異世界小説冒頭シリーズ
前田マキタ
普通の異世界転生
俺は、やればできる男だ。 あいつより地頭が良いし、こいつより運動神経が良い。だから、努力さえすれば俺は――
けたたましい急ブレーキ音と、一瞬にしてごちゃごちゃになる視界。怖いとか、痛いとか感じる暇も無かった。
「……」
全てが真横になった世界で、誰かが駆け寄ってくるのを他人事に感じながら。
(なんだよ、走馬灯って見られる奴と見られない奴がいるのかよ……)
俺はそんなことを考えていた。
◇
『こんにちは人間』
目の前に、
白とも黒とも言えない曖昧な空間の中で、立派な白髭を蓄えたおじいちゃんが仰向けの俺を覗き込んでいる。頭上には、ご丁寧に輪っかまで浮かんでいた。これ以上ないくらい神様だ。
「……こんにちは」
自身を見れば、制服を着ていた。そうだ、あれは下校中だった。てか、なんだ「こんにちは人間」って……プログラミングのアンサーかよ
『ふぉっふぉ、面白いのう、それ。今度からそう言ってみるわい』
当然のように俺の心を呼んだ神様は俺に選択肢をくれた。何でも、死んだ人間の中から無造作に何人かを別の世界で生き返らせてくれるらしい。どうやら、俺はその一人に選ばれたみたいだ。
『おぬしを異世界へ飛ばしてやる。スキルを選んでくれい』
「異世界……」
『ふむ、知ってるじゃろ?ほら、ウェブ小説で読むような』
「最近は、すっかりアニメにもなってるけど」
『あ、そうなの?まあ知ってるなら、この中から好きなの選んでおくれ』
渡されたカタログの中には、様々なスキル名とその内容が記されていた。しかも、動画付きで。身体強化、武器生成、魔術適正…へえ、魔術使えるんだ…!
ニヤニヤしながら見ていると、その中に凄いものがあった。
「完全耐性…聖剣エクスカリバー…全魔術適正!?なんか、この辺だけ性能ぶっ壊れてね?……ん?期間限定?」
『それらはあれじゃ、文字通り期間限定でしか手に入れられない特別なスキルになっておる』
そんな通販番組みたいな……だが、俺を含めて人間なんてこういう謳い文句に弱いよなぁ。それに、きっとこんなスキルがある以上、異世界は危険なんだろう。自衛の手段は持っておきたい。
「じゃあ、この『全魔術適正』を……ってこれあれだよな?適正があるだけで、魔力はないみたいなオチじゃないよな?」
『そこは安心しなさい。間違いなく全ての魔術を使えるようになるはずじゃ』
「そうか……ならよかった」
『よろしい、ならば決まりじゃ。これから、お主の身体にスキルを付与し、あちらへ送るぞい』
「よろしくお願いします」
神様が手を向けると、俺の全身が発光して意識が薄れていく。
『では、短い人生じゃろうがせいぜい楽しむが良い』
そりゃ、神に比べたら短いかもしれないが言い方ってもんがあるだろう。最後に神がどんな表情かは目映い光のせいで分からなかったが、俺は異世界へと旅立った。
◇
「ここが、異世界…」
降り立ったのは、周りに何もない野原の真っ只中。正直、ここだけじゃ地球とさほど変わらない。しかし、そう思った数秒後、ここが地球ではなく異世界だと身をもって思い知る。
「gafojwagojaaaaaaaaaa!!!!」
全身が痺れる程の雄叫びが、強制的に空を見上げさせる。真っ赤な鱗に、巨大な羽と尾。空を悠然と飛行するそいつは、皆がよく知るファンタジーの人気者――ドラゴンだ。
「まじか……」
周りに遮蔽物も何もない中、当然俺を視認したドラゴンはこちらに飛んできた。
「早速、試してみるか!」
しかし、地球では小型犬が向かってきただけで腰を抜かすぐらい怖がりの俺に、恐怖はなかった。むしろ、手に入れたスキルを早く試したいとさえ思っている。これは、何かの能力か……?
