ベースの弦が切れるなら

井場新津

第1話 ベースの弦が切れるくらいに

「こんな簡単なリズムもとれないの!?」

どこにでもある、というわけではないであろう広さの部屋に驚きの声が響く

「やばいかな?あはは・・・」

驚きの声に戸惑いながら答える。

 夏の日差しが燦燦と照りつける昼下がり、今時のJKなら外に出たり買い物をしているだろう。いや、この暑さなら家の中で涼んでいるかもしれない。少なくともこんなクーラーの効いているかどうかわからない様な部屋で言い合いとも談笑とも取れない会話をしている女子高生はいくら広い静岡県といえど私たちだけだろう。(全国を探したらいるかもしれないけど。)そんなどうでも良いことを考えながら私は前を向く。

 目の前には電源の付いていないテレビ、指を触れていないとノイズが微かに聞こえるベース、そして、パソコンを前に唸る女子、異様な光景だ。

パソコンの前に座る彼女は天城花奏高校でできた初めての友達であり私を訳のわからない沼とも言える世界に引きずり込んだ張本人である。

「つちやあー あんた音楽とかリズム意識して聴いてる?」

「リズム?そんなの意識して聴いてる人とかいるの?」

花奏はなにを聞いているのだろうか、私にとって音楽とは気を紛らわすモノであり意識して聴いたりするモノでないのに。

「マジか、、、、あんた楽器向いてないかもね、、、」

「えっ!?」

「だってリズムは取れないわ歌は音痴だわ楽譜は読めないわどうなってんのよー」

楽譜を読めない人は多いのでは?と思ったが言わない方が良いだろう。

「どうしたら良くなるかな?」

良くなりたいと心の底から思っているわけではないが一応口にしてみる。

「どうって言ってもねーこればかりはなれじゃない?」

花奏はため息混じりにそう告げた。

「慣れかあ」

慣れと簡単に花奏は言っているがそうとうな時間がかかるだろう、花奏は中学の頃から吹奏楽部で常に音楽に触れてきた、なんなら子供の頃からピアノをやっているという噂すら聞いたことがある。それに比べ私は、中学では陸上部に入っていたが、熱を入れてやっていたわけでもなく集大成であろう最後の大会でもハードル走東部5位、良いとも悪いとも言えない、そもそも何人走っていたかすら覚えてない、そんな感じで部活に力を入れていたわけでもなくのほほんと3年を過ごした私は、特に音楽に触れてたわけでもなく、音楽の授業の成績も5段階中2と得意どころか苦手と言って良いだろう。無駄な3年だった気までする。そんなわけで私にとって音楽とは未知の存在といって良いほどに遠い存在であり。慣れといてもすぐに身につくだろうとは思えない。そんなことを考えていると。

「そういえば土屋にベース貸したでしょ?練習してる?」

「えっ、、、まあまあしてるかなあ、、、、」

「絶対してないでしょー!」

ぐっ、、、、触れられたくない話題に触れられてしまった。そう!そもそも私がなぜこんなにも花奏から音楽についてあーだこーだ言われる理由は全てこいつにある、これを渡された時のことは良く覚えている。確か『このベースの弦が切れるくらい練習してよね!』と言われ渡された。あれは何ヶ月前だろう、、、、、、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る