30 二人きりのデュエリスト。店長VSエレア(後編)
エレアがエレアを呼び出した。
なんというか、ある意味不思議な光景だが。
モンスターがファイトを行うならば、よくあることだ。
これまでは、呼び出すモンスターが<エクレルール>だっただけで。
「まさか……他人に<大古式聖天使>モンスターを使われるとはな」
「同時に<エクレルール>でもありますからね。とはいえ……このカードを手に入れたきっかけは、店長の一言ですよ?」
「あれか、"今のエレア”が描かれたカードを手に入れろ……ってやつか」
「はい、諦めきれずに<ミチル>ちゃんのパックをひとつまみしたら、出てきました」
まだ諦めてなかったのか……。
ちなみに、この世界のパックから<エレア>が出てきたら正体モロバレじゃんと思うかも知れないが。
そもそもエレアは例の美少女パックの中に封入されてはいない。
どういうわけか、パックの中に紛れ込んだのだ。
この世界のパック制作過程は若干オカルトが絡むので、そういうことはたまにある。
まぁ、そこら辺の話は長くなるからまた今度語るとして。
「それで……中に入ってスマホはいじれたか?」
「カードの中の私は……スマホを……もっていませんでした……」
「めっちゃ悲しそうに言うな……」
もしかしてあれか、仕事中はスマホをカウンターかバックヤードに置きっぱなしにしていることが多いからか。
まぁ、もし仮にカードの中でスマホをいじれても、それは本来のスマホではないはずだ。
時空が歪みそうなバグが発生しそうだから、起きなくてよかった。
「しかしまぁ、これではっきりしたよ。というか……最初に気づくべきだったんだが」
「と、いいますと?」
「エレア……帝国時代のファイトスタイルから、普段のスタイルに変わったな」
「!!」
エレアのスタイルは前にも言った通りだが。
彼女がそうなる原因は、<エクレルール>にある。
<エクレルール>がデッキに入っていると、スイッチが入るそうなのだ。
スイッチが入ったエレアは、兵士としてのルーチンで行動する。
逆に<エクレルール>がデッキに入っていない時は、いつも通りのエレアとしてファイトできるのだ。
エレアが正体を隠せる一番大きな理由は、そこにある。
「そういえば、そうですね。……<デュエリスト・エレア>の影響でしょうか」
「多分な。とはいえ、そこから言えることはただ一つ。人には、変わる部分と変わらない部分があるってことだ」
「……! いいえ、私は変わっていません! ここまでの店長の余裕で、破壊することに不安はありますが……こう主張する以上、そのカウンターエフェクトは破壊します! <デュエリスト・エレア>のエフェクト! デッキの一番上のカードをセメタリーに送ることで、相手のカードを一枚破壊!」
出たな、エレアのコストがコストになっていない効果。
<エクレルール>の場合は破壊ではなく「帝国」モンスターのサーチだ。
……エレアのやつ、よく<エクレルール>なしで普段ファイトしてるよな?
