100 私の全てをさらけ出します
設営は順調に進んでいった。
闇札機関のキャスト組が打ち合わせに来たり、キャストになれなかった子たちがバイトで手伝いに来たり。
やたらキャラの濃い、ネッカ少年と対決したことのある元悪役の市長が挨拶に来たり。
そのネッカ少年が遊びに来たら、闇落ちしたお兄さんと対決することになったり。
設営の最中も、色々とイベントが起きたりした。
とはいえそんな時間も過ぎていき、ついにイベント開催前日。
長かった準備も、ようやく一段落といったところだ。
夜も更けて、俺は出来上がった会場を眺めながら、何とも言えない感慨に耽っていた。
「いやぁー」
そんな俺のもとにやってくる人影一つ。
俺と同じ感慨深そうな表情でイベント会場を眺めるエレアだった。
店の閉店を手伝ってきたからか、エプロン姿だ。
イベント会場と俺の店は、歩いて少しの近いところにあるからな。
「……本当に完成しちゃいましたね」
「完成したなぁ」
「もう明日ですよ?」
「明日だなぁ」
お互いに、実感がわかないという様子で会場を見ている。
色々と手伝ってきたとは言え、ほとんどは準備のスタッフさんたちが頑張った成果だ。
「明日にはもう、ここがお客さんでいっぱいになってるんですね」
「なるといいなぁ」
「流石にならないと困りますよ、アレだけ宣伝して……盛り上がってるんですから」
明日のイベントがどうなるか、俺達にはもう想像することしかできない。
これ以上宣伝することはできないし、もうこれ以上バズらせることも不可能だろう。
とにかく、明日はやってきたお客を出迎えるしかないのだ。
「店長は、ここまで準備してきてどう思いました?」
「もともと、俺はイベントのことに関しては、ほとんど頼まれたことしかやってないからな。市内の人たちに話をしにいったり、逆に話を聞かれたり」
「取材もいっぱい来てましたねぇ、もっと店長のことをみんなに知ってほしいです」
とりとめのない会話だ。
日常の会話なんて、半分以上がとりとめのないことだけど。
今日は特別、そんな雰囲気が強い。
実感がわかない、というのが俺とエレアの感想だ。
正直、俺はそもそも企画者でもなければ実行の責任者でもない。
なんとなく俺がこのイベントの中心にいるんじゃないかと思われがちだが、俺の役割は実行委員会の副委員長だ。
ちなみに委員長は市長がやっている。
よくよく考えると市長はあくまで責任者ってだけであんまり準備に関わってないから、実働の一番えらい責任者ってなると普通に俺だな。
「と、いうことに気付いたわけだが」
「はわわわ、おえらいさんです」
「ま、なんとかなるだろ」
「かるぅい、店長が大物に見えます」
それなんだが、単純な話。
「ぶっちゃけ、俺の人生で第三回ファイトキングカップの準決勝より緊張する事態は今後起きないと思う」
「あーっす」
確かに、今俺のやっていることはすごいことだけど。
それでも第三回ファイトキングカップの大舞台と比べたら、どっちが緊張するかと言えば。
誰だって第三回ファイトキングカップの方だと答えるだろう。
この世界は、そういう世界だ。
「そういうエレアは、緊張しないのか?」
「え? あー、なんか、今のところは全くですね。これなら本番もどしーっと構えてられそうです」
――まぁ、実際はそんなことないのだと俺は知っているのだが。
とりあえず聞いてみた。
そうしたら案の定、エレアは甘い見積もりで当日のことを考えていた。
しかし俺は知っているのである。
エレアは基本的に、初めてのことは緊張するタイプだと。
店員の時と、初配信の時と。
他にも色々と、エレアの緊張しいな所を見てきている俺には、イベント当日のエレアの様子が手に取るようにわかってしまった。
「そうだなー、そうなるといいなー」
が、何も言わない。
理由は二つ、言って緊張がどうにかなるわけじゃないから意味がない。
そしてエレアは緊張している時が特にかわいい。
というわけで何も言わなかった。
明日が楽しみだ。
「というか、緊張するしないでいえば、あっちの方がエレアとしてはでかいイベントじゃないか?」
「……それはそうなんですけど」
「今更取り消せないだろ? サイトでも告知しちゃったんだから」
はい、とエレアが頷く。
エレアにとっての一大事。
イベントは当然そうなのだが、もう一つあった。
それは――
「……そうですね。私、明日のイベントでモンスターであることを話そうと思います」