《ファイアボール》
ドラゴンに手を向けて、そう唱える。次の瞬間。
「あっつっ」
大人二人分くらいの大きさまで膨らんだ火の玉が生成され、弾丸のようなスピードでドラゴンに飛んでいった。
「giyaaaaaa!!!!」
巨大な火炎玉は、ドラゴンに避けさせる暇もなく奴の土手っ腹に穴を開けた。そのまま、ドラゴンは落ちていく。
「よしっ!」
さすが、期間限定スキル!ぶっちゃけ、よくボスに指定されるくらい強いドラゴンだ。流石に、一筋縄ではいかないと心配していたが、杞憂だったようだ。あれじゃ、赤い蚊と変わらんな。
落下地点まで風の魔術を使って飛んでいき、同じく風の魔術で生み出した刃を使ってドラゴンの首を切り取る。全て持って行くにはデカすぎるもの。土くれの馬車と馬っぽいゴーレムを生成して首を乗せ、町を目指して移動した。降りたってすぐに使いこなせるこのセンス…フフッ、日本で培った魔術の妄想が火を噴きまくっているな。ドラゴンだけに。
それにしても、もし期間限定スキルじゃなかったらどうなっていたことだろう。チュートリアルがドラゴンなんて鬼畜過ぎるだろ。
◇
「ま、まさか……その角は……ドラゴン!?」
これまた異世界の王道、冒険者ギルドで俺はドラゴンの角を見せつけた。受付嬢が腰を抜かす。
「冒険者になりにきました」
「ぜ、ぜひっ!これは伝説になりますよ……!?」
俺は前代未聞の最速S級冒険者として、ギルドに名を轟かせた。
「お、おい……あれって」
「あ、ああ、あのドラゴンを倒した……!?」
異世界に降りたって数日、すっかり制服から冒険者の格好にチェンジした俺は、他の冒険者から畏怖の念を抱かれていた。ドラゴンの素材で多額の報酬を得たことで、衣食住も充実させて、向かうところ敵無しだ。
「どうするかなぁ……」
正直、最初は新鮮な体験に興奮を覚えていたがもう飽きた。だって、弱すぎるんだもの。あれだ、全クリしたゲームデータで最初の敵をオーバーキルしている感覚。強敵とのスリルある戦闘とかあったもんじゃない。せっかく、この世界なら頑張れそうだったんだけどな……
やることがないので、人助けをすることにした。なぜなら、この力を使うとまるで神様のように感謝されるからだ。まあ、実際の神様にはもう会っているのだが。どうせやるなら、良いことした方が良いだろう?
だから、今日も俺はギルドからお願いされた上級魔物を狩りに行く。
「あれは……僕と同じS級冒険者の…どうする?挨拶でもしておくかい?」
「いえ、止めておきましょう……
「……?」
こちらを覗いていた冒険者達に気付かずに。
◇
一昨日はグリフォンを倒した。ハエみたいだった。
「……」
昨日は身長の何十倍もある巨人をたたきのめした。デカいだけだ。
「……はあ」
午後には、村の人を苦しめていたゴブリンを一掃した。こんなんじゃ、アリを踏み潰す方が難しそうだ。
「面倒くさい……」
今日は……何もしなかった。もう完全に作業だ。何も楽しくない。人の礼も聞き飽きた。大体、難易度と礼の深さが釣り合っていないのだ。席を譲っただけでむせび泣かれるような。ドン引きだ。媚びを売ってくる貴族達もうんざりだ。あんよを褒められる赤ちゃんと何も変わらない。いっそ、馬鹿にされている気さえしてくる。段々、この世界の人々がNPCに見えてきて虚しくなった。あのおじいちゃんも、俺をそう見ていたのかもしれない。
「つまらないな」
何のために生きているか分からない。上手いと思っていた飯にも慣れたのか、何の味もしない。起きるのもおっくうだった。まさに、空虚。少しくらいやりこみ要素を残してくれても良かったんじゃないか?神様。
◇
ある日、せめてもの気分転換に散歩していると、幼い少女が泣いていた。指差す方を見ると、木におもちゃが引っかかっていた。それも、どうやって引っかけたのか気になるくらい高い枝に挟まっている。傍らには、兄らしき少年が木を見上げていた。彼にとって、この木は巨大な塔に見えているのかもしれない。どう頑張っても、この子達には取れそうになかった。それでも――少年は木に手をかけた。
「にいちゃんが、ぜったいにとってやるからなっ!」
