45 ワレワレハ、ダークイグニッション星人デアル
「ドウヤラ、覚悟ハ決まったヨウダナ」
「……ええ」
光に包まれたと思ったら、気がつけばシズカさんと謎の宇宙人がシリアスな会話をしている場所に到着した。
ここまでの流れが嘘みたいに緊迫した流れだ。
「そこまでだ、シズカさん!」
「……店長!? どうしてここに!?」
自力で。
さて、対するは俺と刑事さん。
俺が呼びかけると驚いた様子で振り向くシズカさんだが、刑事さんを見て俺達がここにいる理由を察したようだ。
「どうやら、私の狙いは筒抜けだったみたいね」
「ああ、悪いが話を聞かせてもらうぜ、水面先輩」
そう言って、お互いに挑発的な笑みを浮かべる刑事さんとシズカさん。
ここに刑事さんがいるということは、シズカさんはつけられていたと察してもいいはずだが言及はしない。
刑事さんもだ。
そこはほら、指摘するとシリアスが崩れるからね。
わかっていても、触れてはいけないこともある。
大人だからな。
「それで……君は何者だ? 見たところ宇宙人のようだが」
「フフ……ご明察ダ地球人。デハ、名乗らせてモラオウ」
どことなーくカタコトのような、明瞭なような。
割と聞き取りやすい丁寧な日本語だ。
……ダメだ、まだ突っ込んではいけない。
「ワレワレハ、ダークイグニッション星人デアル」
喉元に手を当てて、宇宙人――ダークイグニッション星人はそういった。
なぜ喉元に手を当てた?
「ダークイグニッション星人……大方、イグニッション星人のライバルってところか」
「察しがイイナ……オマエのコトはシッテイルぞ。デュエリスト店長、棚札ミツル」
「……! それは光栄なことで」
一体どこから知ったのか。
シズカさんとの会話の中か、はたまたイグニッション星人越しにダイアから聞いたか。
まぁ、どっちでもいいな。
「ふふ、まさか貴方が止めに来るなんて思わなかったけれど……邪魔をしないで、店長。これは私の問題よ」
「そうはいかない、乗りかかった船だからな。こうして俺が乗り込めた以上、危険はないんだろうが……それでも、君が悩んでいることには変わりなさそうだ」
「ふふ、お見通しみたいね」
それに関しては、ぶっちゃけ割と適当に言っている。
シズカさんの態度は、あくまでいつも通りだった。
ただそれでも、昨日のファイトはいつもよりすんなり勝てたからな。
何よりこういう場でシリアスに振る舞っている時点で、悩みがある事自体は確かなのだ。
相手はまぁ……アレだけど。
「でも、止めないで頂戴。これは私が決めたことなの」
「止めるかどうかはともかく、何をしようとしているのか……どうしてそうしようとしているのかは聞いておかないとな」
「だったら!」
そう言って、シズカさんがイグニスボードを展開する。
俺もそれに応えるように、イグニスボードを構えた。
ここに来た時点で、こうなるのはこの世界の義務みたいなものだ。
「――待った。そのファイト、ワレワレも加わらせてモラオウ」
「ダークイグニッション星人!」
「店長、ワレワレは君ニ興味がアル。あの逢田トウマの親友にシテライバル。その実力、確かめサセテもらおう」
……まぁ、こうなるか。
乗り込んだのが俺と刑事さんで、向こうにシズカさんとダークイグニッション星人がいる時点で、いわゆるタッグファイトの流れになることは読めていた。
刑事さんもわかっていた様子でイグニスボードを構え、俺と視線を合わせてうなずきあった。
「ふん、店長と逢田に興味があるのは気に入らないけど、二対一であいつらを迎え撃つのは無理ね……しょうがない、協力させてあげる」
「感謝シヨウ、水面シズカ。お代は少しマケテやろう」
「当然よ! だから、負けるんじゃないわよ!」
お代て。
お金払うのか。
いや払うんだろうけど。
払って何するんだよ。
……まぁ、このあたりは突っ込んではいけないやつだ。
「んじゃ、行くか刑事さん」
「へへ、店長と肩を並べられるってのは光栄だな」
「こうして、タッグファイトするのも大学時代以来か?」
そうして、お互いにボードを構え――
「イグニッション!」
4人分の声が重なり、ファイトが始まった。
□□□□□
「――それで、聞かせてもらおうかシズカさん」
ファイトを続けながら、会話も続ける。
「ふ……これもなにかの因果かしらね。プロファイターの道を選ばなかった貴方が、こうして私を止めに来るなんて」
「なるほど、プロファイターとしての自分に悩んでるってところか」
「爆速理解?! まだ何も言ってないわよ!?」
あまり店長を舐めないでもらいたい。
これまで、一体どれほどの相談を受けてきたと思っているんだ。
前世のあるあるから、今の人生の体験談まで。
諸々の経験から、即座に答えを導き出すことなど容易いことだ。
「……今の私は、明確にファイターとして伸び悩んでいる。昔は貴方や逢田と互角だったのに……今じゃ、随分と差がついた」
「そんな大きな差とは思わないけどな。今だって、公式戦でダイアに勝つこともあるだろ」
「ファイトするたびに、実力の差を実感させられるのよ。たとえ勝っても、もう二度と勝てないんじゃないかっていう考えは拭えない!」
そうして思い悩んだ末にたどり着いた答えが……ダークイグニッション星人だったわけか。
「ククク……ワレワレのファイター改造手術にヨッテ、水面シズカは生まれ変ワルのだ……!」
「ファイター改造手術……」
何だよファイター改造手術って。
字面からしてやべぇよ、既に。
「ファイター改造手術を受ケレバ、実力の伸び悩ムファイターもスグニ最強ファイターに! 実際に改造をウケタ者の声も届いてイルゾ!」
「通販番組が始まった!?」
うわ、何か如何にもな感じの胡散臭い客の声みたいなやつが!
