第34話 隣に立つ資格


 エリアスと一緒に登校し、エリアスと一緒に昼食を食べる。

 なんてことない日常なのだけれど、そのなんてことのない日常が思っている以上に幸せ。


 料理が上手で趣味が合う。物知りでくだらない雑談すらも面白い。人が変わったように紳士的。

 あれだけ嫌いだったエリアスの隣が、こんなに心地良いと思う日が来るなんて夢にも思っていなかった。


 本当なら同じクラスが良かったのだけれど、入学した時は別のクラスがいいと願ったのだからそれは我儘というのもの。

 とにかく……こんな日々がずっと続けばいいのに。


 そう心の底から思いながら、いつものように昼食を取っていたある日――。

 エリアスの横に現れたのはスラッとしていてスタイルがよく、お洒落に気を使っていなくても目立つほどの非常に美人な女性。


 入学当初から噂になっていたため、私も名前ぐらいは知っていた。

 ギーゼラ・ブルー・クラウゼ。


 この学校開校以来の天才らしく、入学初日で戦闘指導の先生を叩きのめしたと噂になっていた女学生。

 そんな方が一体何の用でエリアスには会いに来たのか分からない。


 いえ、一つだけ考えられるのは……エリアスをいじめに来たこと。

 エリアスには指一本足りとも触れさせないと強く誓い、私は両手を広げて立ち塞がった。


「エリアス様に何か用ですか?」

「……ああ。そのエリアスに用がある。私と模擬戦をしよう。昨日は中断になってしまったからな」

「だ、だめです! エリアス様をいじめるというのであれば……私がお相手致します」

「いじめる? お前は何を言っているんだ?」


 模擬戦と称してエリアスをいじめることは容易に想像できた。

 勝てないとしても、私が代わりにギーゼラを倒す。

 ――そのつもりでいたのだけれど……。


「クラウディア、大丈夫だ。この人はギーゼラといって、昨日の実技の訓練で戦う予定だった人。いじめようとしている訳じゃない」


 エリアス本人からも否定が入り、完全に私の早とちりだったようだ。

 恥ずかしさで顔から火が吹き出そうなほど熱くなる。


 すぐに謝罪をしたことで許してもらえたけれど……。

 やはり気になってしまうのは、ギーゼラさんがエリアスに模擬戦を挑む不自然さ。

 

