第24話 登校


 あっという間に二週間が経過し、今日はいよいよ貴族学校の新学期が始まる日。

 俺は早々に不登校になったらしく、半年ほど学校に行っていない状態。


 既に学校内のコミュニティも形成されているだろうし、元々いじめられていて逃げるように不登校になっている。

 確実にぞんざいな扱いをしてくる輩がいるのは確定している上に、貴族学校なんてのは『インドラファンタジー』にはなかった要素のため知識がゼロ。


 心情的には行きたくはない場所だが、三人を納得させるために仕方なく通う。

 それに準備はしっかり行ってきた訳で、三十本採取した輝き茸をこの二週間で全て食べきった。


 体の変化は……自分ではよく分かっていないが、なんとなく肌艶が良くなった気がする。

 それから日々の鍛錬のお陰で、腹回りも大分シャープになった。


 途中で停滞期があったため、まだ少しだけぽっちゃりとしているが、鏡で見ても普通のおじさんくらいの腹になっている。

 服を着れば誤魔化せるし、転生したばかりの頃と比べたら見違えるほどの変化。

 制服に着替え、鏡の前でポージングを取っていると――部屋の扉が叩かれた。


「エリアス様、エルゼです。入ってもよろしいですか?」

「ああ。入っていいぞ」


 入室の許可を出すと、大荷物を持ったエルゼが中に入ってきた。

 今日の始業式に向けて荷物の用意をしてくれたのだろうが、絶対にこんな大荷物はいらない。


「どうしたんだ? その荷物は」

「私はいらないと思っているんですが、ティファニーさんとデイゼンさんとコルネリアさんが渡してくれと……」

「何が入っているのか分からないが、絶対にいらない。心配してくれての行為だと思うけど、邪魔になるだけなのが目に見えているからな」

「やっぱりそうですよね! エリアス様の部屋に置いておいてよろしいでしょうか?」

「ああ。そこのクローゼットの中に入れておいてくれ」


 三人から預かったという荷物は、エルゼの手によってクローゼットの中に押し込まれた。

 せっかく準備してくれたものだが、邪魔なものは邪魔だから仕方がない。


「それと、もうお迎えの馬車が来ております。準備が出来ましたら乗ってください」

「ああ。もう準備はできているから、馬車に乗らせてもらう。貴族学校のある場所は隣街のバーリボスの街だったよな?」

「そうです。馬車で三十分くらいで着くと思います。……それではどうかお気をつけください。すぐに辞めてしまってもいいと思いますので、ご無理だけはしないようにしてください」