これのおかげで彼女ができました、じゃないんだよ! ファイト関係ないだろそれ!
「これがあれば……私もまたかつての強さを取り戻せる! やりなおせるのよ!」
「やろうとしてることはともかく、言ってることは切実だな……」
よくあることと言えばそれまでだが。
ファイターとは、常に最強でいられるわけではない。
環境の変化や、老いによる衰え。
そういった弱体化は常に付きまとう。
シズカさんのように、伸び悩んだことで闇落ちしてしまうことだってある。
そうしたら、仮に浄化されても昔のようにはいられない。
中には立ち直って前よりも強くなるファイターだっているが、それは茨の道だ。
「そんなことをしても、いずれはそのツケを支払わされることになるぞ!」
「私には、今の強さが必要なのよ! だって……!」
叫び、カードを構える。
どうやら、ようやく彼女の口から本音が聞けそうだ。
あの水面シズカが……これまで、一度としてこういう誘惑に負けることのなかった彼女が。
どうして、今になって闇落ちしかけているのか。
その、理由が――
「だって……このままだと私、行き遅れちゃうわ……!」
…………それは。
なんというか。
よくあるといえば、よくあるけれど。
だからこそ、切実な悩みであった。
「店長にはわからないでしょうね! あんなかわいい彼女がいる貴方には!」
「く……!」
正確にはお互いヘタれているので、彼女というわけではないのだが。
それを口にする意味はないし、何よりヘタレているだけで別にお互い意識していないわけじゃないので否定はできない。
「……正直、先輩がモテないのは人間として強すぎるからだと思うんだが」
「あぁ!? アンタ私がゴリラみたいって言った!?」
「言ってねぇッスよ!?」
ぽつりとこぼした刑事さんに、すごい形相でシズカさんが食いつく。
いやまぁ、確かにゴリラとは言ってないけど。
仮に強くなっても、そもそもモテない原因が強いからだから逆効果だ……とは言ってるな。
それはさておき、俺は気付いてしまったことがある。
シズカさんが今すぐに改造を受けて生まれ変わりたいというのなら、一つ問題があるのではないか。
「ところでダークイグニッション星人、一つ聞きたいんだが」
「ナンダ?」
俺は、一人だけシリアスな雰囲気を出してファイトをしているダークイグニッション星人に問いかける。
「……その改造手術、受けられるのって何年後だ?」
「え?」
その問いかけに、シズカさんは素で疑問符を浮かべた。
いや、だって。
「……十年後ダガ? 別にタイシタ時間ではないダロウ」
――イグニッション星人の件で、俺は知っていた。
宇宙人と俺達では、時間の感覚が違うのだ。
宇宙一火札武闘会なるものが、十年後に開催されるのを今すぐやるみたいな感じで勧誘してきたように。
彼らにとって、十年は一瞬のことなのだ。
が、しかし。
「……地球人には、それは大した時間なのよぉ!」
今すぐの強さを求めるシズカさんにとって、崩れ落ちるしかない事実であった。
――なお、ファイトは意気消沈したシズカを普通に倒して、俺達が勝った。
ダークイグニッション星人は、認識の齟齬があったことを謝罪して去っていき。
シズカさんはだいぶ冷静になったらしく、反省とともに俺達に礼を言った。
また一つ、こうして俺達は事件を解決したわけだったが……
「……結局、最後まで真面目にやればいいのか、真面目じゃなくていいのか理解らなかったな」
そんな刑事さんの端的な言葉通り、色々とリアクションに困る事件である。
なお、後日の呑み会は「シズカ闇落ち未遂記念」の呑み会になった。
仮にも警察機構が動く事態になって、これで済む辺りホビーアニメ世界は優しい世界だなぁ、と思うのだった。
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