98 過去:負けないでください、店長! 宿命の対決、店長VSダイア ④

 ――ダイアには、未だ披露していない切り札が存在する。

 以前のダイアが使用していた<バニシオン・オリジン・ドラグメント>。

 それに該当するエースカードをダイアは誰にも見せたことがなかったのだ。

 必要がなかったというのもあるだろう、しかし同時にダイアはきっと最初は俺に見せたかったのだ。

 それくらいの関係を、俺とダイアは築いている。


 そして俺もまた、ダイアには負けたくなかった。

 だが、ダイアに勝てるビジョンが俺にはなかった。

 ただでさえ俺は対戦相手が新しいカードを披露するファイトに滅法弱い。

 その上、俺のデッキは当時からそこまで強化されたわけではないのだ。

 それでもダイアとのファイトから逃げるつもりはない。

 故に俺はフィールドへ向かう。

 ――エレアが声をかけてきたのは、そんな時だった。


「店長、あの……このカードを、持っていてもらえませんか?」

「これは……<エクレルール>じゃないか。どうしてこれを……?」


 エレアはそう言って、あるカードを俺に手渡した。

 <帝国の尖兵 エクレルール>、言わずとしれたエレアそのものとも言えるカード。


「で、デッキに入れる必要はないんです。ただ、持っていていただければ」

「……理由を聞かせてもらってもいいか?」


 なんとなく、エレアが俺にカードを渡したい気持ちはわかる。

 でも俺は、あえてエレアから理由を聞こうとした。

 ……多分、俺自身が聞きたかったからだ。


「あの人が……とても強いファイターなのは、見ればわかります。店長にとって、誰よりも負けたくないファイターだってことも」

「……そうだな」

「そんな相手と戦うのに……店長はどこか不安そうです。見ていて……恐れているようにも見えました」


 恐れている、か。

 たしかにそれはそうだろう。

 俺は常に前へ進み続けるダイアに追いつけるか、不安を抱いている。

 もしも追いつけなくなってしまったら、置いていかれてしまったら。

 俺はそれを我慢できるだろうか、と。

 それは、ダークファイターへと堕ちる思考の種だ。

 多くのファイターは、こういった焦燥や不安によって闇へと堕ちていく。


「でも――」


 だから――



「それ以上に、店長が楽しそうで」



 だからこそ、面白い。

 上等だ。

 不安も、恐怖も。

 いくらでも感じてしまえばいい。

 それが勝利をもたらす原動力になるのだから。


「……少し、悔しかったんだと思います。ただ、応援することしかできないのが」

「なるほどな。……気持ちはわかるさ」


 そう言って、俺は受け取った<エクレルール>をデッキにいれる。


「あ、デッキに入れてくれる……んですね」

「もちろんだ。これこそ、俺がダイアに勝つためのピースになるんだから」

「えっと、でもその……<エクレルール>は一枚じゃ有効に使えないカードなので」


 そう言って、エレアはもう一枚カードを渡す。

 それは<帝国の進撃>というカードで、フィールドの全ての「帝国」モンスターの攻撃力をアップするカウンターエフェクトだ。

 アドバンテージになるカードではないが、<エクレルール>だけをいれるなら一番邪魔にならないカードだろう。


「えっとその……店長」

「ああ」


 そして、フィールドに向かう俺は、エレアの言葉に振り返って。



「負けないでください、店長!」

「――ああ!」



 力強く、その言葉に頷いた。



 □□□□□



 そして今。

 <メタトロン>が一瞬にしてセメタリーに送られて。

 俺の手札に残されたカードは一枚だけ。


「……エレア」

「…………は、はいっ」

「力を貸してくれ!」

「はい!」


 これが、俺に残された最後の手札。

 俺は、このターン一度も行っていないノーマルサモンで、そのモンスターをフィールドにサモンする!



