46 レアカードの買い取りは緊張を伴う(レンさんは除く)
「たのもー!」
バーン、と勢いよく開く店の入口。
なんか、最近こういう入店が多い気がする。
ともあれそこに立っていたのは――
「レンさんか、いらっしゃい」
「うむ! 大地の化身たる我が降臨したぞ、天の民よ!」
「今日は何のようで?」
レンさんだった。
いつも通り、自信に満ちた笑みを浮かべて店の入口に立っている。
そしてその隣には、珍しくおつきの人が立っていた。
身長2メートルを優に超える俺の知り合いで最も背丈の大きなスーツ姿の美女。
“リュウナ”さんだ。
流れるような腰まである長さの黒髪と、背丈に見合った抜群のスタイルが特徴だ。
その正体は、レンさんのデッキのモンスター……なのだが、彼女については今後触れることもあるだろう。
そんなリュウナさんが、大きなケースを手にしている。
と、いうことは――
「うむ、買い取りだ。浄化済みカードの買い取りを頼む」
「やっぱりか。わかった、少し腰を据えてやりたいから、バックヤードに行こう」
店はメカシィに任せれば大丈夫だろう。
さすがは高性能ロボ、メカシィは非常に店員として優秀だ。
ぶっちゃけ、俺やエレアより優秀だと思う。
とはいえ、流石に一人で店を任せるのはまだ不安だけどな。
主に警備面で。
ともかく、俺とレンさん……それからリュウナさんは店の奥、バックヤードにやってくる。
そこには表には出していない在庫のカードとか、各種備品とかが置かれていて。
その中央に、簡易的なテーブルがある。
奥には二階へ上がる階段も見える。
俺達はテーブルに設置された椅子に座ると、ケースを開ける。
中には大量のカードが入っていた。
「これはまた、随分と多いな、今回は」
「ここ最近、我々の殲滅したダークファイター達が、どれもレアカードハンターだったからな」
そんな話をしながら俺は“浄化済みカード”と呼ばれるカード達の鑑定を行う。
この浄化済みカードがなにかといえば、悪魔のカード”だった”カードだ。
悪魔のカードの中には、現物が残る物がある。
現物が残るカードは、かつて普通のカードだったものが変質したものなのだ。
悪魔のカードの中には、持ち主の影響とかで闇に染まったカードとかあるからな。
そういうカードは、持ち主が元に戻ると本来の状態に戻ったりする。
しかし、浄化された後持ち主が不明のカードとかがあったりして。
ネオカードポリスは、そういうカードを持ち主の元に返す業務も行っているのだけど……持ち主が見つからない場合もあるんだよな。
そういう時は、悪魔のカードを回収したエージェント組織がそれを自由にしていいことになっている。
それが公的じゃないエージェント組織の活動資金になったりするのだ。
もちろん、あとから持ち主が見つかったらその持ち主に返すのが決まりだし、他にも様々な制度で誰も損をしないようになっている。
優しい世界だ。
んで、闇札機関の場合は、俺の店に売り払うのが慣例である。
「ここに置いておけば、最悪後から持ち主が見つかっても安心だからな」
とはレンさんの談。
いやはや信頼しすぎだろ……と思わなくもないが。
うちは、開店してからこの方カードを盗まれたことがない。
ダークファイターが月イチペースで襲ってくるにも関わらず……だ。
なのでまぁ、売り払う先としても万が一の預け先としてもウチが妥当なのは事実なんだろう。
それもこれも、エレアの索敵能力のおかげだな。
っていうと、エレアから何かジトッとした目でありがとうございます、って言われるんだが。
「それで、どんな感じだ?」
「んー、特にこれと言って言うことはないが」
ともあれ、査定するカードは特に言うことのないものがほとんどだ。
流石に悪魔のカードになるだけあって、中にはレアカードも混じっていたりするが……それでも一枚の買取額は六桁程度だからな。
「あ、レンさん。ちょっとこれを観てもらっていいか?」
「ぎゃー!」
ふと、俺がその中の一枚をレンさんに見せた。
するとレンさんは、驚いて隣に座るリュウナさんへ抱きついた。
リュウナさん、満面の笑み。
「やめろぉ! 我は幽霊となすとピーマンとにんじんとゴキブリだけはダメなのだぁ!」
「相変わらず好き嫌いが激しいレンさんだなぁ……あと、なすとピーマンとにんじんとゴキブリを同列に語っちゃダメだよ」
「うるさぁい! わかって見せている奴に言われたくないわ!」
とはいえ、俺が見せたのはちゃんと理由あってのことなのだ。
レンさんに判断してもらわないと行けないカードが混じっていたのである。
「これ、<仮面道化>モンスターだ。何かの拍子に湧いてでたのかもしれん」
「む……月兎仮面のカードか……月兎仮面のカードかぁ」
苦虫を噛み潰したようなレンさんの顔。
色々と、言いたいことがあるようだ。
