第62話 今の自分に買えるもの
どの剣もクオリティの高いものばかりだったが、俺は一番気になった武器をピックアップした。
魔力塊が練り込まれている玉鋼の剣で、もちろんのことこの剣にもルーン文字が彫られている。
「うん。やっぱり安い武器の中じゃ、この剣がずば抜けていいな」
「こちらの剣はどんな剣なのですか?」
「玉鋼の剣だ。文字の羅列も綺麗だし、きっといい効果が乗ってると思う」
「へー! エリアス様は剣の良し悪しも分かるのですね!」
「素人に毛が生えた程度だけどな。ギーゼラは何を選んだんだ?」
「私は魔力剣を選んだ! 見てくれ……この美しい刀身! 魔力を帯びているのも一目で分かるだろう?」
「おー、確かに見栄えが良い剣だな。切れ味も凄まじそうだ」
「うーん……やっぱり良いフォルムをしている! 買いたいけど――値段があまりにも高いなぁ」
ギーゼラの選んだ魔力剣は、白金貨五枚とかなりの値段をしている。
一方で俺の玉鋼の剣は金貨六枚と手の出せる値段。
欲しがっているし魔力剣を買ってあげたいところだが、オールカルソン家の金を使わないと買ってあげることはできない。
エリアスに生まれ、最低最悪の状況からのスタートだった訳で、オールカルソン家の財力くらいは駆使してもいいと思うんだが……だとしても、ギーゼラへのプレゼントを親の金で買うのはどうかと思ってしまうんだよな。
「白金貨十枚はAランク冒険者にならないと手が出ない額だな。オールカルソン家の金を使えば買えないこともないが、ギーゼラはこの魔力剣が欲しいか?」
「そりゃ欲しい! ……が、エリアスの親の金で買うのはやはり違う。まぁ家に泊めてもらったり、馬車を手配してもらって今更な感じもあるがな」
「やっぱりそう思うよな。俺も買ってあげようかとも思ったけど、親の金でギーゼラへのプレゼントは買いたくなかった。ちなみに俺が選んだ玉鋼の剣なら購入できるが……欲しいか?」
「もちろん欲しい! エリアスが選んだ剣なら間違いないだろうしな。魔力剣と比べると……少し地味だが」
「なら、俺からプレゼントする。地味なのは許してくれ」
「ふふふ、ありがとう。……一生。本当に一生大事にする!」
ギーゼラは嬉しそうに微笑んだ後、大事そうに玉鋼の剣を抱いた。
この姿を見る限りでは、先ほどまで機嫌が悪かったとは思えないほど、嬉しそうにしてくれているように見える。
「うぅ……。やっぱりギーゼラだけ羨ましいです! 私も何かエリアス様から買ってもらいです!」
「駄目だ! クラウディアは弓をもらっただろう! この剣よりも優れたものなんだし、今回は私だけだ!」
「ぶー! ギーゼラのケチ」
こうして『スペイス』では、ギーゼラ用に玉鋼の剣だけ購入して店を後にした。
ギーゼラが機嫌を直してくれたのも良かったが、それと同等にスペイスという人物を知ることが出来たのは大きい。
『スペイス』には後で俺一人で訪ねるとして、今は街巡りを楽しむことだけを考えるとしよう。
余計なことを考えていると、また気づかぬ内に地雷を踏んでしまうからな。
「さて、次はクラウディアの行きたい店に行くか?」
「ああ。最初に私の行きたかったお店に行かせてもらったから、次はクラウディアが行きたい店へ行こう」
「ありがとうございます! 私が行きたいお店は――『ふわふわ食堂』という名前のお店です! その名の通り、ふわふわなケーキが食べられるお店なんですよ!」
「ふふ、散々私っぽい店と馬鹿にしてくれたが、クラウディアもクラウディアっぽいお店じゃないか」
「ははは、確かにな。スイーツ系のお店だろうとは思ってた」
「い、いいじゃないですか! ギーゼラなんて先ほどまで不機嫌でしたのに、人の選んだお店を馬鹿にするなんて駄目ですよ!」
「別に馬鹿にはしていないし、別に不機嫌ではなかった」
そんなような会話をしながら、俺達は『ふわふわ食堂』に向かった。
『スペイス』同様に知らないお店のため、楽しみにしていると……長蛇の列ができている店が見えた。
「あれが『ふわふわ食堂』です! 凄い人が並んでいますが大丈夫ですか?」
「もちろん。武器選びで時間使ったし、帝都でしか食べられないなら並ぶ価値はあるだろ」
「エリアス様、ありがとうございます!」