そう言って、少年は木を登り始めた。しかし、ある程度登ったところで怖くなったのか、その場から動かない。
「おにいちゃん?」
兄に頭を撫でられてから泣き止んだはずの少女が、再び目に涙を溜める。
「……」
助けるのは……簡単だ。魔術を使えば、およそ百を超える解決方法が生まれることだろう。しかし、己の身一つで挑戦した少年の前で、これ見よがしに魔術を披露しあのおもちゃを取るのは、人助けと言えるのか?有り体に言えば、かっこ悪い、そう思ってしまった。
「何やってんだか…」
俺は、ぷるぷる震えた兄を抱え、地面に下ろす。
「君が怪我したら、妹がもっと泣くだろう」
「あ、ありがとう……」
彼は今一よく分かっていないようにお礼を言う。きちんとお礼を言えるのは、親の教育が良いせいかな。いや、誰目線だよ、と自分にツッコミを入れながら、木の出っ張りを掴む。
「結構、高いな……」
地球だと、飛び降りたらしばらく悶絶しそうな高さまで登る。本当に、どうやって引っかけたのか……
「よっと」
多少ひやりとした場面はあったものの、何とか魔術無しで救出に成功する。するすると降りていき、少女に渡した。
「ほら、次からは気をつけろよ?」
少女は恐る恐る受け取った後、すぐに兄の裾を掴んで背に隠れてしまった。
「あ、ありがとうございますっ」
だが、少年のお礼を見るとか細い声で。
「あいがとぅ…」
愛らしく言うのであった。
「……!」
――初めて、この世界に血が通った気がした。
俺は、したり顔で魔術を振るう自分が情けなく、恥ずかしく感じた。居ても立ってもいられず、その子らに何も返すことなくその場を後にした。
一体今まで、何をしていたんだろう……借り物の力で、全能感に酔いしれ意味も無く無気力に浸っていた。だがどうだ、魔術を使わずして初めて、自分を認めてもらえた。いや、そうじゃない。自分を認めることができたんだ。
この力は……いらない。
俺は、その足で神殿に向かった。この世界では、自身の経験によりスキルを獲得することが出来る。成長の可視化のようなものだ。そして、神殿ではスキルをリセット、または剪定することができる。よりよいスキルの選択や、いらないスキルの統合だ。今まで、『期間限定スキル』があったから来る機会が無かった。俺の身体が地球産だからスキルの剪定はできないが、リセットならできる。
神殿の中央には、魔法陣が刻まれおりその輪に入ればリセットが可能だ。
「……」
俺が、この中に一歩でも踏み出せばリセットされる。
「……っ」
一歩、進むだけ。
「……ッ」
こんな退屈とはおさらばだ。
「……ッ!」
自分の手で、人の役に立つんだろう?
――俺はやればできる男だ。
「…だめだ……」
俺は、意気地無しだ…
◇
神殿を出、フラフラとギルドへ向かう。
「S級冒険者様っ!また、クエストを受けてくださるのですねっ!」
機械的にクエストを受注し、壊れたように魔物を狩った。出来ない自分を誤魔化すため、意志の弱い自分を守るために。
「ありがとうございます!」「これでこの村は平和になりました……っ」「助かったのはあなたのおかげよ……是非お礼させて?」「おう、あんちゃん助かったぜ!」「あ、ありがとう…」「助けなんて呼んでないんだからねっ!…お礼しないとは言ってないじゃない!」「ありがとう」「」――
……なんだこれ。
◇
『家庭教師 魔術の基礎訓練
応募条件:冒険者ランクA級以上
報酬:金貨2枚』
ふと、目に入ったクエスト。
「……」
無感情で、掲示板から剥がす。
「ようこそ冒険者様……なんとっ、S級冒険者様とは…ささっ、上がってください!どうぞどうぞっ」
いかにも金持ちそうな家の、金持ちそうな親に部屋を案内される。
「いえね?私達は血筋的にあの子は絶対才能があるはずなんですっ!ですが、その……なかなか、芽が開かなくて……」
「……」
「ぜひ、冒険者様にはあの子の開花を……もちろんっ、成功されたあかつきには報酬は倍払ってもよろしいのです」
「全力を尽くします」
いざ、部屋に入ると。
「……だれ?こいつ」
待っていたのは、十歳にも満たないふてくされたガキだった。
「こ、こらっレオ!先生になんて口の利き方……!す、すいませぇんこの子少し気が立っているようでぇ……」
