第23話

23     



 独身の頃はモテたものの、略奪したり、されたり、というような世間から叩かれるような恋愛ごとは皆無で、お天道様の日の射す道だけを歩いてきた伸之には、後ろ暗い付き合いを余儀なくされ、その場に捨て置かれている女の気持ち腹の底など分かろうはずもなかった。



 付き合いも軽く2年を過ぎ、もうすぐ3年めが見えてきた頃に百合子から初めて結婚を仄めかされ、迂闊にも自分は放流する時期を逃したのだと

自分の脇の甘さを呪った。



 相手から直球で迫られたからにはこちらも真正面から誤魔化すことなく

返事をするしか術がなかった。

 


妻に対して一切不服はない。


『良くできた妻であり子供たち共々愛しているので妻と別れるつもりはない』と 百合子に言った。



『妻と別れて君と一緒になるつもりはない』と明確に言いたかったが流石にそれは憚られ『妻と別れるつもりはない』とだけ伝えるに留めた。



 百合子はそれ以上、自分を困らせることなく『分かりました。じゃあ最後に一度だけデートして下さい。それを石田さんとの最後の思い出にしますから』と言った。


 実を言うと伸之はまだまだ百合子と関係を持つこと自体には未練があった。

 しかし一方で、百合子があっさりと引き下がったことにほっとしている自分もいた。

 


 修羅場になり家庭が崩壊するリスクは避けなければならなかった。

 



          ◇ ◇ ◇ ◇



 なけなしのプライドを捨て、結婚の話を持ち出した自分に石田は悪びれる様子もなく、当たり前のように打ち捨ててきた。


 このあたりになってくると好きだから結婚したいのか、意地で結婚したいのか百合子はだんだん自分の気持ちが分からなくなっていた。



 好意を拒絶されても、拒絶される前と同じ熱量で相手を好きでいられる人間が一体どれほどいるだろうか。



 この日、百合子の中にある石田への気持ち、好意が、憎しみを伴うようになった瞬間でもあった。



 ただの浮気だったのなら、早い段階で打ち捨ててくれればよかったのに。


 本気で付き合っていたのは自分の方だけだったのだと分かってしまい

辛かった。


 そして分かってもいた。



 ただのはずみで自分たちの関係が始まったということ。



 自分の方が最初から彼に対して積極的に出たこともよぉ~く分かっている。



 だが3年近く付き合ううちに、もしかしてという気持ちが

芽生えてしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る