第5話 邂逅相遇(かいこうそうぐう)
父や祖父との思い出は麟のやる気を刺激した。父や祖父に恥じない経営者になりたい、麟は強く思う。部屋に戻ると決算資料の見方について引き続き調べ始めた。
・キャッシュフロー計算書は3種類ある。①営業活動②投資活動③財務活動
・営業活動のキャッシュフローは+でなければ本業が上手くいっていないと考えてよい
・投資活動のキャッシュフローは+や-にとらわれず、本業のお金をどのように投資に使用したかを見る
・財務活動のキャッシュフローは借入により増加し、返済により減少する。また配当や自社株購入など純資産の取り崩しにあたる場合にも減少する
・営業活動のキャッシュフローが-になるということは本業の資金繰りが上手くいっていない証拠である(売上が足りていない・支払い、回収の期間が不整合など)
・貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書を財務三表という
・株の投資などで参考にするのはこの財務三表であり、貸借対照表で会社の体力を、損益計算書で収益力を、キャッシュフロー計算書で資金状況を見る
・最初は家計簿等で見慣れている損益計算書から見て、本業で利益が出ているかどうかから見ると良い
・次に貸借対照表でお金の出どころが自社なのか借金なのかを見る。そしていつでも使えるお金がどのくらい会社にあるのかを見ておく
・最後にキャッシュフロー計算書に行くと理解がしやすい
ふぅ・・・これも一朝一夕にいくものではないわね。麟は、はぁ・・・とため息をつきながら思った。気が付けば21時を過ぎており、軽く夕食をとると自室に戻った。
あとは自社株と韓非子か・・・ダメだ、今日はもう頭がパンパンだ。
こういう時に勉強をしても頭には入ってこない。今日はシャワーを浴びて、寝よう。
麟はこれ以上の勉強をあきらめた。シャワーを浴びると自室に戻り、インスタをチェックしながらいつの間にか寝ていた。
翌朝。
パッと目が覚めると時計を見る。
まだ7:30か。思ったよりも早く目が覚めたな。
まだ寝ていられるのだが、澤井が言っていた「1か月は社長代理として・・・」という言葉を思い出すと焦りが麟を襲う。1か月で必要な知識を習得し、社長として会社に行かねばならない・・・そう思うと気持ちばかりが急いて仕方なかった。
ダメダメ、こんな焦っても頭に入ってこないから!
麟は気分転換に近所を散歩することにした。
朝の空気は気持ち良い。玄関を出て全身に太陽を浴びる。んーと背伸びをし、軽く体を動かすと自宅を出て歩き始めた。
通勤、登校、慌ただしく行き交う人々を見ながら、私も本当はこの中の1人になる予定だったんだよなーと麟は思っていた。
こんなに突然死んじゃうなんて想定外よ、この責任ちゃんと取ってよね!
空を見上げてそう心の中でつぶやくと、父と祖父が両手を合わせてゴメンと言っているように聞こえた気がした。
30分ほど歩き、見慣れた道を進んでいくと、見慣れない古びた家屋が目に入った。看板には「本」と書かれている。
『あなたの心の1冊見つけます』
本屋らしきその入口にはそう書かれた紙が貼ってあった。
心の1冊って何よ。て言うかこんな所に本屋なんてあったかしら?今どき木のドアって…古本屋なのかな。
外からは中の様子が何も見えない。
……悔しいけれど心の1冊ってフレーズが気になって仕方ない・・・
営業してるかな?まだ10時にはなってないし・・・
麟は心の中でブツブツ言いながら、入口に立った。
が…ドアが開かない。やはりまだ営業していないのかもしれない。
と思ったその時、
ガラガラ…
店員「開いてますよ。自動ドアじゃないですけどね(笑)」
中から店員が姿を現す。麟は赤面しながらも何か言わないと気が済まなかった。
麟「あ・・・開いてないって思ったんです!」
店員「まだ早いですもんね。中へどうぞ。」
右手で中へのポーズを取る店員。麟は照れくさそうに中へ入る。
直後、麟は驚く。フロアの真ん中に空の本棚が1つあるだけで、どこにも本が無いのである。
麟「あの、ここ、本屋さんなんですよね?」
店員「本屋ですよ。本、並んでませんけど(笑)」
麟「(笑)じゃないですよ!ふざけてます?」
店員「ですよね。ふざけてるって思いますよね。あはは。」
