詩集1

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詩集1

◇1:

あったの


あなたとあなたのぬくもりと

それにかおりと、それから、絡めた指の感触と


それらを待ち侘びては

手をこまねいていられなくて。

だから、私は少しの期待に胸おどらせ、またざわめかせて


それで、どうなるの?

それで、どうするの?


煙草の背中からは分からなくて

けど聞けなくて


会うの?合うの?逢ったの?

それだけ、教えてよ

それだけ、叶えてよ

それだけ、それだけなの、ただそれだけなの


***


◇2:


雪どけするように、あなたは私をほぐした


その味に、何を感じたか、自分でも分からなくて


ただのらりくらりと

優しく それから つれなく


捨て置けないの、

諦めた色々を、全て賭けても

欲しいと思ったひとを


やわらかく、しっとりと。

そっと去るなら、それはきっと私の悪い夢


正しくはないの

間違っているの


でも正しく愛しくて、それに余地や無駄を挟まないで

今だけを生きていて

今だけを愛すなら、それでいいの


過去の私と、未来の私と

今のわたしと繋がるならば

ただ今このひとときを、誰か掠めとって連れ去って。


私と私だけを残して


***


◇3:

咲かなかった花


尊厳と、尊厳と、尊厳を踏みにじり、

そむいた瞳を閉じさせて


ころした私を、返してよ


ちいさな蕾が花開く前に摘み取って、弄んだ。


赤く一筋の涙を流し、

穢れた布地で雑にくるんで何度もうちつけた。


鬼の芯が貫いたのは、私の悲鳴。

泣き貌と震える息を、

おぼえているならば


それは、どんなifを紡ぐことができたの


***


◇4:

ずるいひと


優しい眼差しとか

心ほころばせる声とか

その端正な顔も

全然関係ないの


時間をくれた

いのちをくれた


あなたの人生をつかって

私にしてくれたこと


気にもかけないその素振り


どうして?


冷たい私には理解できないことで

それがあなたのナチュラルなら

焦がれてしまう

もってゆかれてしまう


何故そんなに優しくて

それは誰にもなの


その豊かな感性と天賦


ずるい、羨ましい

二つの二つが交錯する


あなたが欲しいのか

あなたになりたいのか


ずるい、ずるいの


***


◇5:

忘却の彼方


ぽたり、ぽとり

落ちたのはなみだ、それとも血?


そっとぬぐって気づく、

真っ黒な泪を流して私は闇に沈んでゆく


ぽたり、ぽとり


これはあかで、くろで、透明な


さようならさようなら


愛した過去は過ぎ去りし


捨て置く私はがらんどうの


肉体に何を求め

ただの入れ物を飾り立て

その虚しさよ、虚しさよ


君の名前はなんだった?

私の名前はなんだった?


忘れた忘れた、すべて、


わすれた


***


◇6:

つまはじき


染まれないなにかに心けずられ


それでも愛されたくて


必死に生きた、あの日をおもふ。


ガツンと頭を殴られ

朦朧とした意識で


それでも消えない憂鬱に

錠剤を次々と流し込み


やわらいできた意識に微睡み

そのまま永遠の夜に堕ちてゆく


明日は無い、

此処で私は


散るのだから


***


◇7:

しあわせ


ジングルベル

ジングルベル

すずがなる


3人で食べたねカレー、ケーキ、それにからあげ。


夜にはイルミネーションを灯した、

ささやかなツリーを見ながら眠るのが幸せだった。


壊れたとは言わない


あなたと、わたしたちの人生に

致し方のない事情が存在して

そこに現れた出来事に、縋るしかなくて


今思えばちいさな、ちいさな体で

小娘のままに子を産み

リハーサルも無しに育てた、優しい母は、あなた。


どうして私は今になって気付くのだろう、

あなたの歳をこえて気付く、

あなたの心細さ、寂しさ。

ちいさな華奢な体におさめて張った意地も、虚勢も

ただ悲しいことは、あなたがいちばん分かっていたのに


心無いまわりと、

そして未熟な私の理想像に、

どれだけ心痛めたのだろう。


母よ、母よ、

あなたはもう、しあわせですか?


父よ、父よ、

あなたに託します


もう、母の苦しみは終わりました。

ですから、死が二人を別かつまで、

安息の中に息づいて、いて。


ありがとう、ありがとう


私は、あなたに、今、誇らしく思われていますか?


私はあなたの人生に、幸せを運んで来ましたか?


***


◇8:

ごめんね

 

傷だらけの腕と脚は、

あなたのこころの傷だったね


気付いたのが遅すぎた?

どうしても言えなかったあなたの、

今でも自分を雑に扱う癖、どうしたらうめられる?


愛されたいと願っては、おもちゃにされて、捨てられて

そのうちあなたは、自分をおもちゃにしだしたね


我慢しないでほしかった

私に縋って欲しかった


切りつけた剃刀の血は、あなたの涙だったのに、

まわりは無頓着すぎたね


ごめん、ごめんね、

今更懺悔しても、一向に意味が無いけれど


ただ一つ、いってもいいかな


あなたは、あなただから、愛されるのだと


***


◇9:

悲しみよりの虚勢


大きく支配的に見えたあなたも、

今では小さく弱々しくなって


あなたの支配から逃れるために放った言葉も、

きっと覚えていないのでしょう。


 散々、いい孫を演じてきたでしょう?

 思い通りに良い子してあげたでしょう?

 もう、解放してよ。

 じゃあ、さよならね。


わたしは、もう恨んでいない

もう、恨んでいたあなたはいない


そこには、ただの小さくしぼんだ老女


あなたの余生が、

せめて孤独でないようにと、

願っています。


愛に不器用で、愛し方も愛され方も分からなかったあなた。

今なら少し、理解出来た気がします。


残りのいのちが、明るいものでありますように。

遠くから、願っています。


***


◇10:

おのまとぺ


ころころ ころころ ころがって どこへゆく

とまって とまって けど、そこはいや


意思なんか関係ないの

始めから 期待は意味をなさないの


あたまのよわい おのまとぺ

心の弱い、毛並みの乱れた哀れな犬


私は運命の犬


私は運命の犬


歩き疲れて、腰を落とすところもないの

立ち尽くして見上げたそらは、光を通さないにごりぞら


嘲笑うように、ほんの少しだけ降る霧雨。

これが大雨なら、絵になったのにね

これじゃあ、泣けないね

あまりに、惨めで


きっと、ヒロインという存在は、

悲劇のヒロインでさえも、

あぶれる人間が居ると思う


そのむごたらしさに、かわいた笑いしかでなくて


ころころ ころころ ころがって

どこにも辿りつかない、おのまとぺ。


***


◇11:

essence


ローズの香りが広がって、

私を高めてゆく。


ジャスミンの香りを纏って、

私は昂ってゆく。


ハーブの香りに慰められて、

私は静かに眠りにつく。


ブラック・ティの香りは、

私を小洒落た女として飾り付けてくれた。


ヴァニラの香りは、

私をひとときの少女の頃に引き戻した。


けれど、もう、あまりに瑞々しい、

あまりに甘い可愛らしいフローラルはつけられなくて


私は、少しだけ、

あの頃を懐かしく思ってしまうのだ。

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詩集1 Y @happiness2236

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