エレアの正体に関することだった。
エレア、本名はエクレルール。
異世界からやってきたモンスターだ。
カード名は<帝国の尖兵 エクレルール>。
その正体を知るものは少ない。
エレアが正体を明かしてこなかったからだ。
理由は三つ。
明かすメリットがないから。
秘密にしておくほうが、かっこいいから。
そして――明かしても何かが変わるわけではないから。
「明かしたところで、何かが変わるわけじゃない。その考え自体が変わったわけじゃないですよ?」
「そうなのか?」
「はい。ただ、ヤトちゃんが知ってしまったことですし、なんというか……もういいかなって思ってたんです」
そんな時に、正体を明かすちょうどいい機会がやってきた。
自分企画のイベントなんて、あまりにお誂え向きだからな。
なるほど、明かそうと思うこと自体はおかしくない。
あの時、ヤトちゃんとのファイトが終わった後。
エレアはそう決意した。
その事を俺が知らされたのは、イベントの準備が始まってすぐのことだ。
当然ながら、誰よりも早くエレアは俺にそれを明かしてくれた。
そんなエレアは「もういいかな」と俺に語る。
しかし、だが。
俺にはエレアの考えが、それだけではないように思えてならないのだ。
「――エレアは、変化を求めてるんだな」
「……はい」
「この二年、エレアがこっちの世界にやってきて、いろんなことがあった。エレアの生活とあり方は、その中で激変した」
「でも……一番大事な部分を、私はまだ変えられないでいます」
そうだな、と俺は頷く。
あの夜。
ダイアが俺の店に初めてやってきて、ファイトした日の夜。
交わした言葉を思い出す。
あれから、長い時間が経って。
それでもまだ、エレアはそこから抜け出せないでいる。
「いつか私が――」
「……」
「……いえ、ごめんなさい店長」
「謝ることはなにもないさ」
いいかけた言葉を飲み込んで、エレアが俺の方を見上げてくる。
その表情は、決して暗いものではない。
むしろ、柔らかい笑みを浮かべているほどだ。
「でも、ですよ店長」
「ああ」
「予感がするんです。明日、私にとって大きな転換点がやってくるって」
言うまでもなく自分の正体を明かすことは転換点になるだろう。
エレアはなんてことはない様子だが、きっとそうではないと俺は思う。
人は自分から変わろうと足を前に踏み出す時、何かしらの糧を得ることができるのだ。
運命力が、ファイターの背中を押すこの世界ならなおのこと。
そしてエレアの転換点が、一つしかないとは限らない。
もしかしたら二つ、エレアは何かを手に入れるかも知れないのだ。
「ま、何にしてもまずは正体を明かすことからですねー、こればっかりは少しくらい緊張しますから」
「そうだな……ん、そういえばエレア」
ふと、俺は気になってあることを問いかける。
なぜか? だって今のエレアは、幾らなんでも緊張している様子がないからだ。
「なぁ、エレア」
「はい。なんでしょう?」
「サイトで告知を出した後――エゴサってしたか?」
エレアは、先日今回のイベント――モンスターランドカーニバルの詳細を説明する配信をした。
んで、公式サイトの方で「メインステージで俺とエレアがファイトする」と告知した。
言うまでもないが、それを知った視聴者がどう反応したか。
口にするまでもないと思うが、端的に言って。
それ、イベントで俺に告白すると言ってるようにしか聞こえませんよね?
そしてエレアは、そんな風に視聴者へ誤解を招くような発言をしたうえで、うろたえた様子がない。
それは、つまり。
「――してないですよ? だってほら、流石に見るの怖いですから。よっぽど問題があったら店長が教えてくれますし」
誤解されているということを、知らない。
そして、俺はそのことをエレアに伝えてない。
だってまさか、よりにもよってそこをエゴサしてないとは思わないだろ!?
俺はそのことを、伝えようか考えたが――やめた。
だって、言ったら大変なことになるのだ。
緊張がどうとかそういう話じゃない。
今言ったら、明日のエレアがどうにもならなくなる。
どうにもならなくなったエレアもそれはそれで可愛いが――流石に。
まだ知らないほうがどうにかなる可能性はある。
故に俺は、明日のエレアの無事を、ただ祈ることしかできなかった――――
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