店員は頭をかきながら誤魔化す。
麟「えっと・・・帰ります。」
麟は帰ろうとする。するとその時、
爺「おじょうさん、お持ちなさい。ちょっとこっちへ来てもらえんかな。」
奥から年老いた男性が手招きをしていた。麟は不審に思いながらも、空の本棚の本屋に興味はあったのでその男性に近づいて行った。
爺「私はここの店主、爺とお呼びください。」
麟「じい?G?」
店員「ゴルゴ。」
麟はキッと睨む。
爺「じじいの爺で構いませんよ。爺と呼んでくだされ。」
麟「爺と呼ぶのに抵抗があるので、おじいさんとお呼びします。」
爺「それでかまわんよ。それで、おじょうさんはどんな本をお探しかな?」
麟「どんな本というよりも『心の1冊』と書かれていたので、私に必要な本はどれかなって思って来ました。」
爺「ふむふむ、そうじゃったか。おじょうさんの心の1冊と巡り会えると良いのぉ。少し待たれよ。」
店主はそう言うと奥から赤く装飾された分厚い本を持ってきた。
爺「おじょうさん、この本の表紙に手を触れてみなさい。そしておじょうさんが今望んでいることを、強く心の中で思ってみなさい。」
店主はその分厚い本を麟に差し出す。麟は言われた通り表紙に手を置き、今の望みを強く心に念じた。
…しかし何も起こらない。光るでもなく、パラパラと本がめくれるでもなく、本は静かなままであった。
麟「あの…これは?」
爺「ほほほ、どうやらおじょうさんには強く生きる道標(みちしるべ)が必要なようじゃの。ほれ、あそこにおじょうさんに必要な本があるから、見ていきなさい。」
そう言うと店主は空の本棚を指さした。言われるがまま麟が空の本棚の前に立つと、さっきまで空だった本棚に1冊の本があった。
麟「うそ!!!空だったのに!!!」
麟は驚きながら、その1冊に手を伸ばした。
『IL PRINCIPE〜君主論〜』
本にはそう書かれていた。
麟「おじいさん、これ…」
爺「おじょうさんの『心の1冊』はどうやらそれのようじゃの。強いリーダーに憧れておられるのかな?」
麟「え!?なんで…。」
爺「心の1冊というものは、その時々で変わる。『今』のおじょうさんに必要なのは君主論なのじゃろう。この世には本が無数にある。どの本もとても良い学びになる。その君主論は1500年代に書かれたものじゃが、今もこうして読むことができる。先人の知恵をこうして手に取ることができるのは、幸せなことじゃて。まずは読んでみてはいかがかな?」
麟「あの、実は私…」
麟は今の自分の状況を話した。この不思議な本屋での不思議な出来事に身を委ねたかったのかもしれない。
爺「なるほどのう。それは大変じゃったな。おじょうさん、これも何かの縁じゃ。しっかり学びなさい。ただこれだけは忘れてはいかんよ。本は本。知識は知識。活かすも殺すもおじょうさん次第じゃ。その君主論はな、さっきも言った通り1500年代のヨーロッパで書かれたものじゃ。当時は悪魔の書と呼ばれ、忌み嫌われておった。じゃが、世に悪書など存在せんのじゃよ。どれも良い本じゃ。書かれてあることが事実であれ、フィクションであれ、何を思い、何を考えるかは読者次第。おじょようさんは韓非子を読まれておるようじゃが、韓非子にも書いておったろう?知識を得るのは簡単じゃが、知識を行動に変えることはとても難しいと。願わくばこの君主論がおじょうさんの知識となり、行動となり、心の1冊となりますように…」
爺の言葉には優しさと重さがあった。
麟「はい!ありがとうございます!」
麟は君主論を手に取り、胸に抱いた。
店主に深く頭を下げ、お礼を伝えると不思議な本屋を後にした。
店員「また(があるかどうかはわからないけれど)のご来店をお待ちしています。」
麟は振り返り、会釈をした。
この不思議な出来事はきっと誰に話しても信じてもらえないだろう、麟はそう思いながら家路につく。
麟「君主論、読んだことないけれど、どんな話なんだろう?さ!読むぞー!」
家に着くや麟は紙袋を開け、君主論を取り出す。厚い表紙をめくり、麟は思った。
麟「イタリア語ぉぉぉぉぉぉぉ(涙)」
※後半に日本語訳があったことに気付いたのは1時間ほど格闘した後のことであった…
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