43 エレアセンサーが反応しない女性

 仮にも、ダイアの親友として、ファイトキングカップで第三位になったファイターとして。

 俺にもそれなりに、有名ファイターとのつながりがある。

 一般的にトップクラスのプロファイターとして知られる人物とは、概ね面識があると言ってもいいだろう。

 そんな中でも、古くから親交のあるとあるファイターが、久々に俺の住む地方都市へ遊びに来るという。

 それならせっかくだし、一緒に飯でも食べないかということで駅で待ち合わせをしているのが今だ。


 なお、残念ながらダイアは都合が合わなかった。

 まぁ、その知り合いは数日滞在するそうなので、そのうち一日は予定を合わせて呑むことになっている。

 刑事さんも知り合いなので、同席することになるだろう。

 他にはエレアが参加するかどうかだな。


 とか考えながら時計を見たら、そろそろ約束の時間だ。

 というか、電車で来るからそろそろ降りてくる時間だ。

 そう思って、適当に弄っていたスマホを仕舞って駅の中へ足を向けると――


 駅の中に、人だかりができている場所があった。


「あそこだな」


 早速、その人だかりへ向かう。

 人の波をかき分けて、その中心にたどり着くと――



「ハァイ! シズカが来たわよ!」



 派手な女性が、そう言って周囲に笑みを振りまいていた。

 スラッとした長身の女性だ。

 俺と同じか少し低いくらいの身長、青いメッシュの入った黒髪はホビーアニメ特有の独特な癖っ毛で腰まで伸びていた。

 ボディラインがはっきりと出るズボンも相まって、美女という言葉がよく似合う。


「――すげぇ、水面シズカだ」


 野次馬の一人がそうこぼす。

 水面シズカ。

 この国最強の女性ファイターとも呼ばれる、トップクラスのプロファイターの一人だ。

 名前に反して、派手で目立ちたがりな性格の女性である。

 そして、


「やぁ、シズカさん。久しぶり」

「あら、店長じゃない。待ってたわよ」


 俺の古馴染みでもある。

 具体的に言うと、中学の頃からの。

 かつて、ダイアと一緒に大会へ出場したことがあるのだが、その際に知り合ったファイターだ。

 中学高校は別だったが、大学は同じ大学に通っていたりする。


「おい見ろよ、アレ“デュエリスト”の店長だぜ」

「はー、店長と知り合いだったのか、水面シズカ」


 なんて野次馬の声が聞こえてくる。


「ふふ、ここだと貴方のほうが有名人みたいね?」

「まぁ、流石にホームだからな。ほら、あんまり人目に付くのもアレだから、離れようぜ」

「それもそうね。ふふ、有名すぎるのも考えものだわ」


 ――とまぁ、先程も言ったけれど。

 水面シズカは見ての通り、自信家で目立つことが好きな女性だ。

 今も昔も変わりなく。

 そして、それに見合った実力を有してもいる。

 実に、プロファイター向きなファイターであると言えた。



 □□□□□



 相手は女性とはいえ、流石にもう十年来の付き合いともなるとそういうことを意識することはほとんどなくなる。

 あとはまぁ、俺とシズカさんはそこまで行動をともにする機会もなかったからな。

 ダークファイター関係の事件に巻き込まれないせいで、そういう事件の中で遭遇する機会がないのだ。


 なのでまぁ、俺達は気兼ねなく飯を食べて、適当に話をしながら時間を潰したりしたわけだ。

 で、最終的に俺の店へ向かうことになった。

 お互いにファイターであるからして、会って話をすると最終的にファイトがしたくなるのは自然の摂理だ。

 今日の俺は非番だが、別に休みに客として遊びに行くのがダメなわけではないからな。

 んで、店に入ると――


「来たわ! まさかそのまま女連れで店に来るなんて……店長ったら攻めてるわね……!」

「ふははは! あの唐変木にふさわしいデートコースだな! 待っていたぞ天の民よ!」


 なんか、常連に囲まれた。

 ヤトちゃんやレンさんを始め、女性陣が多い。

 他にもネッカ少年の幼馴染のアツミちゃんとか、見知った女性の常連客は大体いるんじゃないか?

 いないのは、ハクさんくらいか。


「なんだなんだ、一体何の話だ」

「そりゃだって、街で噂になってたのよ! 店長が知らない女性を連れ歩いてるって!」


 なんだそりゃ。

 ……ん? あ、いや。

 一応そういうことになるのか?


