40 実は私、ちょっとえっちな格好をするのが好きで……
その後、慌てふためく俺とハクさんを前にして、ヤトちゃんはしばらく沈黙する。
緊張の瞬間。
俺達が固唾をのむ中、ヤトちゃんは大きく息を吐きだして――
「姉さん、案の定痴女コス辻ファイトにハマったのね……」
どこか、納得した様子でそういった。
「ヤト……?」
「いいの姉さん、わかってるから。姉さんの趣味も、どうしてこうなったのかも」
「ち、違うの聞いて、ヤト」
いや、多分ヤトちゃんの理解は何も違ってないと思うんだけど、ハクさん。
そんな、闇落ちしかけてる状態でそれを見咎められた……みたいな反応してもダメだけど、ハクさん。
ともあれ、思ったよりもヤトちゃんの反応は理解のある妹だった。
そりゃまぁ、俺だってハクさんが痴女だということは理解しているんだ。
妹なら、そのことを理解していないはずがない。
しかし、それにしたってヤトちゃんの理解がありすぎる。
ヤトちゃんにとって、ハクさんの行動はそこまで意外ではないということだろうか。
「まずはヤト……店長さんが困惑しているから、事情をお話ししてもいいかしら」
「ええ、お願い」
それは俺からもお願いしたい。
うなずきあった姉妹は、俺に自分たちの“秘密”を明かしてくれた。
それは、二人が本当の姉妹ではないということ。
ヤトちゃんが記憶喪失であるということ。
そして、ヤトちゃんがこの世界の人間ではないかもしれないということ。
特に一番大きいのは、最後の秘密だ。
この世界の人間ではない……下手したら、ヤトちゃんはモンスターなのかもしれない。
しかし、記憶喪失のヤトちゃんにそれを確かめる術はない。
少なくとも、今は。
「そのうえでハクさんは……ヤトちゃんをエージェントの世界に巻き込んだことと、ヤトちゃんの生き方を束縛したことに悩んでいた……ってことだな」
この間の俺との会話も含めて、それがハクさんの抱えていたものなんだろう。
そして、ハクさんが痴女みたいな格好をしていたことで、ヤトちゃんもハクさんが「自分のしたいこと」をすることにしたと察した。
どうやら、そういうことらしい。
さすがは姉妹。
血の繋がりなんて関係ない、つながりとは血縁だけに限らないのだ。
「……でも、正直確信はなかったの。今こうして、自分を解放した姉さんを見るまでは、姉さんがそういう悩みを抱えていた……って」
「なんだか言い方に含みを感じるけれど……それは当然よ、ヤト。私自身、私の悩みに気付いていなかったんだもの」
そう言って、開放的な衣服を俺とヤトちゃんに見せつけるハクさん。
「全ては、店長さんが私を解き放ってくれたからなの」
「店長が、姉さんの恥部をあけっぴろげにしてしまったのね……」
「含みのある言い方は、ふたりともじゃないかな!?」
なんか、俺に対してふたりともあたりがきつくないかな!?
「ふふ、冗談ですよ」
「ええ……店長さんが姉さんに道を示してくれたおかげで、こうして姉さんは自分をさらけ出せているんだもの」
「そ、そうか……」
どうやらからかわれていたようだ。
……まぁ、実際さっきヤトちゃんが俺とハクさんを見つけた時の絵面はやばかったからな。
からかいたくもなるだろう。
とにかく、結論は至ってシンプルだ。
ハクさんは闇落ちしかけていた。
下手したら、ヤトちゃんとひどい姉妹喧嘩に発展していたかも知れない。
けれどもそれを俺が事前に何とかしたことで、こうして平穏無事に事件が解決した、ということだ。
それにしても……闇落ちしかけていたということは、どこかしらで闇落ちを誘引するような事件に出くわしていたはずだ。
もし、そんな事件に出くわしていたら、ハクさんはどんな状況に陥っていたのだろう。
きっと、大変な事態が引き起こされていたのだろうな……まぁ、俺には関係ないけど。
「んん……?」
「どうしたんですか? 店長さん」
「いや、今なんか……複数の箇所から恨みがましい視線を感じたんだが……」
具体的に言うと、ハクさんのデッキと俺のデッキ。
それからなぜか、脳裏に浮かんだエレアとレンさんの顔。
特にエレアとレンさんは、俺に対して怒っていいのか感謝していいのか分からなくなってしまったような、苦虫を噛み潰した顔で俺を睨んでいる。
よくわからないけど、ごめんて。
「……それで、ハクさんはこれからどうするつもりなんだ?」
「どうするもなにも、月兎仮面は私のやりたかったことです、これからも続けていきますよ」
「く……妹としては恥ずかしいからやめてと言うべきなのか、それが姉さんのやりたいことならって背中を押すべきなのかわからないわ……!」
そこはやめてと言ってもいいと思うぞ?
とはいえ、月兎仮面みたいな辻ファイターは割とそこら中にいる。
この街には一人しかいなくても、世界中を見渡せば似たようなファイターの一人や二人……下手すれば百人単位でいるかもしれない。
だから、月兎仮面だっていてもいい……とは思うのだけど。
百人も月兎仮面がいるというのは、それはそれで怖いな……!