「ああ、心配してくれてありがとう。頑張るつもりだが、無理だと思ったらすぐに辞める」


 心配の言葉をかけてくれたエルゼにそう返事をし、俺は最後に身だしなみを確認してから、屋敷の外に来ている馬車に向かった。


 流石はオールカルソン家だな。

 外には立派な馬車が止まっており、俺は御者の人に挨拶をしてから乗り込もうとしたのだが……。

 内側から扉が開くと、中から出てきたのはクラウディアだった。


「エリアス様、おはようございます!」


 自然な満面の笑みを俺に向け、挨拶をしてくれたクラウディア。

 朝からクラウディアの顔が見られたのは嬉しいけど……確かクラウディアが住んでいる街からだと、グレンダールの街に寄るのは遠回りになっているはずだ。


「クラウディア、おはよう。ただ……どうしてクラウディアがこの馬車に乗っているんだ?」

「エリアス様が復学なされるのでしたら、一緒に通学しようと思いまして。例のお話も馬車の中でできますよね?」


 例のお話というのは婚約解消の件だろう。

 クラウディアの屈託のない笑顔を見られて嬉しかったが、早く婚約解消するためだと思うと少し悲しい。


「確かに話し合いはできるが、クラウディアは遠回りすることになるだろ?」

「別に構いません。……エリアス様とお話するのは楽しいですから、今後もぜひ一緒に通学させてください」


 クラウディアは何故か頬を赤らめており、思わず惚れてしまいそうになるぐらい可愛いのだが……これから馬車の中で行われる話は婚約解消について。

 変な期待は持つだけ無駄であり、エリアス自身も大分マシになってきたと思うがクラディアとは明らかに不釣り合いだからな。

 希望は持たずに、馬車の中では淡々と婚約解消についての話を行おう。


「なら、次から朝食は俺が用意させてもらう。せっかく来てもらっているんだし、馬車の中で食べられるものを俺が作る」

「えっ!? よろしいのですか? エリアス様のお料理は非常に美味しいので楽しみです!」

「もちろん構わない。それじゃ学校に向かうとしようか」


 前世では好んで自炊をしていたため、料理の腕にはそこそこ自信がある。

 検索すれば食べたい料理のレシピ動画が簡単に見つかるし、味もプロ級のものが簡単に作れたからな。


 休みの日はやることもなく、お菓子なんかも作っていたからクラウディアには非常に好評。

 朝食ではお菓子だけでなく、色々な料理を作ってあげるとしよう。


 それから馬車に乗り込み、隣町のバーリボスに向けて出発したのだが……思っていたよりも狭い空間だったこともあり、居心地が非常に悪い。

 もう俺のことを友人としては嫌ってはいないと思うが、異性としては嫌いな部類に入るだろうし、体が当たらないようにだけは気をつけつつ――馬車に揺られながらバーリボスの街に向かった。



 馬車に揺られること三十分。

 クラウディアとの話は盛り上がりに盛り上がったこともあり、体感十分ぐらいで着いた感覚。


 今のところ俺の第一候補としては、俺が他に好きな人ができたから婚約解消するという理由。

 クラウディアの面子を潰してしまうことになるかもしれないが、この理由なら100対0で俺が悪くなるだろうし、これがベストだと勝手に思っている。

 ただ、やはりクラウディアとしては納得できないようで、この案は却下され続けている状態。


 逆にクラウディアの第一候補は、俺が英雄になりたいから今後一生結婚はしないと言い張るというかなり無茶苦茶なもの。

 その他の案も英雄シリーズがいくつかあり、楽しいが現実的ではないものが非常に多い。


 結局またアイデア出しだけで終わり、俺達はバーリボスの街で馬車から降りた。

 バーリボスの街は、『インドラファンタジー』では結構重要な街であり、パーティメンバー候補の一人が仲間になる。


 単純に『インドラファンタジー』の一ファンとしては、一目だけでも見てみたい。

 あわよくば仲良くなりたいところだが、エリアスである俺が関わったら色々とややこしいことになりそうだし、遠目から見るぐらいに済ませるつもり。


「エリアス様? どこに行くのでしょうか? 学校はそちらではありませんよ?」

「ちょっと行ってみたい場所があるんだが、少し遠回りしてもいいか?」

「ええ、もちろんです。私もエリアス様が気になっている場所は気になりますので」


 クラウディアと共に、そのパーティメンバー候補が住んでいる家に向かったのだが……あるはずの家がない。

 家があるはずの場所は道具屋であり、まだ家になる前ということだろうか。


 そうだとしたら、時系列的には主人公である勇者が来るのはまだ先である可能性が出てきた。

 最初に鏡を見た時は三十歳くらいかと思ったが、体型のせいで老けてみえただけでエリアスもまだ十代っぽいしな。

 いなかったことにガッカリしつつも、気を取り直して貴族学校に向かう。


「もうよろしいのですか?」

「ああ。あの道具屋の場所に知り合いが住んでいると思ったんだが、引っ越ししちゃったか俺の勘違いだったみたいだ」

「そうですか。それは残念ですね。あの……放課後にまた探しますか? 探すのであれば私も手伝います!」

「いや大丈夫だ。気を使ってくれてありがとな」

「い、いえいえ。私が好きで付いてきただけですので!」


 クラウディアは本当に性格の良い子だな。

 嫌いなはずの俺と一緒に居てくれるし、多分だがイジめられたことを知っていて一緒に登校してくれているのだろう。


 それから一つ思ったのだが……やはりクラウディアは他の人から見ても超美人らしい。

 すれ違う男は皆振り返るし、その隣に立つ俺を見てなんでこいつが……的な視線を向けられる。

 様々な人に見られて居心地は悪いが、少しだけ鼻を高くしながら、改めて貴族学校を目指して歩を進めた。

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