこうして相対するには、明らかに奴のファイターとしての実力が高いのだ。
普通、俺はこういうダークファイターとはそもそも関わることすらないというのに。
仮に俺がそういったダークファイターと関わる機会があるとしたら。
考えられる可能性は一つだけ。
つまり。
どういうことか。
――この男、別に悪意があって会場に潜り込んだわけではないんじゃないか?
そんな考えが脳裏をよぎった。
というのも、仮にそういったダークファイターと俺が関わるとしたら。
それが大きな事件に発展しないということだ。
であるなら、この男に悪意がないと考えるのが自然。
そして男の言動を考えると。
「……お前、俺にファイトを挑むためにここへ来たのか」
「それがどうした。さぁ、カードを構えろ!」
どうやらあたりのようだ。
もちろん、俺もファイトに否やはない。
しかし、なんというかこう。
喉に小骨が引っかかったような。
違和感があるのだ。
俺は、こいつの正体を知っている気がする。
というか、正体にたどり着ける気がする。
俺の存在を意識していそうな、俺の知らないダークファイター。
逢魔カラス……
王で、魔で、……カ“ラス”?
不意に、ある考えが俺の口をついてでた。
「……デビラスキング?」
デビラスキング。
アロマさんのかつての宿敵。
一度は封印したものの、封印を破って今は行方知れずのはず。
だが――
「……おっと、急用を思い出した。失礼する」
「ちょっと待てやぁい」
――男は、あからさま過ぎる行動を取った。
俺は慌てて、逃げようとする男――カラスさんの手を掴む。
一応、危ないダークファイターなので男呼びだったが、もう普通にカラスさんって呼んでいいな、この人!
「HA・NA・SE! 吾輩は決してデビラスキングではない!」
「嘘を吐くな! 尻尾隠せてないぞ!」
「バカな! 毎朝尻尾は入念に隠れているか確認しているのだぞ!」
「馬脚を露したな!」
「!!」
そもそも俺は、デビラスキングに尻尾がついているか知らないのだが。
そもそも尻尾が隠せていなくても、デビラスキングであると断定することはできないのだが。
勢いでデビラスキングことカラスさんは、実質自分の正体を認めた。
「それで、何のようだ。まさかアロマさんたちのストーキングじゃないだろうな。そうだとしたら、仮にお前がデビラスキングでなくとも、ネオカードポリスに突き出すぞ」
「違う! 貴様と戦うためだ、<聖天使>の御使い!」
「だったら俺の店に来ればいいだろ!」
「行けるものか! 吾輩に自殺願望はない!」
どうやら、人の多い会場の雰囲気に乗じて、俺とファイトがしたかったらしい。
アロマさん達のことは眼中にない、と。
「というよりも、ネオデビラスと対決している際に嫌でも顔を合わせる相手を、無理に追いかける必要はないだろう」
「そ、それもそうか」
思わず納得してしまった。
まぁうん、休日に同僚と顔を合わせたくはないよな。
「それと、この会場。妙だぞ」
「妙?」
「ああ、気配がする。我のよく知る気配がなぁ」
「……ダークファイターがお前以外にも紛れ込んでいる?」
確かに、そういうことはあるだろう。
こんな大きな会場だ、ダークファイターが狙っていないはずがない。
とはいえ、俺が絡む事件は重大な事件には繋がらない。
そう気にすることはないだろうが――気には留めておくべきか。
「どんな奴が紛れ込んでるんだ」
「ふん、これ以上教えるものかよ。知りたくば、吾輩にファイトで勝ってから――」
まぁ、そういうことなら否やはない。
俺もイグニスボードを構えると――
「確保ーーーーーーっ!」
エレアが、すごい勢いで飛び込んできた。
数人のモンスター――闇札機関のエージェントが扮してるんだろう――を引き連れている。
「ぐわーーーーーっ!」
「で、デビラスキングーーーーっ!」
「え、この人デビラスキングなんですか!?」
「つかまえろー!」
「臨時収入ーー!」
てんやわんや。
ガヤガヤしているエレアと闇札エージェントズをよそに、俺はカラスさんがあるものを落としたことに気づいた。
財布だ。
危ない危ない、拾ってあげないと。
「む、貴様何をしている――!」
「ああカラスさん。財布落とした……よ?」
ひらり。
その時、カラスさんの財布から何かが落ちた。
俺はそれをキャッチして――思わずそれに目を向けてしまう。
それはメモだった。
「こ、これは――!」
「や、やめろ!」
俺が手にしたメモには、こう書かれている。
卵1パック、牛乳1パック――つまり、買い物メモだ。
思わず、俺は沈黙する。
つられて、カラスさんやエレアたちも沈黙する。
口を開いたのは……まぁ、俺だった。
「……カラスさん、割と現代に馴染んでるな?」
対するカラスさんは。
「お、覚えていろ――!」
ダークファイター特有の転移能力で俺の前に現れると、財布を受け取って去っていった。
なんか……レンさんみたいだな、と俺は思うのだった。
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