「そんなに美味しいお店なのか? 私は甘いものよりもお肉のが好きなのだが、ここまで並んでいるとなると気になる」
「抜群に美味しいって噂ですよ! ささ、並んで食べましょう!」
それから列に並び、一時間ほど待ってようやく食べることができたのだが……。
食べた感想としては正直微妙。
というよりも、俺がデザート作りに本気を出し過ぎてしまっているため、俺の作ったスイーツの方が美味しいという変な現象が起こってしまっている。
この感想は俺だけではなく、クラウディアも感じたようで……。
「お、美味しくない……です。い、いえ、美味しくない訳ではないのですが……」
「エリアスが作ったスイーツの方が圧倒的に美味しいな!」
「…………薄々は気づいていたのですが、エリアス様のお料理ってプロのレベルを越えてますよね?」
「そんなことはないと思うけど、スイーツはクラウディアと一緒に研究しまくっているからな」
「優しくてかっこよくて面白くてお強くて……料理の腕がプロ以上。エリアス様、私はエリアス様を愛しております!」
何故か愛の告白が始まり、公衆の面前なのにキスをしてこようとするクラウディア。
電車の中でいちゃいちゃするカップルが俺は一番嫌いだったため、キスには応えずにクラウディアを何とか落ち着かせる。
「うぅ……エリアス様のけち」
「ケチとかじゃなくて、人前でははしたないからやめよう」
「……はい。その代わり……夜はいっぱい可愛がってくださいね?」
上目遣いでド直球なおねだりをしてきたクラウディア。
何度も言うが、クラウディアは絶世の美女であり、そんな女性からこんなことを言われたら体が熱くなる。
先ほど人前でははしたないと言っておきながら、今はこの場でキスをしたくなってしまっているのだから……。
人間の性欲というのは恐ろしい。
「と、とりあえず夜のことは置いておいて、この後はどうする? まだ回る時間があるし、順番的にはギーゼラの行きたいお店に行く感じだが……行きたいお店はあるか?」
「行きたいお店はまだまだあるのだが、一つお願いをしてもいいか?」
「お願い? もちろん構わないが、ギーゼラのお願いって何だ?」
「……私とクラウディアを二人きりさせてほしい」
少し間を開けたあと、そんなことを言い出したギーゼラ。
ギーゼラとクラウディアを二人きり?
俺と二人きり……ではなく、クラウディア?
『ふわふわ食堂』に来る前に散々言い合っていたし、ギーゼラが二人きりを求めるってなると、決闘でも考えているのではないかと不安になる。
「喧嘩をする――とかではないよな?」
「今さら喧嘩なんかするわけがないだろ。これから始まる神龍祭で戦う可能性だってあるわけだしな」
「それじゃ何でと聞きたいが、理由については話せないよな」
「ああ。エリアスには後でちゃんと説明する」
「分かった。俺は構わないが、クラウディア次第だ」
「私も大丈夫ですよ。恐らく今日不機嫌だった理由と関係があることですよね?」
「…………それは後で話す」
クラウディアは何か勘づいている様子。
ギーゼラが今日不機嫌だった理由?
いくら考えても分からないのだが……中途半端にヒントを出されるとめちゃくちゃ気になる。
俺が鈍感なだけなのか、それとも女性にだけ分かることなのか。
「とりあえず分かった。俺は外させてもらうから二人で話してくれ。日が暮れたら再集合って形で大丈夫か?」
「ああ。エリアス、すまないな」
「別に大丈夫だ。喧嘩だけはしないでくれよ?」
「しないから大丈夫です。それではエリアス様、また後でお会いしましょう」
俺は会計だけ済ませ、一人先に『ふわふわ食堂』を後にした。
めちゃくちゃ気になるし、本当は尾行して会話を盗み聞きしたいぐらいだが、流石にそれはできない。
うーん。急に一人になるとはな……。
帝都のアイテム回収や、帝都にいる会いたいキャラを見に行くとかやりたいことはあるにはあるが、時間的には『スペイス』に行って話を聞くが無難か。
時間を潰す方法を決めた俺は、来た道を引き返して一人『スペイス』に戻ったのだった。
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