42 ライバルに勝つためにはどうするか!

「お邪魔いたしますわー」


 一人の少女が、店に入店してくる。

 青味がかった白髪のドリルお嬢様。

 アロマ・ユースティアだ。


 それを、カウンターで色々とやり取りをしていた俺と熱血少年のネッカが出迎える。


「あ、こないだ店に来て倒れた姉ちゃんだ」

「あ、アロマですわ」

「いらっしゃい、アロマさん、今日はどうして?」


 アロマさんとは、先日一度あってそれ以来だ。

 師匠店長などと呼ばれてはいるものの、別に普段からつきっきりで彼女のことを育てているわけではない。

 というか単純に、アロマさんは割と遠くに住んでいるようなのでなかなか店に来る機会がないのだろう。


 ユースティアは名門一族だとアリスさんも言っていたしな。

 色々とお嬢様としても忙しいのだろう。

 まぁ、ヨーロッパにいるアリスさんと、日本で暮らしてるアロマさんの暮らしが同じかは解らないが。


「時間ができましたので、遊びに来たのですわ」

「へー、俺と一緒だな!」

「ええと……貴方は確か……ネッカ様……でしたでしょうか」

「俺のことを知ってるの?」


 はい、とアロマさんが頷く。

 どうやら以前ネッカが出場した大規模なアマチュアファイターの大会「フューチャー・イグニッション・フェス」を観戦していて名前を知っていたようだ。

 あれ、結構大規模な大会だった上に、陰謀あり因縁の決着ありとかなり盛りだくさんだったんだよな。

 アレがきっかけでネッカ少年とクロー少年が親友になり、親の転勤もあってクロー少年がこの街に引っ越してきたのだ。

 以来、二人は親友として日々切磋琢磨しているわけだが……。


「そうだ、今丁度暇しててさー。アロマの姉ちゃん、俺とファイトしない?」

「え!? わ、わたくしとですの!?」


 今日はそんなクロー少年が不在、他にも見知った常連も不在とネッカ少年は色々手持ち無沙汰だったのだ。

 そこにちょうど、自分のことを知っている強そうなファイター。

 これ幸いとファイトを挑むのは自然な行為。


 ただ……。


「でもその、わたくしとのファイトは……あまり面白くないかと思いますわよ?」

「……? 面白くないファイトなんてねーだろ! やろうぜ!」


 アロマさんはいわゆるロックバーンデッキの使い手。

 相手に何もさせないことで勝利するデッキは、時に対戦者に不快な思いをさせることもある。

 とはいえ、ネッカ少年に限ってそんな心配は無用だが。


「問題ないさ、ネッカは強いファイターだからな」

「へへ、店長に言われると照れるな……」

「師匠店長様……」


 とはいえアロマさんのためらいも理解らなくはない。

 そこで、俺が助け舟を出すのがいいわけだ。

 結果アロマさんは、俺の言葉に納得してネッカとのファイトを行うのだった。



 □□□□□



「だあー! 負けた!」

「か、勝ちましたわ……」


 結果は、アロマさんの勝利。

 正直、どっちが勝つかはやってみないとわからないカードだったけど、アロマさんが勝ったか。

 一応、ネッカ少年の方がファイターとしては年季がある。

 有利なのはネッカ少年の方だと思っていたのだが。

 とはいえ、素晴らしいファイトだった。


「ふたりとも、いいファイトでしたよ」

「ネッカが負けるなんてめずらしー」


 ちょうど店にやってきていた、ハクさんとアツミちゃんがそうやって言葉を送っている。

 珍しい組み合わせだな?