とはいえ、俺のカウンターエフェクトは破壊される。
<ゴッド・デクラレイション>はモンスターエフェクトには反応できない。
おそらく、<ゴッド・デクラレイション>対策として<デュエリスト・エレア>のエフェクトはこうなっているんだろう。
さて、<エレア>が水晶を弾丸のように構えている。
今まさに、カードを破壊するべく、俺のカウンターエフェクトに狙いを定めているのだ。
「……これで終わりですよ、店長」
「ああ、そうだな」
俺は、その言葉に頷いて。
「そうだ、エレアの質問。俺の三つ目の答え」
「…………お聞きしましょうか」
「俺の答えは……」
一瞬、目を閉じる。
俺は、その時三つのことを思い出していた。
一つは過去、転生する前の俺。
特に特徴らしい特徴もない、平凡などこにでもいる……ただのカードゲームオタク。
一つは未来、これからも俺の前に現れるだろう、個性豊かなこの世界のファイター。
そして、最後は……
「答えは……無いんだと思う」
「……無い?」
「決められない、といったほうが正しいかな。人は刻一刻と変化を続けている。だから、俺が店長になりたかった理由は、きっとその時々によって変化する」
「だから答えは……無いってことなんですね」
大きな理由は、最初に上げた二つでいいだろう。
でも、細かい理由は、きっと聞かれるたびに変化する。
そしてそのことは、決して悪いことじゃない。
「だってそれは、人が生きている証だからだ。変化し続けることで、人は前に進む。時には後退してしまうこともあるかもしれないが、それだって前に進むための手段の一つだ」
「でもそれじゃあ……あまりにも人は不安になりますよ。変化し続けた結果、なりたい自分になれるかなんて誰もわかりません」
頷く。
「だからこそ、変わらない部分も必要なんだ。エレアの言う通り、人は変わらない。変わらない部分もある。だから……」
「だから……?」
「だから俺は、作ろうと思った。変わらない場所を」
そして、<デュエリスト・エレア>が水晶を弾丸のように飛ばし、俺のカウンターエフェクトを破壊する。
「……この店を、だ!」
「……!」
「<過去と未来と現在が繋がる場所>は破壊された時、セメタリーで発動できるエフェクトがある!」
「二枚目!? <ゴッド・デクラレイション>じゃないんですか!?」
<過去と未来と現在が繋がる場所>には、二つの効果がある。
通常の効果と、破壊された時の効果。
俺はそれを、エレアの性格上破壊できるなら必ず破壊して万が一に備えると踏んでセットしておいた。
エレアだって、その可能性は考えていただろうが……本人の言う通り、今のエレアの言葉が正しいと主張するなら、このカードは破壊しないといけない。
今までのエレアならば、絶対にそうするから。
<帝国革命の開拓者>は、フィールドのエフェクトが使用できなくなるカードだ。
だから、破壊によってセメタリーに送られたこのカードのエフェクトの発動は<開拓者>をすり抜けることができる。
そして<過去と未来と現在が繋がる場所>が通常呼び出すのはデッキとセメタリー。
すなわち未来と過去。
故に破壊された時呼び出すのは――
「くっ……、でもこの状況で……何をするっていうんですか」
「変化の形は……一つだけじゃないってことさ」
そうして俺が呼び出すのは――
「現われろ、<帝国の尖兵 エクレルール>!」
もう一人のエレアだ。
「な、なんで私……!? 二枚目の<エクレルール>!?」
「俺も、パックからこいつを引き当ててな」
引いたのは、それこそエレアと同じ<ミチル>パックだ。
あの時、何気なく引いたカードの中に、<エクレルール>が混じっていた。
そのことをエレアに話す機会がなんとなくなかったのだが。
こうして、最高のタイミングで披露することができた。
「……これで、<開拓者>の制約を、俺もスルーできるな」
「それなら<エクレルール>を<開拓者>で攻撃すればいいだけです!」
<開拓者>のエフェクトは「帝国」モンスターがフィールドにいないプレイヤーがエフェクトを発動することのできなくなる効果。
それを俺は、<エクレルール>をサモンすることで回避した。
既にエレアは手札がゼロ、カウンターエフェクトもセットしていない。
もう、これ以上の打つ手はない。
できることは、<エクレルール>を攻撃することだけ。
しかし、
「理解ってるだろ、<エクス・メタトロン>の三つ目のエフェクト」
「く……それでも、座して死を待つよりは! <開拓者>で<エクレルール>を攻撃!」
「<エクス・メタトロン>のエフェクト! 攻撃対象を自身に移し……フィールドの<古式聖天使>の数だけ攻撃力を上げる!」
<エクス・メタトロン>のエフェクトで、<エクレルール>を守りながら<開拓者>を迎え撃つ。
そして攻撃力を上げるわけだが……<エクス・メタトロン>一体だけでは、実のところ<開拓者>の今の攻撃力には届かない。
だが、フィールドにはもう一体の「古式聖天使」がいる。
「<エクス・メタトロン>と<デュエリスト・エレア>の分だけ攻撃力を上げて……迎え撃て、<エクス・メタトロン>!」
両者は激突し。
勝ったのは……俺だ。
□□□□□
「ううー、悔しいです」
「あと一歩だったな」
「あそこで負けないとか、店長大人げないですよ!」
残念だったな。
俺にもフラグが立っていなかったら、間違いなくエレアが勝っていたよ。
物理的に、<エクレルール>が引けてないわけだからな。
「でも、最後の最後……納得いきません、フィールドはお互い一緒だったじゃないですか」
「そうか……?」
「店長の場にも、私の場にも店長と私がいて……一方的に店長が勝つなんて」
いや、<開拓者>を俺扱いするのはやめない?