「まぁ、そういうことなら俺から言えることは何も無い。節度を保って、清く正しく辻ファイターを続けてくれ」
「……もう既に、清く正しくない気がするのは気のせいかしら」
やめるんだ、それ以上はいけない。
とにかく。
なんやかんやあったが、ハクさんが闇落ちしなくてよかった。
どうして販促期間に俺が勝利できたのか、とか。
色々謎は残っているが、とりあえずは一件落着ということで。
俺は二人と別れて店に戻るのだった。
□□□□□
後日、エレアとレンは頭を抱えていた。
場所はカードショップ「デュエリスト」の店内。
店長は非番なので店におらず、メカシィがすいーすいーと掃除をしていた。
客はレンとエレア以外にはいない。
そういう時間帯だからだ。
そのうえで、二人はカウンターで向かい合い頭を抱えていた。
「天の民……天の民貴様……! 貴様ぁ……!」
「おさえて、抑えてくださいレンさん。理不尽ではありますが、店長のおかげでハクさんが救われたのは事実です」
「くぅううう……!」
「唸りたいのは私もですよ……こんなことでヤトちゃんの秘密を知りたくなかった……!」
「すまん……! しかし天の民のやったことを瞳の民に報告する義務が我にはあるし、そうなると行きがかり上夜刀神の秘密を話さないわけには……ぐううう!」
苦悶の声を上げるレン。
二人は、店長の“バグ”を把握していた。
もとより、店長が悪魔のカードの関わらない事件を事前に潰していることを知っている二人だ。
バグについて把握しているのは自然なことである。
しかし、だからこそ。
バグによって救われたファイターが弾けることを二人は重々承知していた。
今回も言うに及ばず、闇落ちするはずだったハクが、闇落ち部分をすっ飛ばして月兎仮面になってしまったのである。
無論、そのことはいいことだ、喜ばしいことである。
そのうえで、バグの存在を知っている二人が理不尽に身悶えするのは無理からぬことで。
「とにかく……諦めましょう、レンさん。こればっかりは店長だって意図したことではないんですから」
「く……覚えていろ天の民よ……この借りはいずれいい感じに返してやるからな……」
かくして、事件は落着した。
店長の理不尽に身悶えする二人も、気を取り直した……のだが。
「……ところで、一つだけ気になったんですが」
「む、何だ?」
「ハクさんの格好ですよ、痴女みたいな格好をするのは解るんです、辻ファイターになるのもわかります。でも、どうしてあの格好なんですか?」
ここまでのことで、概ね謎は解決した。
事態は無事に落着したと言ってもいいのだろう。
それでも、一つだけわからないことがあるのだとエレアは話す。
それは、ハクが月兎仮面になった理由。
一つ一つを紐解いていけば、その理由はなんとなく解る。
ハクははっきり言って痴女だ。
えっちな格好が好きな女の人だ。
色々と周囲としては反応に困るものの、今更そのことで疑問に思う理由はない。
そして、ハクはファイトに対して非常に熱心だ。
エージェントであり、ファイトクラブに所属しているファイターでもある。
普通、それらを両立することはあまりにも大変で。
それでもなお、ハクがその二つに加えて、バイトまで並立させるのはハクがファイトすることが好きだからだろう。
だから、エッチな格好をして辻ファイターになるのは、ハクにとって自然な格好だ。
だが、それがどうして月兎仮面なのか。
別に、ただえっちな格好をして辻ファイターをすればいいだけじゃないか?
そう思ってしまうのも、無理はないだろう。
「それは……ほら、あれだ。白月の話にもあっただろう。突然現れたから、せっかくだし着ることにした……と」
「突然現れたものを、せっかくだからで着ちゃまずいですって」
まぁ、無事だったからいいけど……とエレア。
対する、レンはなんだかそわそわしている。
そんなレンの様子に気づかず、エレアの推理は加速していった。
「そもそも……どうしてハクさんはエッチな格好が好きなんですか?」
「…………」
「なにか、きっかけのようなものがあったのでしょうか」
レンは、いよいよもって視線を逸らし始めた。
口が膨らんで、何かをいいたそうにしているのをこらえているように見える。
そしてエレアは、ふとあることに気付いてしまった。
「そうだ、ハクさんの話の中で……倒れているヤトちゃんの服装に言及がありません」
その瞬間、エレアの中で全てがつながってしまった。
レンが語ったハクの過去において、象徴的に語られたヤトの発見。
その中で、唯一言及のなかったヤトの服装。
あれだけ象徴的だったのに、どうしてそこは言及がないのか?
もしもあの光景がハクにとって一つの原風景になっているのなら、服装にも意味があるのではないか?
つまり、倒れていたヤトの服装は――――
「…………」
「…………」
「……レンさん」
「……なんだ」
先ほどから、頭を抱えっぱなしの二人。
しばらくの沈黙が店内を包み、メカシィの掃除機の音だけが響く。
「……私、ヤトちゃんの秘密に気づかなかったことにします」
「うむ……賢明だな」
結論、そういうことになった。
なお、発見された当時のヤトの服は、今も大事にハクの部屋の戸棚の中に仕舞われている――
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