第17話
ちょ・・・ちょっと待ってくれ。今、何か、ものすごい誤解を受けていないか。
動じずに堂々としていたんじゃなくて、驚き過ぎて反応が出来なかっただけ・・・とは口が裂けても、目の前で獰猛な笑いを見せる魔王には言えない。そもそものところで、私は、坊主の息子だ。魔王と対峙できる勇者なんかじゃない。
人の持つ免疫機能が自己の意識の範疇を越えたところで機能しているのと同じで、私の異能と言われる独特の魔力は、【火伏】という特異体質に、常時、自動変換されていくから、火で焼かれることはない。そのせいか、私は、火に対する反応が、昔からかなり鈍い。
そんなことより、嘉承一族だ。あの【爆炎】の術者は、頼子姫だったのか。瞬間に立ち上った巨大な火の龍のような火柱に巻き込まれても、この一族は動じないどころか、日常茶飯事といった様相で軽くあしらっている。ありえない。【爆炎】だぞ。何で、頼子姫は、顔色も変えずに普通に立っているんだ。この連中、纏めておかしくないか。
「文福の子なのに、やるねぇ」
「佳比古、若い二人の邪魔をすんなよ」
「うひゃひゃ、薫さん、頑張ってね~」
そして、高位の公家の品位どころか、大人げもへったくれもない。
呆然として、まだ反応が出来ない私の肩を敦人兄様が、ぽんと叩いた。
「すまんな、文福。言いたいことは色々あるかと思うが、諦めて、頼子と六条院十和子を拉致してくれるか」
「拉致って、それ、ほぼ、犯罪じゃないですか」
しれっと私の肩を掴んで押し出そうとする敦人兄様に抵抗を試みたが、片方の腕はがっつりと頼子姫に掴れたままなので、上背のある兄妹二人の間で捕らえられた
途中で、頼子姫が、半東の集まっている控室に声を掛けると、すぐに東久迩響子が出てきた。西都公達学園高等部の男子生徒の間で最も恐れられている姫とその実兄に囲まれたまま歩く。その後ろには東久迩響子と南条侯爵。そして、響子と同じタイミングで半東の控室から出てきた織比古兄様までもが楽しそうに付いて来ている。その数メートル後ろには、本来、私のボディガードをしてくれる予定だった北条侯爵家の二人が、無表情で歩いているので、周りの視線をがっつりと集めてしまっている。
六条院先輩を拉致して来いと言われたのに、誘拐犯がこんなに目立っていてもいいんだろうか。
二条侯爵家の帝国一有名な庭園を、引き摺られるように歩いていると、瀟洒な二条邸が見えて来た。屋敷の前には、嘉瑞山のなだらかな丘陵を活かした地形に見事に配置された大きな岩々の間に滝のような小川が流れていた。清廉な滝川の周りには、マイナスイオンと同じくらいに、土と水の魔力がこれでもかというほどに流れている。魔力で人工的に作られた滝と川らしかった。
家の前にある大きな池には、その滝川から注がれる水の流れに乗って、長いひらひらをした鰭を持つ不思議な生き物が楽しそうに泳いでいた。じっと視ていると、そのうちの何体かが水面から顔を出し、「てへっ」と笑った。
「水妖か」
私の呟きを頼子姫が耳敏く聞きつけた。
「やっぱり薫さんは、眼がよろしいわね」
「あら、水棲の妖がいますの?」
頼子と響子と出会ったのは幼稚舎の入学式だが、このコンビは昔から目の見えない私に向かって、周りを気にすることなく、眼が良いと堂々と言い切るので、魔力を持たない先生に勘違いされ怒られたことがあった。【火伏】の存在は、火の魔力持ちの中でも、知っている家は限られているので、魔力を持たない一般家庭で育った先生にしてみれば、どう見ても強気で勝気そうな二人が、私をからかっているのかと思ったらしい。
当時、一緒に登下校をしていた兄がタイミングよく、その場に現れ、私が魔力を使って視ていることを先生やクラスメイトに説明し、彼の持つほんわりとした笑顔で、その場を丸く収めてくれた。そして、兄は、私の魔力を褒めてくれた二人に、嬉しそうにお礼を言って、帰り道に何度も「やっぱり名家の姫は、見る目があるよね」と、さして面白くもない言葉遊びをして悦に入っていた。思い出すと、この二人とは、もう12年の腐れ縁だな。響子とは、毎年同じクラスになったが、頼子姫とは、あれ以来同じクラスになったことがないから、すっかり忘れていた。