「んー、ブラフがスカったのが痛かったなー!」

「最後のカウンターエフェクト……使い所を間違えてたら負けてましたわ」


 んで、実際にファイトをしていた二人はと言えば。

 楽しげなネッカ少年と、疲れた様子のアロマさん。

 アロマさんは、強敵ネッカ少年相手にかなり繊細なプレイングを要求されていた。

 一度築いたロックを、三回も突破されたのだ。

 正直、よく立て直せたものである。

 その分、本人はかなり疲弊してしまったようだが。


「というわけで、どうだった? アロマさん」

「店長ー、俺には聞いてくれないのかよ」

「聞くまでもないからな」


 早速、勝ったアロマさんに感想を聞いてみる。

 仮にも師匠店長と呼ばれてる身だからな、アドバイスできることもあるだろう。


「ファイトって……こんなにも疲れることがあるのですね」

「強いファイターとのファイトは、慣れてないと消耗激しいからな……プロファイターなんて、こういうのを一日に何回もやることだってあるし」

「道は長いですわね……」


 アロマさんは、まだまだファイターとしての経験が不足している。

 これからどんどん強くなっていくだろうが、同時に今はまだ慣れないことのほうが多いだろう。


「楽しかったぜ、アロマの姉ちゃん!」

「あ、はい……こちらこそ、とても勉強になりましたわ。それに……」


 それに? とネッカが首を傾げる。


「師匠店長の言葉……強いファイターはわたくしとのファイトも楽しんでくれる。その言葉の意味を理解できました」

「俺が強いって? へへ、当然さ!」


 負けず嫌いであり、自分の強さに疑いを持たないのがネッカ少年のいいところだ。

 ファイトに対する自信と自己評価が低いアロマさんは、なんだか感心した様子である。

 んで、もう一つアロマさんにはかけなきゃいけない言葉があるのだ。

 それを俺は忘れずに投げかける。


「それに……アロマさんも、楽しかっただろ?」

「え……」

「――このファイト」

「…………はいですわ!」


 その言葉に、アロマさんは満面の笑みで頷くのだった。



 □□□□□



 どうやら、アロマさんは遊びに来たという目的以外にも、もう一つ目的があったようだ。

 それは、相談。

 マジカルファイターのことで、俺に話したいことがあったのだ。


「なるほどね……ライバルか」


 相談というのは、アロマさんの前に現れたもう一人のマジカルファイターの存在だった。

 何でも、緩くなる前のエレアみたいな無感情系の美少女らしい。

 もはや鉄板と言っても過言ではないくらい鉄板のライバル属性だな。


 ……そう考えると、お嬢様でロックバーン使いのアロマさんが異端すぎるくらい異端である。

 それ以外の部分は王道なんだけど。


「はい……あの子は、わたくしにこれ以上関わるなと言うんです」

「多分、いろんな裏事情とかを知ってるから、一般人に関わって欲しくないんだろうな」

「そう……なのでしょうか。わたくしには、あの子のわたくしに対する拒絶の感情が強すぎて……よくわからないのですわ」


 まぁ、個人差みたいなものはある。

 けれども、大雑把に表現するとそういうことになる……というのは大抵のライバルファイターがそうだ。

 具体的に言うと……


「ん? なんだ、クローみたいなやつと戦ったのか?」

「あ……ネッカ様」


 ちょうど、先程までファイトしていたネッカ少年のライバル……クロー少年も似たようなものだった。

 ちなみに、他人に聞かれて問題ないよう具体的な名称を避けて会話しているので聞かれても問題はない。

 向こうから名前を出してこなければ、相手の秘密に踏み込まないのがファイターの常識だからな。


「あ、クローっていうのは俺のライバルで……」

「ええと、フューチャー・フェスの決勝でネッカ様と対決した方……ですわよね」

「そうそう。決勝の頃には丸くなってたけど、昔のクローもアロマの姉ちゃんのライバルみたいな感じでさ」


 まぁ、典型的なクール系ライバルだったのだ、クロー少年は。

 こういうところは、お互い王道主人公って感じだよな。

 それで、ネッカ少年とアロマさんの共通点は他にもある。


「最初のうちは、全然クローに勝てなかったんだよ、俺」

「まぁ……そうなのですわね。わたくしも、あの子にはどうにも勝てる気がしなくて……」


 最初の方は、明確にライバルのほうが強いってところだな。

 これもまぁよくある話といえば、よくある話。

 そして、だからこそネッカ少年はアロマさんにアドバイスできることもあるわけだ。


「俺、めちゃくちゃクローに負けたくなかったんだよ最初は。あの頃はいけ好かねーやつだったし、俺も負けず嫌いだったから。でも全然勝てなかったんだ」

「……今は違うんですの?」

「今は……っていうか。勝てるようになったのは、俺がクローのことを知ろうとしたからだな」


 相手のことを知る。

 単純だが、難しい話だ。

 特にクローは、最初の頃はかなり嫌味なライバルだったからな。


「単純に敵としてじゃなくて、超えるべき相手としてクローのことを認めたんだ。そうしたら、自然とクローに勝てるようになった」

「それは……なんだか素敵ですわね」

「ま、アロマの姉ちゃんは、その人のことをもっと知りたいって思ってるみたいだから、要らないアドバイスだったかもしれないけど」


 そう言って苦笑してから、ネッカはアロマさんのデッキに目を向ける。


「……姉ちゃんの場合は、まずデッキに振り回されてるのをなんとかしないと、だよな」

「そう……ですわね。難しいですけれど」


 デッキに振り回されている。

 いい表現だな。

 アロマさんは過去の出来事が原因で、カードとの相性が若干歪んでしまっている。

 それを、アロマさんが望む形に持っていくには、まだまだ努力が必要だ。


「なんだ、ネッカも先達としての立ち振る舞いが様になるようになってきたな」

「うわ! そう言いながら頭をなでて子供扱いするなよ!」


 んで、パーフェクトな言葉を投げかけたネッカの頭を撫で回して褒めつつ。

 俺も付け加える。


「アロマさんがまだ諦めないつもりなら、まずは眼の前のことに一つずつ挑戦してみるしかないだろうな。そのライバルのことも、アロマさんの普段のことも」

「経験を積む……でしたわよね。わかっていますわ、店長師匠!」


 どうやら、アロマさんは今回のことを有意義な経験にできたようだ。

 ネッカ少年の成長も実感できて俺も満足……なのだが。



「強くなるための第一歩! それはデッキの強化です。というわけでアロマちゃん、これをどうぞ」



 と、そこで突然エレアがやってきてあるものをアロマさんに押し付けた。

 それは……<極大天使ミチル>が収録されているパックのボックスだな。


「あ、えっとこれは……」

「お気になさらず受け取ってください、おほほ……」


 実はあのあと、エレアは更に再販された<ミチル>のパックをカートン買いした。

 これでついに<ミチル>が三枚揃ったわけだが、なんと一箱目で<ミチル>が当たってしまった。

 結果、ボックスが残ったのである。

 そしてエレアはかれこれ6カートン近くこのパックを買ってるからな、<ミチル>以外のカードは全部余っていて開ける意義が薄い……ので配っているらしい。


 あんまりアロマさんに迷惑かけるなよー、と思いながら俺はそれを眺めるのだった。

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