13.奇妙な夢

  明け方、ようやく眠りに就くことができた海斗は、意味深で変わった夢を見る―――


 暗闇の中……街灯に照らされ……アパートの前にあるバス停に向かって歩く。


 白いワンピースを着て、赤い傘を差し、赤い長靴を履いたおかっぱ頭の女の子がバス停の前に立っていた。


 女の子が手招きしてきたので、小走りで近寄った。


 「こんな夜遅くにひとりだと危ないよ」と、言ったが、返事がないので尋ねた。「家まで送ってあげるよ。名前は?」


 「道子。家は奇霧界村……」名前を答えた。「もうすぐ零時……バスが来る」


 家は奇霧界村……はっとした。幼女誘拐事件で未だに行方がわからない幼女の名前は道子。


 と、そのとき塗料が剥げて錆びたバスが停留所に停まった。最終はバスターミナル行きの二十二時。零時に奇霧界村に行くバスなどない。車内には虚ろな目の乗客十名が乗っている。これは……噂の怨霊バスなのか……


 「ときどき零時に現われる奇霧界村行きのバス」海斗を見上げた。「さあ、乗るの」


 気味が悪い。乗りたくない。

 「……」


 道子はバスに乗った。乗ろうか乗るまいか躊躇していると、座席に腰を下ろした道子は、窓ガラス越しに手招きした。


 彼女が乗れと言うにはそれなりに理由があるから。


 海斗はバスに乗った。乗車券を取ろうとしたが、「必要ない」と、顔面蒼白した運転手に言われたので、通路を歩いて道子の隣に腰を下ろした。


 発進したバスは山間の道路を走る。対向車は一台もなく、前後を走る車両もない。

 

 海斗は道子に尋ねた。

 「どうして俺を奇霧界村に連れて行こうとするの?」


 答えた。

 「あなたならふたりの亡骸を見つけられるはずだから。それにあたしの体も……」


 「正直言って困っている。美幸に取り憑かれているんだ」


 「知ってるよ」


 どこか影のある不思議な雰囲気の子供だと思った。それに五歳なのに大人びている。顔を見ているうちにどこか紫音に似ていると思った。とくに目元が彼女にそっくり。


 「紫音さんを知ってるよね?」


 「類い希な霊能力を持つ女。インチキ霊能力者とは違って本物」


 「紫音とどんな関係なの?」


 「信頼で結ばれている。でも、貴方が知る必要はない」


 気になるけど教えてもらえそうにない。

 「聞いてみただけだよ」


 もう少し子供らしかったら可愛いのに。子供の姿をした大人と喋っているみたいだ。それに乗客も無口で気持ち悪い。運転手にを含め、全員が顔色も悪く、なんだか死人みたいだ。ひとことで言えば生気を感じない。


 しばらく経つと魔のカーブの看板が見えた。その後、バスは奇霧界村へと入っていき、街灯に照らされたバス停に停車した。ドアが開いたので、ふたりは席から腰を上げて、乗車口の階段を降りた。


 バスは忽然と煙のように消え、その直後、何故かファントム奇霧界の鉄骨階段の前に立っていた。周囲を見回しても道子の姿はない。


 「来て……」


 二階の通路を見上げると、道子が立っていた。鉄骨階段を上って、204号室の前に立った。

 

 海斗は尋ねた。

 「この部屋に入るの?」


 「そうだよ。海斗……あなたは死者の記憶に入らなければならない」


 玄関のドアを開けた瞬間、目が眩むほどの光を感じ、夢から目を覚ました。


 枕元に置いたスマートフォンの画面を見て時間を確認する。


 二時半。


 隣に結愛の姿はない。ちゃんと眠れたのだろうか?


 ベッドから降り立ち、カーテンを開け、スマートフォンを手にしてリビングルームに向かった。


 結愛は台所に立ち、カレーを作っていたので尋ねた。

 「眠れたの?」


 「少し。なんていうか……何かしてないと落ち着かなくて、料理を作ってみた」


 「助かるよ。ありがとう」と、礼を言った直後、着信音が鳴った。確認してみると美波からだったので、スマートフォンを耳に当てた。「もしもし」


 「心配で電話してみた。大丈夫なの?」


 昨夜、恐ろしい目に遭った。だが美波に言うつもりはない。それは結愛も同じで、京太郎には何も話していない。理由は心配かけたくないから。余程のことがないかぎり、報告はしない。


 「いまのところ大丈夫」


 「それならよかった。きょうヤシロマートでアルバイトする男の子が来るんだけど、304号室に住んでるんだって。鎌田翔太君っていうんだけど、あんたと同じ高校に通ってる。同い年だけど知ってる?」


 202号室に住んでいた滝田昇が死んで警察が来ていたとき、通路で見かけた少年。どこかで見たことがある……と思ったら学校で見かけたんだった。


 友達ではないので、「知らない」と、答えた。


 「そっか。それじゃあ、結愛ちゃんに迷惑かけないようにね。あと何かあったらすぐに報告すること」


 「そっちこそおじさんに迷惑かけるなよ」


 「わかってるわよ。それじゃあ、また」


 海斗がスマートフォンを切ると、結愛はテーブルに食事を載せた。

 

 水を飲んでから、カレーライスを頬張った。家にいても家事全般を行うだけのことはあって美味しい。もっと楽しい日に食べられたらよかったのに。


 「料理上手だね。すごく旨いよ」


 「ありがとう」


 海斗は食事をしながら、道子が出てきた奇妙な夢を話した。


 運行されていない零時のバス。道子に導かれるまま、ファントム奇霧界の204号室のドアを開けた瞬間、強い光に包まれて目が覚めた。


 「夢だけどなんだか意味深すぎる」

 

 ふと思い出す。

 「お父さんから聞いた話なんだけど、美幸の事件後、魔のカーブでバスが事故を起こしたんだって。そのバスは炎上して運転手が亡くなったそうだよ。幸い乗客はひとりも乗っていなかったみたいだけど」


 「そのバスが怨霊バスになって、未だにあの道路を走ってるってこと?」


 「バス停の至近距離に住んでるけど怨霊バスなんてみたことないよ」


 「 “死者の記憶の中に入らなければならない” って、道子に言われたことが気になるんだ。夢なのはわかっているけど、それにしても鮮明だったし、零時にバス停に行ってみたいんだ」


 予知夢なんて体験したことがない。だけれど、もしかしたら予知夢かもしれない。身の回りであり得ないことが起き続けている。それなら零時にバス停を確認してみるべきだ。

 

 「今夜、見に行こう」


 「本当に怨霊バスが現われたらふたりの遺骨と犯人もわかる」


 なにやら外が騒がしい。ふたりはベランダから様子を見た。引越し会社の大型トラックが停まり、次々と荷物を載せていた。


 早くに目が覚めたので教える。

 「軽トラックに家具を載せて出ていった人もいたよ」


 「美幸の姿を見たら誰だって引越しするよ。俺を含め、全員がこの事故物件を甘く見ていた。死にたくないなら命があるうちに出て行ったほうがいい」


 「この事件に関わっていそうな、坂上さん、青島さん、熊谷さん、は別として……」


 「彼らは訳ありでこのアパートに住み続けている。目的は何なんだ?」


 「それをこれから訊きに行こう」


 食事を終えたふたりは、相手にされないだろう、ということを覚悟で、彼らの部屋に向かうことにした。





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