「構いません」
ペコペコしながら、部屋を出て行く親。それを見送り、レオに向き直る。同時に、こちらを見上げたレオがポケットに手を突っ込み言った。
「アンタ…等級いくつだよ」
「Sだ」
「えっ……」
「Sだ」
「……っ」
肩書きとはこんな子供にも効くらしい。嫌な世の中だ。
「こんなもの、何の意味も無い」
俺にとっては。
「な、何言ってんだよ……みんなそれを目指してるんじゃ……」
「それで?魔術が使えないのか?」
「ッ!うん……」
急にしおらしくなったレオ。腰を落とし、目線を合わせる。
「……どうしてだと思う?」
「わかんない……」
実を言うと、レオに魔力はしっかり通っている。だから、これは才能の問題ではなく心の問題だ。
「じゃあ、なんで魔術を使えないと思うんだ?」
「は、はじめて、魔術を練習した日に、できなくて……それで……」
親のがっかりした顔が忘れられず、魔術を使うのが怖いらしい。あの親のことだ、相当期待していたのだろう。それこそ、高ランク冒険者に頼むくらいに。期待に応えられないことへの恐怖。過度な期待への重圧が、彼の一歩を阻んでいた。
「失敗が怖いのなら、出来るまで練習すれば良い」
「先生には分からないんだッ!!みんなから期待されても平然と結果を出すような先生には…」
「分かるよ」
「っ」
もし練習しなければ、すごい才能を持っている可能性が残る。練習してしまえば、自身の素質が浮き彫りになる。だから、やらない。逃げ続ける。
――
この子は俺と同じだ。偽りで自分を守っている。本当は分かっているはずなんだ。そんなことで守ったって、先延ばしに過ぎないことは……
俺は、彼をベッドに座らせその隣に腰掛けた。そして、息を吐くようにゆっくりと語った。
「俺は、意志の弱い自分が嫌いだ。ありもしない可能性に頼って、動かないことで自分に言い訳する。俺はやればできるって」
「…って」
「頑張れない自分が嫌いだ。すぐ楽な方に流れて、それを正当化することばかり考えてる。仕方ない、状況が悪いって」
「もう、いいって…」
「俺は、人の思いに見て見ぬ振りをする自分が嫌いだ。こんな俺に期待してくれているのに、それを分かっていながら自分の体裁だけを気にしている。失敗したら、どうしよう。がっかりさせてしまうんじゃないかって」
「もう、いいッ!!」
「でもそれは、
「……っ」
「どれだけ先延ばしにしたって、いつかはその杖を振らなきゃならない。無理矢理にでも。だが、親は期待するぞ?先延ばせばするほど、どんどん降りられなくなる。今度は部屋に引き篭もってみるか?きっと、今より辛い」
「だ、だけど…」
「人はな、いつかは本気で頑張んなきゃいけないときがくるんだ」
「…それが、今だっていいたいの?」
「さあ?それはお前次第さ。お前の"いつか"は、お前にしかわからない」
「でも、どうしよう…僕がサボっている間に他の子はみんな努力してる……もう、追いつかないかもしれない……っ」
「自分に勝てないやつが、他の子に勝てるわけないだろ」
「うぅ…」
「まずは、自分に勝ってみろよ」
「ど、どうすれば……」
「そうだなぁ…とりあえず――この杖を振ってみればいいんじゃないか?」
俺は、自分の杖をその子にあげた。
「これは先生の……」
「やるよ。もう俺には必要ない」
「えっ」
「さあ、やってみろよ……ちゃんと見ててやるから」
「…うん」
◇
魔術は失敗した。やはり、最初はコツがいる。自転車の乗り方と一緒だ。だが、両親は喜んだ。当たり前だ。その子が、晴れやかな顔をしていたんだから。両親が子供に期待していたのは、すごい子供かどうかではなく、その子が幸せかどうかなのだ。なんて、現在進行形で逃げ続けている俺が言えた義理ではないが。というより、あの子への説教は全て俺に刺さっていた。
俺は、何度も引き続き家庭教師を頼まれたが、断らせていただいた。
――俺も変わらなくちゃいけない。レオのように。
神殿に行き、魔法陣の前に立つ。
「……っ」
大丈夫。俺は変われる。
そして。
「ふぅ……っ!」
俺は、一歩前に出た。
◇
気づけば、俺は再び神の間にいた。