「響子、足元に気をつけろよ。落ちるぞ」
眉間にしわを寄せて池を見ている響子は、本人は全く気づいていないが、かなり変顔になっていた。敦人兄様が苦笑していた。
「この辺りの生き物は、だいたい妖だ。瑞祥一族が率先して何でも保護をするから、数百年の間にやたらと色んなモノに棲みつかれていてな。まぁ、こいつらは小物だし、悪さをすることもないから、ペットみたいなもんだな」
確かに、鰭を振って、てへっと笑う水妖は可愛いかった。私がそう言うと響子が、更に身を乗り出すようにして池の中を凝視した。
「どう見ても、鯉ですわよ。水面に口を出してパクパクしてますけど、あれは普通の鯉でもやりますわよね。わたくしの魔力では、擬態は見破れませんわ」
普通に見ると鯉なのか。魔力で視ると妖以外の何物でもないんだがな。
「響子、ちい兄さまに頼んで、土の魔力粒をもらいましょうよ。二条にいるのは、皆、愛嬌があって可愛らしいですわよ。人見知りせずに、ちゃんと挨拶をしてくれますし。ね、薫さん」
私が頼子姫に頷くと響子が悔しそうに池を見ていた。人畜無害な妖を威圧するなよ。東久迩響子は、出自は良いが、人にも妖にも迷惑な姫だ。
「響子、もう少し大きめになるが、愛想の良い水妖なら、三条にもいるぞ。巨大で愛想も何もない可愛くないヤツは、瑞祥にいるしな」
瑞祥公爵家の庭の池に昔から棲んでいるのは、この辺りでは、ハンザキと呼ばれる、オオサンショウウオだ。あれも妖だったのか。隣で響子もドン引きしていた。伝言用の土人形で見事すぎる完成度を見せる瑞祥彰人先輩のハンザキには、そういうモデルがいたようだ。
「瑞祥のハンザキ、あれ、妖だったんですね。一度、庭の敷石の上で昼寝をしているところを視たことがあるんですが、あれは確かに、ふてぶてしいというか、あんまり可愛くはなかったですよね」
私が視るものは、オーラだったり、魔力だったり、妖力だったりするが、実は、それが、皆が目で見ている姿とどう違うのか分からない。でも、あのハンザキは、誰がどう見ても、視ても、とにかく可愛くないやつのようだ。
「水妖は、うちの寺にある池にも棲んでますよ。あれなら彰人先輩の魔力粒が無くても、ちゃんと見えると思うんですけど」
「まぁ、流石は、霊験あらたかな喜代水ですわね。今度、ぜひ、妹とお邪魔させてくださいな」
響子が両手を胸の前で組んで、嬉しそうに微笑んだ。きっと、この二条侯爵家の池に棲んでいるような半透明なひらひらとした鰭を持つファンシーな存在を想像しているんだろう。悪いな、響子、あいにく、うちに棲んでいるのは、河童だ。河童と言えば、昔から、この国では水妖の代表のような存在だからな。嘘はついていないぞ。
池を眺めながら四人で話し込んでいると、後ろの方から誰かがこちらに向かって歩いて来るのが分かった。敦人兄様と頼子姫の嘉承兄妹は、すでに、私と響子を庇う様に立ち、やってきた一向に「ごきげんよう」と言って微笑んだ。
「敦ちゃん、頼ちゃん、いらっしゃい。今日は、嘉承一族が参加してくれて嬉しいよ。何やかや言っても、やっぱり嘉承には、華があるからねぇ。ね、実篤もそう思うよね」
「まったくもって同感です。嘉承の君、大姫、ごきげんよう」
歌会の主催者の二条侯爵が、六条院先輩の父君と現れ、にこやかに話しかけた。二条侯爵は、今回の事情をご存知なのだろうか。後ろには、六条院の奥方と、闇落ち疑惑のある娘の十和子先輩が立っているというのに、いつもの柔和で品の良い、都の公卿はかくありきといった風情で微笑む二条侯爵に不自然なところは全くない。もしかして、侯爵は事情をご存知ないのだろうか。
「六条院のおじさま、ごぶさたしております。奥方も大姫もお元気そうですね」