 相手がシズカさんだから、全く意識していなかったけれど。

 今日の俺のムーブは、知らない女性とデートしてるようにしか見えない。

 たとえ、デート先がラーメン屋とカードショップだったとしてもだ。


「……ということらしいんだが、シズカさん」

「あらあら、話題になるのは嬉しいけど、やっぱり話題の中心なのは店長なのね。妬けちゃうわ」


 そう言って、俺の後ろから現れるシズカさん。

 すると店内の反応は、概ね二分された。


「水面シズカ!? 本物!?」

「って、水の民ではないかー!」


 シズカさんが突然現れて驚愕するヤトちゃんと、シズカさんと面識があるので噂が噂でしかなかったと理解するレンさん。

 この二つだ。


「はぁい、水面シズカよ! 会えて嬉しいわ!」


 そんな常連たちに、シズカさんが遠慮なく入り込んでいく。

 何にせよ、一気に店内は騒がしくなった。

 同時に、シズカさんが話題の中心に立ったことで俺へ意識を向ける者もいなくなる。

 余裕の生まれた俺は、視線をカウンターの方に向けた。


 店番をしているのは、メカシィのようだ。

 じゃあ、もう一人の方は……と思っていると。


「シズ姉、来てくれたんですねー。いらっしゃいませー」


 テンション高めだが若干ダウナーな声が、入口の人だかりの方で響いた。

 言うまでもなく、エレアである。

 多分、ゴミ出しにでも行っていたんだろうな。

 ちょうど戻ってきたところか。


「あらエレア、観ない内に一段と可愛くなったわね!」

「そういうシズ姉こそ、今日は一段と決まってますよ」


 見れば、二人はアメリカンな挨拶をしていた。

 つまりハグである、相変わらず仲が良いな。

 それからシズカを中心に人が集まって、何やら楽しそうに話をしている。

 こうやって、人を引き付けて大きな輪を作るのはシズカのいいところだな。

 さながら美しいレジャー向けの湖のような。

 そんな人々を魅了するなにかがシズカにはある。


 俺はそれを眺めつつ、カウンターで店番をしているメカシィの方へ行ってある手続きをした。

 フィールドの使用手続きである。

 今日はお客として来ているので、きっちり500円を支払った。


「待ち時間なしで使えるのか」

「皆さん、店長ミツルの噂で盛り上がっていマシタから。ピガガピー」


 なるほどね。

 いや盛り上がりすぎだろ、今休日の午後だろ?

 とか思っていると、あまり人の輪の中に加わるタイプではないのだろうヤトちゃんが、シズカさんから離れてこっちにやってきた。


「店長って、水面シズカと知り合いだったのね」

「まぁ、古馴染みだな。お互い忙しいからほとんど顔は合わせないけど」

「ふーん……ところで疑問なんだけど」


 言いながらヤトちゃんは何気ない様子でカウンターに寄り添って、こちらを見上げてくる。


「エレア、随分シズカさんに懐いてるわね」

「そうだな、……意外か?」

「正直ね。……エレアって、アレで警戒心強いでしょ?」


 そりゃな。

 元偵察兵として、一見普通に応対しているように見えても、きちんと相手のことを観察しているのがエレアだ。

 それは警戒しているというより……相手を観察するのが癖になってる、って感じだな。


「特に、店長と同年代の女性に対する警戒心はすごく強い」

「ああ、うん。そうだね」

「私はそれを、エレアセンサーって呼んでるんだけど」


 なにそれ、初めて聞いた。

 いやまぁ初めて言ったんだろうけど。


 ともあれ、ようするにエレアが俺に近づく俺と同年代の女性を警戒しているという話。

 まぁ基本的に、俺は年の離れた女性とお付き合いするつもりはないので、同年代の女性をエレアが警戒するのは当然なんだけど。

 ……言っていて自分で恥ずかしくなるな。


「そこはまぁ、見ての通りシズカさんのカリスマが、エレアを絆したんだよ」

「エレアが他人をああいう呼び方するのも、初めて見たわね」

「シズ姉、なぁ。いやほんと、よく懐いてるよ」


 言いながら、そろそろシズカをファイトに誘うべく声をかけることにする。

 なんだかんだ、ここに集まっているのはイグニッションファイトが好きなファイター達だ。

 シズカがフィールドを使ってファイトするとなれば、それを見たいと思うのは自然だろうしな。


「待ってたわよ、店長。いいえ、ミツル。今日こそは貴方に勝って……私の実力を証明してみせる」

「証明する必要もないだろう。それに、通算の戦績ならシズカさんの方が勝ち越してるはずだが?」

「こういう場で、貴方に勝利することにこそ意義があるのよ!」


 まぁ、通算の成績ならともかく、人目のある場所でのファイトは結構俺が勝ち越してるからな。

 目立ちたがりのシズカとしては、それは看過できない事実だろう。


「あ、店長。おかえりなさい」

「ああエレア、店はどんな感じだ?」

「いつも通りですよ、変わりなくです」


 その途中で、エレアと言葉を交わす。


「普段通りのエレアだわ。本当にエレアセンサーが働かない相手なのね、シズカさん」


 遠くから何か聞こえてくるが、スルーだスルー。

 エレアがエレアセンサーという単語に首をかしげているが、気にしなくてもいいぞ。


「そうだ、明後日の夜にダイアや刑事さんを誘って、シズカと呑みに行くんだけ――」

「――行きます」


 即答だった。

 なんか、一瞬底冷えしそうになる視線を感じた。

 こ、これがセンサーってやつか……。


「行きます、絶対行きます。シズ姉のことは信頼してますけど、呑みだけはダメです」

「なんでまた。別にシズカさんとサシで呑むわけじゃないぞ?」

「だからこそですよ、気のおけない仲間と行くと気が緩んで――」


 一拍、エレアは言葉を止めた。



「一夜の過ちがあるかもしれないじゃないですか……!」



「ないよ!?」


 思わず叫んでしまうのだった。

 エレアの基準がわからない……!

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