なんか恥ずかしいからさ……。
というのは置いておいて。
「エレアが変化したからだよ。それを認めた俺と、認めなかったエレアの差だ」
「うう……否定する要素がないです」
実は、エレアの持っている<エクレルール>と俺の<エクレルール>は微妙に顔つきが違う。
兵士と呼ぶにふさわしい顔つきのエレアの<エクレルール>に対して、俺の<エクレルール>は穏やかな顔つきだ。
今のエレアが、<エクレルール>の格好をしてる……って感じだな。
コスプレではない。
過去と未来は、常に変化していくものだ。
未来は言うに及ばず、過去だってそうだ。
起きた出来事こそ変えられないけれど、それに対する感想は思い出した時の精神状態によって良くも悪くも変化する。
俺の持っている<エクレルール>の顔つきのようにな。
変わらないのは、今この瞬間だけだ。
だから俺は、変わらない今を作ろうと思った。
カードショップ「デュエリスト」、“今”にあり続ける俺の店。
それが俺の、三つ目の答えだった。
「ともあれ……いいファイトだった」
「店長こそ、とっても楽しかったです」
お互いに歩み寄って、握手をする。
「――次は負けません」
「――次も俺が勝つ」
まぁ、エレアは笑みを浮かべながら俺を睨みつけてくるし、俺も挑発的な笑みを浮かべてるんだがな。
悲しき、ファイターの性だ。
「そういえば……」
「どうしたんですか?」
「エレアの三つ目の答えは?」
ああ、とエレアは頷いて。
手を離すと、いたずらっぽく笑みを浮かべた。
「答えは――秘密です」
そう口にしたエレアは、俺の見たこともないような顔をしていて……俺は、思わず一瞬呼吸を忘れてしまった。
沈黙が、少しだけ続く。
ともあれ、その沈黙を破るためになんとか言葉を探して口を開く。
「秘密か……じゃあしょうがないな」
「ああ、いえ、違うんです。秘密であることが答えなんです」
「うん?」
慌ててエレアが、俺の言葉を否定してきた。
どういうことかと首を傾げると、
「だって、秘密にしたほうがかっこいいじゃないですか。美少女店員の裏の顔は、実は美少女モンスターだった! ……みたいな」
「自分で言うことか。でも、まぁ確かに気持ちは理解らなくもない」
かっこいいもんな、正体を隠すエージェント。
……闇札機関の人間が、正体を隠せているかと言うと疑問だが。
「とにかく……何か食べようぜ」
「食べてこなかったんですか?」
「ここで食べるのが定番になってるからなぁ」
そうして、俺達は話を切り替える。
フィールドの電源を落として、店の戸締まりを改めて確認して。
それから店の二階、二人でよく夕飯を食べるリビングへ向かうのだ。
□□□□□
そう、秘密。
エレアが正体を隠す最後の理由は、秘密にしたいから。
でもそれは、秘密にしたほうがかっこいいから……だけではない。
今この瞬間、エレアの過去を知る人間はほとんどいないからだ。
刑事さんと翠蓮と……それから店長。
刑事さんと翠蓮が秘密を漏らすことはありえないから……秘密は、しばらく秘密のままでいるはずだ。
だから店長の秘密が、エレアと店長だけのものであるように。
エレアの秘密もまた――店長と秘密として共有していたいのだ。
店長は言っていた。
かつてのダイアと店長のファイトが、店長にとってのファイターとしての頂点だと。
なら、エレアの頂点は今この瞬間なのだ。
だからエレアは変わらない。
変わりたくないと思っていた。
でも、店長は言う。
人は変化し続けるものだと。
だからエレアの秘密は、何れ周囲に露見するだろうけれど。
でも、今は秘密のままでいたい。
そう、今はまだ。
まだ、少しだけ……エレアは、秘密を秘密のままにしておきたかった。
―――
今回で一章終了になります。
今後も作品は続いていきますが、ここまでお読み頂きありがとうございました。
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