第30話 幸せな時間


 幼い頃に読んだ英雄譚。

 その英雄に憧れ、私は貴族の娘ながらもひたすら武術にのめり込んでいった。


 指導してもらっていた先生も打ち負かし、もうこの家でやることのなくなった私はすぐに冒険者になろうとしたのだが……両親から猛反発されてしまった。

 女の子のやることではない。貴族の娘が冒険者なぞ恥ずかしい。


 散々な言い様であり、どうしてもなりたいなら帝国騎士ならば許してくれるとのことだったが、私の夢は騎士なんかではない。

 真っ向から猛反発した私は、両親と一年近く揉めに揉め――とうとう家出も考え始めたタイミングで、『学校を卒業したら自由にしてやる』との言葉を父親から貰うことができた。


 両親が指定した学校というのは貴族学校であり、一応戦闘を中心に指導している学校ではあったが……所詮は貴族学校。

 大した卒業生はおらず、優秀な成績を残した生徒の大半が帝国騎士になるという学校。


 両親の何としてでも私を帝国騎士にさせたいという気持ちが透けて見えており、学校に通うことすら悩んだのだが……。

 優秀な成績を残せば一年で卒業できるということもあり、私は学校に通うことに決めた。


 卒業した後は何を言われようが冒険者になるつもりであり、これはここまで育ててもらった親への私なりのけじめの様なもの。

 そんな親の勧めで何となく通った学校であり、成績だけ残してさっさと卒業するつもりだったのだが――。



「【狂瀾大渦潮 メイルシュトローム】」

「三重複合魔法【氷嵐 ブリザード】」



 なんてことのない模擬戦にて、見たことのない魔法が飛び交った。

 剣のみでの模擬戦にも関わらず、なぜ魔法が飛び交っているのかは置いておいて……その威力は圧倒的なもの。


 頭上から降り注ぐ龍のような水。

 そして、そんな超がつくような水魔法を一瞬で凍らせた魔法。


 私はその光景を口を開けてみることしかできず、頭上に気を取られている内に――浅黒い小太りの男が謎の転校生を仕留めて見せた。

 この二人だけ別次元の戦いをしており、特に浅黒い小太りの男。


 確か名前は……エリアスと呼ばれていた男。

 転校生の方は見覚えがなくても当たり前なのだが、この男は一学期からいたらしい。


 周囲に全く興味がなかったとはいえ、剣術も他と比べて図抜けており、そして魔法も圧倒的なものを持っている。

 流石に見落としていたとは考えられないのだが……実際にいたんだもんな。


 これまでずっと力を隠していたのか分からないが、とにかく気になる人物。

 水魔法を使った謎の転校生も気になるが、やっぱり目を引くのはエリアスの方。


 単純に戦ってみたいし、もし私に勝つようなことがあれば……一緒のパーティを組みたい。

 確実に英雄の域に達する人物であり、何の伝手もない私にとっては願ってもない人物。


 何にしても、まずはエリアスに勝負を挑むことから。

 圧倒的な戦闘をしてみせたエリアスに、果たして私の力が通用するのかどうか。

 私は先程のエリアスとアリスの戦闘を思い出しながら、満面の笑みでひたすらに拳を振り続けたのだった。




※     ※     ※     ※




 翌日の早朝。

 昨日は結果的に大暴れしてしまい、復学した初日に、多方から目をつけられてしまった。

 既に思い描いていた理想の学園生活とはかけ離れてしまっている。


「これも全部ローゼルのせいだな」


 俺はブツブツとローゼルの悪口を呟きながら、クラウディアと食べる朝食を作る。

 今日のメニューはふわふわパンケーキ。


 コルネリアが美味しい蜂蜜をバームモアの森で採ってきてくれたため、蜂蜜を美味しく頂くためのパンケーキ。

 カッチカチのパンケーキはこの世界にもあるけど、日本で流行っていたようなふわふわなパンケーキはないため、クラウディアもきっと喜んでくれるだろう。


 バターをふんだんに使い、絶対に焦げないように注意しながら、俺は見栄えの完璧なパンケーキを焼き上げた。

 そのパンケーキの上に生クリームにフルーツを乗せ、更にその上から最高に美味しい蜂蜜をかけ――完成。


 クラウディアがどんな反応を見せてくれるか楽しみにしつつ、俺はパンケーキの入った容器を持って外へと出た。

 外には既に馬車が止まっており、クラウディアも馬車の外で待っていた。


「エリアス様、おはようございます!」

「クラウディア、おはよう。なんで外で待っているんだ? 馬車の中で待っていたらいいのに」

「少しでも早くエリアス様にお会いしたかったので、外に出て待っておりました。……ご迷惑でしたか?」


 上目遣いでそう尋ねてきたクラウディア。

 あまりにも可愛すぎるのだが、クラウディアは俺との婚約破棄に乗り気なんだよな?


 好きでもない人にこの対応ができるクラウディアに少し恐怖しつつ、絶対に勘違いしないように自分を戒める。

 

「俺は全然迷惑じゃないけど、クラウディアが疲れないか心配で聞いただけだ」

「全然疲れません! ふふっ、心配してくれてありがとうございます」

「それなら良かった。それじゃ学校に向かおうか」


 仮面を付けたような笑顔は直視できていたのだが、自然な笑顔はあまりにも暴力的。

 視線を向けないようにし、馬車へと乗り込む。


「先程から美味しそうな匂いがしているのですが、もしかして朝食を作ってきてくれたのですか?」

「ああ。約束した通り作ってきた。クラウディアが美味しいと思うかは分からないが、よかったら食べてみてくれ」

「エリアス様が作ってきてくれたものですから、きっと美味しいと思います! 早速食べてもよろしいでしょうか?」

「ああ。食べてくれ」


 クラウディアは俺が渡したパンケーキの入った容器を開けると……花が咲くような笑顔を見せた。

 食べる前からこれだけの笑顔を見せてくれると、早起きして用意した甲斐があるというもの。


「ほんっとうに美味しそうです!! もう我慢が出来ませんので頂きますね! ――美味しいっ! フッワフワのモッチモチで食感が最高で、クリームとフルーツの相性が抜群です! そして極めつけは……この蜂蜜!! はぁー……幸せです」


 恍惚な表情を浮かべながら、俺が作ったパンケーキを大事そうに食べているクラウディア。

 想像超える喜びように、こっちまでニヤけてしまう。


「喜んでくれたなら良かった。朝から甘いものはどうかと思ったんだが、パンケーキにして大正解だったな」

「お店を出されても大繁盛すると思います! パンケーキは私も何度か頂きましたが、エリアス様のパンケーキが群を抜いて美味しいです!」

「お店か……。お店も面白そうだが、開くとしても老後だろうな」

「老後にパンケーキ屋さん。ふふふ、楽しそうですね! 私もエリアス様のお隣でお手伝いさせて頂きますね」


 ――あ、危なすぎる。

 クラウディアの笑顔と言動は、気を抜くと惚れてしまいそうになるほどの破壊力。


 老後なのにお隣で手伝うって……普通に勘違いするよな?

 俺のこと好きなんじゃないかと思ってしまうが、パンケーキを食べた後に話すのは婚約解消の話。

 ギャップで頭がおかしくなりそうだが、この馬車でのひと時はシンプルに幸せだ。


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