 ギーゼラさんが開校以来一番の天才なのに対し、エリアスは開校以来の一番の落ちこぼれ。

 体型のせいもあって一切動けず、戦闘もダメダメなのに魔法も一切使えない。


 休学中にお痩せになられて、手の皮がゴツゴツとするほど剣を振ったことを私は知っているけれど、短期間でその差が埋まるほど才能の差というのは甘くはない。

 心配で心配で仕方がない中、エリアスが私に見学の許可をくれたため、いざというときは守れるように二人の模擬戦を見学することに決めた。



 その日の放課後。

 二人は木剣を構えて楽しそうな笑顔を見せており、当たり前なのだけれど私は完全な部外者。


 エリアスの前に立っているのが私ならば、どれだけ幸せなことなのか。

 ギーゼラさんにボコボコにされないかの心配よりも、ついそんなことを考えてしまう。


 私がそんな余計なことを考えている中、エリアスが金貨を投げたことで戦闘が開始された。

 最初に動いたのはギーゼラさんであり、金貨が地面に着いたと同時に斬りかかった。


 その動きは端から見ている私でも追えない速度であり、この初撃でエリアスはやられてしまう。

 そう思ったのだが――エリアスはギーゼラさんの不意の一撃を軽々と受け止め、その後の追撃もいとも容易く受け切ってみせている。


 その姿は私の知っているエリアスではなく、おとぎ話に出てくる王子様のような……あまりにも格好いい――エリアス様と呼ぶに相応しいお姿。

 決してギーゼラさんが弱いとか不調とかではなく、あまりにもエリアス様が強すぎるのだ。


 多種多様なギーゼラさんの攻撃を受け止めた後は、エリアス様の攻撃が始まった。

 楽々受け止めたエリアス様と違い、ギーゼラさんは攻撃をガードするのもいっぱいいっぱいであり、そしてとうとう腹部に強烈な一撃が入ってしまった。


 私の予想に反してエリアス様優勢であり、あまりにも一方的な内容。

 ギーゼラさんはこの不利をひっくり返すための必殺技を使ったみたいでしたが――その一撃すら楽にガードされてしまい、心が折れたように膝を突いて項垂れた。


 その戦いを見ていた私も心臓が破裂しそうなほど速く動いており、体が火照って仕方がない状態。

 完璧な勝利を飾ったエリアス様にいち早くお声掛けしたい。


 そう思った私が駆け寄ろうとした時――エリアス様は膝から崩れ落ちたギーゼラさんに手を差し伸べた。

 その光景は絵画の一枚のような美しい光景であり、そう思うと同時にドロリとした嫌な予感が私を襲った。


「ギーゼラは最強になる素質がある。更なる高みを目指したいなら、俺の指導を受けてみないか?」

「…………お願いします。私を最強にしてください」


 ギーゼラさん……いえ、ギーゼラがエリアス様の手を掴んだ瞬間に悪寒が全身を走り、即座にこのままではいけないと確信した。

 料理が上手で多趣味で物知りでくだらない雑談すらも面白い。

 そしてお優しく紳士的であり――開校以来の天才相手にも圧勝してしまうほどの圧倒的な強さの持ち主。


 私も他の方より少し容姿が優れていると自信があったけれど、容姿が優れているだけではエリアス様には釣り合わない。

 少なくとも……ギーゼラよりは強くならなくてはいけない。




・     ・     ・




 翌日。

 私はギーゼラの横に立ち、指導をしてもらえないか懇願した。


 強くなるにはエリアス様に教わるのが一番であり、一秒でも長くエリアス様と一緒にいることもできる。

 隣にいるギーゼラには絶対に負けない。

 強い意思を持って、私はエリアス様の指導を受けることを決めた。


「それでだが……クラウディアは自分の得意な戦闘スタイルをまとめてくれたか?」

「はい! 私は魔法が一番得意でして、武器では弓が得意です! 体を動かすのはあまり得意ではないのですが……私は強くなれますでしょうか?」

「ふふ、魔法で弓も得意か。それはかなり面白い。クラウディアの努力次第になると思うけど、強くなる素質は十分にあるな」


 少し不安そうなエリアス様でしたが、私の話を聞いた瞬間に楽しそうに笑った。

 その笑顔を見て安心すると共に、努力次第で強くなれるのであればどんな努力であろうとしてみせることを誓う。


「どんなことでも致します! エリアス様、私は一体何をすればよろしいでしょうか?」

「まずは……俺のネックレスを身につけてくれ」

「……え? ね、ネックレスですか?」

「ああ。俺の指導を受けている間はこのネックレスを身につけてほしい」

「わ、分かりました」


 理由は本当に分からないけれど、私はエリアス様が身につけていたネックレスを受け取り、首からかけた。

 まだエリアス様の体温が残っており、変に意識して体が熱くなってくる。


「それじゃ魔法を見せてくれ。どれくらい扱えるのか見てみたい。……クラウディア、大丈夫か?」

「ひゃ、ひゃい! だ、大丈夫です! ま、魔法を使えばいいんですよね?」


 ネックレスに意識が集中してしまい、つい反応が遅れてしまった。

 恥ずかしさを誤魔化すように、私は魔法を唱えたのだけれど……何だかいつもよりも魔力の感覚が研ぎ澄まされている感じがする。


「【ファイアボール】」


 やはり放たれた魔法はいつもより大きい。


「おー、完璧な【ファイアボール】だな。クラウディアは初級魔法は全て扱えるのか?」

「はい! 四属性魔法なら完璧に扱えます」

「それなら魔法は十分だな。……よし、クラウディアはこれから弓の練習をしてほしい。三十メートルの距離から、確実に的に当てられるよう目指してほしい」

「弓の練習ですね! 分かりました。時間を見つけては取り組ませて頂きます!」

「いずれは動いている獲物も射抜けるように目指してくれ。そうしたら次のステップに進める」

「分かりました。必ず弓術をマスターしてみせます!」


 複雑なことではなくて良かった。

 弓なら本当に努力次第でなんとかなる。


 エリアス様の横にふさわしい女性になるためにも……。

 私は暇を見つけては弓を射続けることを心に誓った。

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