「来い! <帝国の尖兵 エクレルール>!」



 それと同時に、俺達のファイトを見ていたエレアがその場から掻き消える。

 カードの中に入ったのだ。

 故に、フィールドに軍服姿のエレア――エクレルールが出現した。


「ほう……何かあると思っていたが、モンスターだったのか」

「ああ。モンスターで……俺の店の大事な店員だよ」

「……ダイアさん。貴方にだけは、絶対に負けません!」


 俺とエクレルールが並び立ち、ダイアとそれを守護するように立つ<デウス・ドラグバニシメント>を睨む。

 ここがこのファイトの最終局面。

 俺達は視線を合わせ、うなずきあって宣言した。


「<エクレルール>のエフェクト発動!」

「デッキからカードを一枚セメタリーに送ることで、デッキから<帝国>カードを手札に加えます!」


 エレアが手にしていた武装が光を帯びる。

 しかし、ダイアはそれに待ったをかけた。


「<デウス・ドラグバニシメント>のエフェクト! 1ターンに1度、相手モンスターのエフェクトを無効にする!」

「っく……!」


 <デウス・ドラグバニシメント>が咆哮し、エレアが怯む。

 同時に武装の光もかき消えてしまうが――問題ない。


「ですが! エフェクトを発動した時のコストまでは無効にできません!」

「だろうな……その様子だと、逆転のカードがデッキに眠っているんだろう。だが――ただ一度の機会でそれを引き抜くことができるかな?」


 ダイアの、挑発めいたその言葉に、俺は笑みを浮かべる。


「できるさ。最強ファイターは、運すらも戦術に組み込むものだ。それに――!」


 デッキに手をかける俺に、エレアが視線を向けている。

 俺は、そんなエレアに頷いて、叫んだ。



「俺には、負けられない理由がある!」



 負けないでほしいと、言ってくれた人がいる。

 その人のために、負けたくないと思う。

 だから俺は、カードをデッキから引き抜いた。


「…………」

「…………」


 エレアとダイアが、沈黙とともに俺を見る。

 俺は、覚悟を決めて視線をカードに落とし――


「……セメタリーに送られたカウンターエフェクト、<古式契約エンシェント・エンゲージ>のエフェクト!」


 勝利の確信と共に、ダイアを見る。


「このカードがセメタリーに送られた時、ファイト中一度だけ、セメタリーのモンスターをサモンできる。呼び出すのは当然――」


 無数の羽を持つ水晶の天使が、再びフィールドに戻ってくる。


「――<エクス・メタトロン>!」

「一度除去したというのに、即座に復帰するか。厄介だな……!」

「お前に勝つためには、これくらいできて当然だろ!」


 再び、お互いのエースがフィールドに並び立つ。

 先ほどとの違いは、俺のフィールドにはエレアがいてくれるという点だ。


「そして、このエフェクト発揮後、<古式契約>を手札に加える。……バトルだ!」

「…………来い!」


 ダイアは、このバトルが最後のバトルになると察して、覚悟を決めて叫ぶ。

 対する俺も、全てに決着をつけるべく<メタトロン>に宣言した。


「<エクス・メタトロン>で<デウス・ドラグバニシメント>に攻撃!」

「迎え撃て、<デウス・ドラグバニシメント>!」


 激突するエースとエース、<メタトロン>は光を放ち、<ドラグバニシメント>は炎を吐いて迎え撃つ。

 激しい攻防が繰り広げられた。


「<メタトロン>のエフェクト! フィールドの<古式聖天使>の数だけ攻撃力を上げる!」

「だが、それでは相打ち止まりだ! <心火の楽園>がある限り、それでは俺の<デウス・ドラグバニシメント>は破壊できない!」

「理解っている……だからこそ、行くぞ……エレア!」


 その言葉に、エレアは少しだけ驚いてから視線を鋭くして頷く。

 俺はカードを掲げて、それを発動した。

 エレアもそれに合わせ、二人の声が唱和する。



「<古式契約エンシェントエンゲージ>!」



 すると、フィールドが光に包まれる。

 同時に、エレアもまた光に覆われた。


「このカードは、フィールドにモンスターが二体以上存在する時発動可能。相手フィールドのカードのエフェクトを全て無効化する!」

「何!?」

「その後、フィールドのモンスター一体の名前を、もう一体のモンスターと同じにする!」


 光の中から、エレアが現れる。

 その姿は<帝国の尖兵 エクレルール>の姿ではなく――先程まで俺達のファイトを見守っていた時の姿。

 エレアの姿だ。


「……<エクレルール>を<古式聖天使>としたことで、<メタトロン>の攻撃力は上昇。これで、お前の<デウス・ドラグバニシメント>を上回った」

「…………そう、か」


 エレアが、俺の隣に並び立つ。

 天高く<メタトロン>が飛び上がり、俺達はそれを見上げた。


「まったく……見せつけてくれるな」


 ぽつりと、ダイアが小声でこぼし。


「エレア!」

「はい、店長!」


 俺達は、メタトロンに宣言した。



「とどめを刺せ! <メタトロン>!!」



 激しいバトルの後、<デウス・ドラグバニシメント>を撃破する。

 勝ったのは――だ。



 □□□□□



「――さて、私はそろそろ行くとしよう」

「もう行くのか?」


 あの後、バックヤードでお茶を飲みながらダイアと近況について話をした。

 半ば出落ちみたいな形で敗北したシズカさんが、事件終了後に復活して荒れていた話とか。

 なぜかプロファイターなのに事件に巻き込まれなかったアリスさんの話とか。

 こっちも、店を開店してからこれまでのことを、つらつらと語る。

 お互い、濃密な数ヶ月だった。

 そして、それが終わるとダイアは席を立ったのだ。


「ああ、夕食はすでに済ませてきてあるしな」

「それは残念だ」

「夕飯までお邪魔したら、馬に蹴られて死んでしまいそうだからな」


 そう言って、エレアの方を見るダイア。

 対するエレアも、少し唸り声を上げながらダイアを睨むが……お互いにそれが冗談だということは理解っている。


「ははは、冗談だって」

「……まぁ、夕飯までなら別に嫌とはいいませんよ」


 なんというか、エレアにとってダイアは警戒対象だがそれなりに話の合う相手らしい。

 なんか、好みが合うみたいな。

 ……ふたりとも、どうして俺を見るんだ?


「とにかく、これ以上二人の邪魔をしたくないからな」

「じゃ、邪魔って……私、お夕飯の準備してきますね」

「ああ。……見送るよ、ダイア」

「悪いな」


 そう言ってエレアは二階に上がり、俺とダイアは店の外に出る。

 すでに外はすっかり暗くなっていた。


「それにしても……まさか初見のエースを出したのに負けるとはな」

「こっちにも負けられない理由があるんだ。……第三回ファイトキングカップの借りも返したかったしな」

「次に私が借りを返すのは、いつになるやら」


 実際、エレアから<エクレルール>を借り受けていなければ、俺は負けていただろう。

 あの場面でデッキトップのカードをセメタリーに送れるカードは、俺の本来のデッキには<ミカエル>しかいない。

 精神面でも、俺はダイアの意志に押し負けていただろう。


「それにしても……ふふ、負けられない理由か」

「なんだ、お前らしくない笑い方だな」

「いいや……しかし」


 ふと、ダイアは店の方を見てから――正確には、二階の明かりを見てから。

 俺の方に、向き直る。



「……いつから、彼女のことが好きになったんだ?」



 そして、何気ない様子で言い放つのだ。




 ――

 次回は過去編ではなく、現在時間軸の話です。

 過去編は終盤に続きます。

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