第11話 外出
書斎室に着くと、既にデイゼンの姿があった。
必死に書物を読んでおり、積まれた本の数から随分と長いことこの書斎室にいたことが分かる。
デイゼンは既に六十歳という、現代日本なら還暦を迎えているお爺ちゃん。
出会ったばかりの頃は年相応の容姿をしていたのだが、俺に魔法の指導を始めてからみるみる若くなっている気がしている。
活気に満ち溢れているというか何というか……俺に魔法の指導をし始めたことで、魔法への熱が再燃したのかもしれない。
「デイゼン、待たせてしまったか?」
「おー、エリアス様。全然待っておらんよ。勝手に本を読んでおっただけじゃ」
そして、いつの間にかエリアス様呼びに戻ってしまっている。
口調自体が変わっていないのは幸いだが、距離を置かれたのかと思って少し寂しいんだよな。
好きなように呼んでくれと言ったのは俺だし、今更エリアスと呼べとは言いづらい。
「それじゃ今日も魔法の指導をお願いしたい。今日はどんな魔法に関することを教えてくれるんだ?」
「今日は……実戦形式で魔法を使う練習といこう。もちろん相手はワシが行う」
「実戦形式? というと、デイゼンに向かって魔法を放つってことか?」
「ああ、そうじゃ。止まっている的に魔法を当てるのと動いている的に当てるのですら大分違うのじゃが、攻撃してくる相手となったら話は大きく変わる。魔法は実戦形式で使っていくのが一番なんじゃよ」
実戦形式で魔法を使うというのは、怖くもあるが楽しそうでもある。
グレンダール地下水道に行った時に、ゲームとは違う動きができることは実証済み。
ということは、魔法もゲームとは違う使い方ができるだろうし、アイデア次第では元第五席次のデイゼンにだって勝てる可能性がある。
一泡吹かせてみたいし、それに俺がしっかり魔法を扱えることを知ってくれれば、またエリアス呼びに戻るかもしれないからな。
「実戦形式は面白そうだな! どこでやるんだ?」
「中庭でもいいのじゃが……もし家に魔法を当ててしまったら即クビになってしまう」
「その時は俺がデイゼンを守るぞ」
「それは嬉しい話じゃが、あくまでワシを雇っているのはエリアス様の両親じゃからな」
こういうところはティファニーと違い、クズである俺の両親に対しても非常に義理堅い。
無駄にデカい中庭があるんだから、使っていいと俺は思うんだけどな。
「それじゃどこでやるんだ?」
「冒険者ギルドに行くとしよう。冒険者ギルドの地下には訓練場があるんじゃ」
「へー! それは本当に知らなかったな」
「本当に知らなかった?」
「あー、いや、なんでもない。それじゃ冒険者ギルドに行こう」
『インドラファンタジー』にはそんな場所は存在しなかった。
そのせいでつい“本当に”という枕詞をつけてしまったのだが、ゲームにもなかった未知の場所というのはワクワクする。
ありえるとしたらデバックルームとかだろうが、そんなメタな話はよして期待しておこう。
単純に冒険者ギルドに行くのもワクワクするし、三重の楽しみがある。
「それじゃワシが外出許可を取って来よう。エリアス様は準備が出来たら門のところで待っていてくれ」
「分かった。よろしく頼む」
やっぱり出かけるには外出許可が必要なんだな。
窓から抜け出るという古典的な方法を使ったが、確実に外出理由を説明できなかったし功を奏したのかもしれない。
そんなことを考えながら、一度自室に戻って着替えを行う。
外でどんな出会いがあるか分からないため、一応貴族っぽい服に着替えてから、言われていた通り門の前でデイゼンが来るのを待つ。
デイゼンも着替えてきたようで、黒いローブと黒い帽子という魔法使いっぽい姿で現れた。
非常に様になっていて、できる魔法使いって感じでカッコいい。
「待たせてすまなかったのう。それじゃ行こうかね」
「ああ。案内よろしく頼む」
久しぶりにグレンダールの街へ繰り出す。
この一ヶ月間は常に敷地内にいたし、転生初日にエンゼルチャーム等のアイテムを取って以来外には出ていない。
今回はしっかりと外出許可を取ったし堂々と街を歩くことができる。
――そう思っていたのだが……すれ違う人達からの視線が冷たすぎて居心地が悪い。
オールカルソン家が嫌われているのは使用人たちだけでなく、街の人からも嫌われている。
多額の税を巻き上げ、ふんぞり返っているのだから嫌われても仕方がないんだがな。
俺は堂々と歩くデイゼンの横で身を縮こませながら、何とか冒険者ギルドにやって来ることができた。
どうやら冒険者は俺の顔にピンと来ていないようで、ギルド内は嫌な視線のようなものを感じない。
初めて訪れた冒険者ギルドに感動し、俺が周囲をキョロキョロと窺っている中、デイゼンはとあるギルド職員に声を掛けた。
筋骨隆々で日焼けした肌のやけに貫禄のあるおっさん。
「デイゼンさんじゃねぇか! 久しぶりだな!」
「久しく訪れていなかったからのう。今日も地下の訓練室を使わせてもらうぞい」
「もちろん構わねぇ! また新しい魔法の試し打ちか?」
「いや、今日は弟子に魔法を教えるために来たんじゃ」
「ほー、デイゼンさんが弟子かぁ……! そりゃ期待しちまうな」
意味あり気にそう呟くと、デイゼンの後ろにいた俺に視線を向けてきた。
値踏みされているような視線であり、圧もあるから居心地が悪い。
「睨むように見ないでやってくれ。お主は強面なんじゃからな」
「おっと、すまねぇ。脅すつもりじゃなかったんだけどな! 名前はなんて言うんだ?」
「エリアス・オールカルソンだ」
「オールカルソン!? ……なるほど。そういや、デイゼンさんはオールカルソン家に仕えていたな。……色々合点がいった。ごゆっくりしていってくださいや」
オールカルソンの名前を聞いた瞬間に、貫禄のあるおっさんの俺に向ける視線は敵意に変わり、それからすぐに興味をなくしたようで無表情に変わった。
本当に……全人類から嫌われているのではと思ってしまうな。
「さてさて、許可ももらえたし地下に行こうか」
「デイゼン、俺も使って大丈夫なのか? さっきの人の表情、めちゃくちゃ嫌そうに見えたが」
「エリアス様は気にせんでええ。何かあってもワシが何とかする」
頼もしいデイゼンの言葉に安心しつつ、俺はバックルームにある地下へと続く階段を降りたのだった。
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