「白月の奴。最近任務まで月兎仮面で出てくるようになってな……」
「そ、そうか……」
「しかも、明らかに白月として戦っている時より強い。というか、明らかに他のエージェントたちと比べても頭一つ抜けて強い。我も少しヒヤッとする」
それは……確かに複雑にもなるな。
まぁでも、ハクさんの場合、そうしている方がより自然な在り方なのだから致し方あるまい。
我慢は体に毒だぞ。
「我だってツッコミたいのを、真面目な場面だからと我慢させられているのだぞー!」
「それはまぁ、普通に我慢してもらうしかないな」
高速掌リバースはオタクの嗜みだ。
ともあれ、「仮面道化」モンスターカードは買い取るわけにいかないので、そのまま持って帰ってもらうことになった。
「そして、レンさんにもう一つ悪い知らせがある」
「何だ」
「……ゴキブリ系モンスターカードが出てきた」
「ぎゃーーー!」
レンさん、再びリュウナさんに抱きつく。
リュウナさん、今日イチの素敵な笑顔。
「出たなら出たでいいだろうがー! なぜ見せる!」
「それが……査定してないカードは残りこのカードと後一枚だけなんだけど……このゴキブリ系モンスターカードしかストレージ行きのカードがない」
「なん……だと……」
どういうことかと言えば。
ストレージ行きのカードというのは、基本的に一枚だけじゃ買い取ることができない。
数十枚で一円とか、高さnセンチで一円とかそういう世界である。
そして今回の買い取りでストレージ行きのカードはこのゴキブリ系モンスターカードだけ。
つまり……
「これ一枚じゃ買い取れないから、持って帰ってもらっていいか?」
「いやだー!! たくさんのカードの中に混じっているならともかく、これ一枚だけを持ち帰るのはいやだー!」
「ごめん……」
こればっかりは、俺がどうこうできる問題ではない。
せめて他にも、売ってもいいカードがあるならともかく。
今回レンさんが持ってきているカードはケースの中のカードと、自分のデッキくらいなものだろう。
「で、最後の一枚なんだけど……」
そう言って、俺がゴキブリ系カードをレンさんのほうに渡しつつ。
最後の一枚に視線を下ろすと。
「…………<
「む?」
レンさんが俺の言葉で正気を戻して、カードを覗き込んでくる。
「おお、本物だ。我も流石に初めて見たぞ」
「……レンさん」
「なんだ?」
「……持って帰ってもらっていい?」
そう言って、俺はレンさんにそのカードを返そうとする。
「なぜだ、別にいいではないか」
「なぜも何も、これが本物の<星道の魔女>だからだよ!」
「理解らぬ、そのカードは――」
「だって、このカードは――」
そして、二人の言葉がシンクロした。
「億超えの超高額レアカードなんだけど!?」
「値段が億を超えるだけの、普通のレアカードではないか」
――ん?
お互いに視線を向け合う。
<星道の魔女>。
それはこの世界でも特に有名なレアカードの一つだ。
あまりにも有名すぎて、取引額が億を超えるというとんでもないレアカード。
流石に俺も、億を超える取引額のレアカードを商品として扱ったことはない。
しかし、レンさんは超大富豪一族の娘である。
つまり……
「なんだ、億超えのレアカードごときで臆するのか、天の民らしくないぞ」
「いや、流石に臆するよ! 自分のデッキに入るカードならともかく、そうじゃないんだから」
この程度の高額カード、レンさんの金銭感覚では別になんてことのないカードなのだ。
恐ろしや、超大富豪。
ぶっちゃけ闇札機関の運営に必要な資金を、レンさんのお小遣いだけで賄えるだけのことはある。
というか、こういうファンタジー大富豪が普通にいるのも、ホビーアニメっぽいよな。
とはいえ、そのことと俺が億超えカードを商品として扱えるかは別問題で……
「むぅ……そういうことなら仕方がない。実家に管理してもらうか」
「はぁ……心臓が止まるかと思った」
「まったく、情けないぞ天の民」
そう言って、レンさんが腰に手を当てて俺を睨む。
「そもそも、貴様のデッキに付ける額と比べたら、億など安いものだろうが!」
――まぁ、はい。
そう言われると弱いのだが。
……なにせ、俺のカードは世界に一枚のレアカードがほとんど。
<ロード・ミカエル>ですら、値段をあえて付けるなら<星道の魔女>の数十倍の価格になるだろうと言われていて……。
他人の空似シリーズは、まだ普通のレアカードとして取り扱えるのだが。
<極大古式聖天使>とかまでいくと、ちょっと天文学的な値段になる。
総額で言えば……やめよう、考えると気が遠くなってきた。
俺は、初めてそのことを知らされた時の感情を思い出し、そっと記憶に蓋をするのだった。
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