敦人兄様が六条院家の面々に声を掛けた。まだ学生の身とはいえ、今日のような正式な場では、二条侯爵と同等の位を持つ敦人兄様が話しかけるまで、六条院の奥方と十和子先輩は声を掛けるどころか挨拶さえ許されない。
「嘉承の君、ごきげんよう。本日は、お会いできて光栄ですわ」
「お久しぶりでございます」
奥方と十和子先輩が嬉しそうに会釈をした。敦人兄様は、巨大猫を被れば見事な公達だからな。何と言っても、帝国で二家しかない大公爵家の次代だ。妙齢の娘を持つ親からすると、夢のような「好物件」なんだろう。
「今日は、歌の才がないのに、恥をかきに来たようなものなんですが、ご存知の通り、陛下と東宮殿下がいらっしゃるので、嘉承も顔を出さないわけにはいかなくて。妹と、妹の友人の東久迩の大姫と喜代水の二の君と一緒に、ご到着をお待ち申し上げているところなんです」
敦人兄様が、そう説明すると、頼子姫が「ごきげんよう」と挨拶をした。頼子姫の次に高位は子爵家の響子だ。響子が「ごきげんよう」と挨拶をしたところで、ようやく六条院家の三人も「ごきげんよう」と挨拶を返した。表面上は、とても親し気で、にこやかだが、同じ宮家の出身なのに、功績を認められ爵位を賜っている東久迩家の響子の前では、六条院家の当主と夫人は心穏やかというわけではないだろう。早速、「今日はご両親は」と響子に訊いていた。響子の父親は、帝都公達学園に視察に出ており、夫人も同行している。
「それで、頼子姫が気を遣って、敦人お兄様と一緒に付き添って下さっているのですわ」
「そこに、野点のお手伝いにいらした喜代水の薫さんを偶然お見かけしたので、お声をかけて、皆で、二条のお庭を一緒に拝見していたところなんです。この季節は、お池の菖蒲が見事ですから」
おほほほほと上品に笑って、檜扇で顔を隠しながら、最強姫ペアがしれっと嘘をついた。幼稚舎の頃から長年つるんでいるだけあって、見事な連携だ。
「ね、薫さん」
そこにいきなり巻き込まれたので、嘘をつくなと父に厳命されている私としては、ただただ頷くことしかできない。
「薫君は、私が野点を手伝ってくれないかと頼んだら、快諾してくれて。若いのに、素晴らしい腕前でね。今日は、茶道部の先輩の瑞祥の君と一緒にお手伝いしてくれることになっててね。君たちの茶席は、白藤の下でなかなか風情のある場所に用意したから見に行くといいよ。ぜひ、大姫も一緒に。嘉承の君と南条の君、案内を頼めるかな。瑞祥の君も、そちらに向かっているみたい」
二条侯爵が、にこにこしながら大嘘をついた。この人は事情を知っていた。知っていながら、この態度か。天下の瑞祥の側近は伊達じゃないらしい。
世の中の未婚の娘を持つ親が目の色を変える好物件中の好物件。二大公爵の次代二人と侯爵家の次代が出て来ては、爵位と財産を欲している六条院夫婦からすれば、娘を売り込む絶好のチャンスなんだろう。東久迩響子を見て、分かりやすいほど張り付いた笑顔を浮かべていた二人だったが、これまた分かりやすい良い笑顔になっていた。
「十和子、私達のことは気にせず、皆さんとご一緒させて頂くといい。年が近い方といる方が、お前も楽しいだろう」
「十和子さん、お父様の仰る通りですよ。皆さんと仲良くして頂きなさいな」
六条院夫婦が、最強姫ペアを凌ぐ連携と勢いで、十和子先輩を、敦人兄様と頼子姫の方にぐいぐいと押し出した。
「十和子お姉様、生徒会のことについて、お話を伺いたいですわ」
「お姉様、白藤の藤棚、とても素敵なんですのよ。用心棒もおりますから、安心ですわ。ぜひご一緒してくださいな」
姫ペアも負けていなかった。そして、「やぁやぁ、実篤君、久しぶり」と満面の笑顔でやってきた南条侯爵も加わって、見事に六条院十和子は両親から引き離された。
・・・どこの人攫いプロ集団だよ。
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