自由の国のアイリス ―合聖国戦記― 【2】日本国喪失

ICHINOSE

0-1 敗戦


 プロローグ 『亡国』の時代



『臨時ニュースを申し上げます。こちらはニホン公共放送、報道ラジオです。繰り返し――』


『本日明朝、内閣は合聖国USSカルフォルニア州サンフランシスコへの臨時政府樹立を決定。――近江おうみ首相は以下の声明を発表しました。



[聖暦]二〇世紀。

 それは『亡国』の時代であった。

 すなわち、幾多の国家と民族が強大な侵略国家ケーニヒライヒにより征服され、国土を追われる時代……。



『——今日の日本国ニホンは、諸外国と同様に、帝政圏構成諸国ケーニヒライヒの世界的な侵略戦争を受け、かつて領有した国土を実質的に失った現状にあります。そして空前の規模にもかかわらず、のべ150万人もの日本国民を受け入れてくださった合聖国連邦政府ワシントンD.C.および合聖国USS市民の皆様方には、感謝に堪えません』


 

 ――魔導。

 有史以来、選ばれし者が生まれ持った超常の力。

 炎獄の具現。氷水の術式。雷霆の剣技。深緑の鳴動。それらの使い手を〈魔導師〉と呼ぶ。かつて文明を興し、祖国を守り、版図を拡げた、歴史に連なる英傑。

 だからこそ、才あるものは少年少女も戦場に赴き……、侵略者に敗れた。故郷を失った才覚ある〈魔導師〉は捲土重来を誓う。



『——日本国臨時政府は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸外国の皆様の公正と信義を信頼して、日本国民の皆様の、安全と生存を保持しようと決意するものであります』


『――よって、あえて申し上げます。


 かかる困難な国際情勢においてこそ、私ども日本国臨時政府は勿論のこと、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのです。政治道徳の法則は普遍的であり、これに従うことは、自国の主権を維持し他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると私は信じます』



 〈魔導師〉。

 単騎完結の戦力にして国家権威の象徴。数百年にもわたる血筋の名家は、遍く民草のよりどころとなる。

 そして、彼らこそが敗戦した国家を保たせるアイデンティティとあっては、彼らのたどる結論は一つであった。



『――日本国臨時政府は、国家の名誉にかけて、全力をあげて崇高な理想と目的を達成することを誓います』



 日本国ニホン王立連邦ブリテン共和国マリアンヌ帝政圏構成諸国ケーニヒライヒの侵攻で国土を失い、自由の国こと合聖国USSが治める聖大陸本土メインランドへと逃げ延びた亡命国家政府は、あらゆる事柄でいがみ合った。

 食料で。資源で。領土で。思想や信仰や人種で。経済で。利権で。人口問題で。考えうるすべての国家的要素、尊重されるべき主権で、保証されるべき民生支援で、そして〈魔導師〉をめぐって。それぞれの国家大義の名のもとに相争う。

 あの大戦が終わって三年。

 気づけば合聖国USS国内は、あらゆる勢力が敵を求めて憎しみをたぎらせる、民主主義の火薬庫と化していた。

 

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