14.過去を知る者

 海斗と結愛は、初めに坂上の部屋を訪ねたが不在だったので、104号室の青島の部屋を訪ねた。

 

 海斗はチャイムを鳴らす。

 「いるかな」


 ドアが開いた。

 「204号室の少年か」


 自己紹介した。彼は結愛のことを知っているので敢えて紹介しなかった。

 「俺は香田海斗です。奇霧界村で三十年前に起きた未解決事件を調べています」

 

 ドアを閉めようとした。

 「ガキに話すことなんか何もない。さっさと帰りな」

 

 案の定、相手にされない。だが、ドアを手で押さえた。

 「待って下さい! 美幸の息子と同じ名前、同じ誕生日、っていうだけで取り憑かれているんです。解放される為には、美幸と息子の遺骨を引き合わせてあげることだけなんです」


 「悪いが協力できない」結愛にちらりと目をやる。「京太郎に訊けばいいだろう」


 結愛は言い返した。

 「お父さんに訊いてもネットと同じことしか知らないんです」


 「どっちにしてもガキと遊んでいる暇はない」


 青島はバタンと玄関のドアを閉めた。彼は何か隠している。そして何か重要なことを知っている気がしてならなかった。

 

 ふたりは好き好んでこんなことをしているわけではない。呪いを解いて平穏な日常を取り戻すために行っている。

 

 結愛はため息をついた。

 「大人からしてみればあたしたちなんて、それこそガキなんだよね。熊谷さんにも門前払いされるかも」


 「それでも一応行ってみよう」

 

 ふたりが立ち去ろうとしたとき、青島が玄関のドアを開けた。


 「201号室の坂上竜司には気をつけろ。接触は避けたほうがいい」と言って、ふたたびドアを閉めた。


 海斗は不満を口にした。

 「そんな忠告するくらいなら何か教えてくれてもいいのに」


 「とりあえず熊谷さんのところに行ってみよう」


 ふたりがドアに背を向けたあと、青島はデスクの引き出しの鍵を開けて、A4サイズの茶封筒を取り出し、中から1枚の写真とネガを取り出した。


 少し靄(もや)がかかった白黒写真には首を絞めようとする両手が映っている。残念ながら顔は映っていないが、決定的な犯人の特徴が映っている。


 右手の親指の下に印象的で大きなほくろがひとつ。


 こんな不可思議な白黒写真を撮った覚えはない。事件当初、現像した写真の中に混じっていたもので、自分が撮ったわけではない。

 

 念写というものがあり、目には見えない精神世界というものがある。超常現象もおもしろいと思うし、科学では解明できない何かがあると考えている。生前の道子は類い希な霊能力の持ち主だった。一度、道子に頼んで念写を実験したことがある。見事に不思議な写真が仕上がった。


 彼女は死ぬ寸前に、このカメラに念を飛ばしたに違いない。一度関わり合いになっているからこそ、彼女はすべてを俺に託したのだろう。


 彼女の無念を晴らしたい。

 

 だが……ひとつ奇妙な点が……


 これを見た当時から疑問を覚える。


 このほくろはまるでマジックインキで書いたかのようだ。これだけ濃くてはっきりしたほくろなら、若干の盛り上がりがあるはず……まるでタトゥー。何かが違う……


 坂上や自殺した桃木茂の手の甲にも同じようなほくろがあった。


 やはり美幸らを殺害した未解決事件を含め、道子を誘拐した犯人は、桃木と坂上なのか?


 それを道子は俺に教えてくれようとしているのだろうか……


 彼女はこの俺に何を伝えたい?


 元刑事の熊谷は、坂上をマークする為にこのアパートに住んでいるのか? この未解決事件は僅かな期間で捜査が打ち切られている。定年後も事件の真相を追い続けているのか? 何を訊いてもあいつは教えてくれない。そんな俺も何を訊かれても情報を提供しないのだから同じか……


 青島が深刻な表情を浮かべて考え事をしていたころ、海斗と結愛は302号室に住む熊谷賢三の部屋の前にいた。


 海斗がチャイムを鳴らす。

 「また相手にしてもらえないんだろうなぁ」


 強面の熊谷がドアを開けた。

 「はい」


 「204号室に住んでいる香田海斗です。三十年前に奇霧界村で起きた未解決事件を調べています」


 眉根を寄せた。

 「何しにそんなことをしている? 余計なことに首を突っ込まない方が身のためだ」


 「話だけでも聞いてください!」と、必死だった。


 「学生らしくテレビゲームでもして遊んでろ」と、海斗に言ったあと、結愛に目をやった。「親父さんに宜しく」

 

 青島同様、話すら聞いてもらえず、玄関のドアを閉められてしまった。

 

 膠着状態だ。海斗は重苦しい溜息をつく。

 「やっぱり相手にされなかった。もう少し大人だったら……せめて社会人だったら、まともに取り合ってくれたかな? ガキのお遊びだと思われてるんだよ。こっちは真剣なのに」


 「仕方ないよ。あたしたちだけで何とかしよう。もしかしたら海斗君が夢で見た怨霊バスが来るかもしれない」


 「乗るのは怖いけど、このままだと学校にすら行けない。普通の暮らしがしたいんだ」


 

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