「まさか、死んだのか!?」
『ちゃうちゃう、これは祝福じゃ』
「祝福?何のことだ?」
『お主がスキルを捨てたことに対してじゃな。実はこのスキル、期間限定なんじゃ』
それは知ってる。
『だから、もしあの場でお前さんが自分からスキルを消さなくとも勝手に消えていた』
「は?」
『気づかんかったか?お主以外にも転生者はおるのに、強すぎるスキルを持った人間の噂すら聞いたことがなかったじゃろ?』
「あ」
そりゃそうだ、俺が初めてじゃないし、あの期間限定を選ばない人間なんていないだろう。
『
「そう…だったのか」
『もちろん、スキルに依存し切った人間もおる。その者の末路はまあ言うまでもないが、スキルを突然消失し魔力も使えず、人々の記憶から消え……例外なく死んだ』
「ッ!?」
まじかよ……じゃあもし、あの場でやっぱり消せなくて、でも消えたら……そう考えると背筋が凍った。
『逆に突然手に入ったんだから突然消えてもおかしくはないと、消える前提で動いていた人間もおるな。人脈や金等の面じゃな』
すごいな、やっぱり先のことを考えて動ける人もいるのか……
『じゃが、自身を律するために、自分からスキルを、消したのはかなり珍しい』
そうか…そう言われると、結構嬉しいかも
『どうじゃ?その心意気を称え、今度は本当に消えないスキルをやろう』
「まじか……でも」
神からの提案を、俺は。
「大丈夫。自分に勝ちたいんだ、今度こそ」
『フォッフォッフォッ、見事じゃな。まあ、今のは嘘じゃが』
……やっぱり。
『お主を試してみただけじゃ』
薄々気づいていたが、この神性格悪いな?
『まあまあ、スキルはやらんが、ささやかな褒美くらいくれてやる。好きな馳走を、言ってみぃ。食わせてやる。地球の飯でも良いぞ?』
まじかっ!これは嬉しいな。どうしよう、寿司に天ぷら、チャーハン、ラーメン。ステーキっつうのも捨てがたい。俺は悩んだ末。
「母さんの手料理……」
ポロっと言ってしまった。
『そうか?じゃあ腕によりをかけなければな』
そう言って、神様は割烹着に袖を通した。
……アンタが作るんかい。
『ほい、おまちどおさん』
「……ありがとうございます」
突然現れた畳の間と、ちゃぶ台に並べられた料理を複雑な気持ちで眺める。正直、母親が作ったとは思えないが、せっかく作ってくれたんだ、俺は芯まで味が染みこんでそうな色をした肉じゃがを頬張る。
「うまい……」
どうして、涙が……
「うまい……っ」
箸が止められず、俺は夢中になって食べた。
「ごめん、母さん……っ」
ふと、母親の顔が頭に浮かび、耐えきれなかった。
『どうじゃった?』
食べ終わった頃、隣で茶を啜る神様が聞いてくる。分かってるくせに。
『直接聞きたいんじゃ』
『美味かったって、伝えといてくれ』
『気付いておったのか……よかろう、わしの凄技「なんとなく、言っている気がする」を発動してやる』
ネーミングがすごいガッカリ感だなぁ…
『では、これにて』
神様は、立ち上がるとこちらを見下ろした。頭にモヤがかかっていく気がする。
『お主たち人間の選択に、正解不正解はない。意味を見出すのは人間。であれば、せめて自分が納得いく選択をするが良い――神はお前を見るだけじゃが、お主の選択に幸あらんことを」
最後に、神のウィンクを見た気がして俺の意識は闇に消えた。
◇
「よしっ、やってやるぞぉ!」
俺は、最低限の装備と宿代を残し、残りを全て匿名で寄付した。ギルドに向かえば、S級冒険者は存在しなかった。俺のいた形跡が、功績が全て無かった。もちろん、俺を覚えている人間もいない。しかし風の噂によると、ある金持ちの家に魔術の神童がいるとかいないとか。
「これからは初級冒険者ツトムの始動だ!」
ギルドの前でガッツポーズしたツトムを遠目から見た人間がいた。
「ツトム?……っ、あの人…」
「あの子が気になるのかい?」
「ええ、ちょっと…」
「へえ、珍しいね」
「もしかしたら……
「ッ!?ついに、見つけたんだね。なら――」
「会いに行ってみようか」
end
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