3ー3
「本当に大丈夫そうか?」
「はい。全く問題なしです」
「そうか…なら折角だし、みんなで行くとするか」
福松は傍目にはドリさんと二人、実際にはそれプラス妖怪七体で撮影所を出た。化生部屋では完全に見えなくなっていた妖怪たちも福松を中心にその周りを取り囲むようにして歩いている。院長の総回診のような装いだ。
大丈夫だからそうしているのだろうが、やはり不安になってしまった福松は隣にいた結に安否の程を確かめる。
「こうやって外に出ていて問題ないんですか?」
「うん。さっき憑りついた時に福ちゃんの魂と繋いだから。よっぽど離れない限りは大丈夫よ」
「た、たましい…」
何気なしに出てきた魂と言う単語にぴくっと反応する。すると猫又の鍋島が補足を入れてきた。
「要するに俺達と呪い石の関係は電子機器と固定型のWi-Fiルーターみたいなもんだよ。離れるほどに呪いの効力が届かなくなっていく。途切れたら最後、俺達の存在も霞になっちまうんだ」
「そ、それは死ぬって事ですか?」
「いや。死ぬわけじゃないんだけど自我と意識とがなくなって空気みたいになるんだよ。そうなると復活してこの姿に戻れるのに年単位で時間がかかる」
「そうそう。つまり福松や美鳥は持ち運べるモバイルWi-Fiルーターみたいなもんだな」
そう結論付けた天狗の犬駆は、がっはっはと豪快に笑った。
頗る分かりやすい例えだったが、電子機器に詳しい妖怪たちを見てどんどんと妖怪に対するイメージが崩れて行く。尤もそれは偏見というモノなのだが。
目指す車折神社は撮影所を出てから徒歩で行けるくらいの距離にある。ところが土地勘のない福松はそれがどこにあるかは元より、一体何の神様を祭っている神社なのかも知らなかった。
「あの…ところで車折神社とやらには何をしに行くんですか? 妖怪関係ですか?」
「いや。むしろオレとかお前のために行くんだよ」
「どういう事ですか?」
「車折神社の末社にな、芸能神社って神社があるんだよ」
「芸能神社?」
「そう。
福松は天宇受賣命という神様の名前に聞き覚えがあった。
「ああ、芸能の神様の」
「芸能神社なんだから芸能の神様なのは当たり前じゃないかい」
真砂子が福松の間抜けな返事に突っ込んだ。そして彼の理解と知識を確認してきた。
「何をした神様か知っているのかえ?」
「えっと。確か天岩戸の前で踊りを踊った神様ですよね?」
「なぁんだ、知っているんじゃないか」
すると八山が補足をした。
「そう。天照大神が天岩戸に閉じこもって世の中が立ち行かなくなった時に、踊りを踊って隠れた天照を誘い出した神様だ。それが日本で初めての奉納舞踊って事で芸の神様にもなってるんだな」
「…まさかその神様に会うって訳じゃないですよね?」
「流石に神様は妖怪と同じようには行かないさ。おいそれと会うってのは無理だ」
「よかった、神様に会うなんて言われたら緊張して…いや役者としてはご利益を期待して会うべきなのか」
「そりゃ会えるんだったら会う方がいいに決まってらあ」
八山はそう言って皺だらけの顔に皺を更に足すように笑った。
すると鍋島がドリさんに聞いた質問をきっかけにして、妖怪たちがテンションを上げ始める。
「そういやドリさん。福松がこうして運んでくれてんだから、当然『コックリさん』に行くんだろ?」
福松は思わず聞き耳を立てる。
「ああ…いや、オレはカレーでも奢ってやろうかと」
「ええ!? 久々にこんな大所帯で外に出られたんだからコックリさんに寄らない手はないだろう」
「そうだよ。久しぶりに、さ」
「民子もコックリさん行きたーい」
「せやけど、まだ撮影所に残してきとる奴らもおるやろ」
「そいつらはまた今度でいいじゃねえか。どうせ福松がいればいつでもこれるんだから」
「…まあ確かに久々だからな。連れてってやるか」
妖怪たちはこぞって喜びあう。その場においては福松だけがちんぷんかんぷんだった。しかしコックリさんという言葉の響きからあまりいい予想はできないでいる。
すると戦々恐々としている福松に気がついた宇城が、コックリさんとやらの正体を教えてくれた。
「そんな顔しなくたっていいよ。危ない所じゃない。コックリさんってのはちょっと変わった小料理屋の名前だから」
「小料理屋ですか」
そう教えられて安心した福松は、宇城がわざわざ言った「ちょっと変わった」という含みのある部分を気にも留めていなかった。
やがて一同は三条通りを西に向かっていた歩みを北に変えた。通りに面した角、信用金庫の隣に大きな鳥居があったので初めて訪れた福松でもすぐにわかった。それよりも福松は車を折ると書いて車折と読むことに驚いていた。太秦といい、京都の地名に慣れるのには時間がかかりそうだった。
鳥居をくぐると五分もしないうちに目指していた車折神社に辿り着く。道は左に伸びているが、構わず直進して境内へと入る。撮影所を出て歩いて向かっていたのでそう遠くはない場所だとは思っていたが、福松の予想よりも更に早く到着した。
境内に立ち入って少し進むとすぐに件の芸能神社というものを見つけた。奉納されたのであろう朱色の柱のようなものには一線で活躍をしている芸能人たちの名が連なっていた。これの正規の名称は玉垣というのだが、この時の福松に知る由もなかった。
てっきりここに詣でるのだと思っていたのに、ドリさんはそこを通り越して進んでいってしまう。
「あれ? お参りしないんですか?」
「ああ。ここはあくまで末社やからな。まずは本家のご祭神に挨拶するのが筋やろ」
「なるほど」
福松は感心を抱きつつ、ドリさんの後に続いた。
車折神社の本殿に辿り着き、いざお参りと言う段階になると真砂子が福松に聞いた。
「福松。参詣の作法は知ってるのかい?」
「流石に知ってますよ。二礼二拍手一礼です」
「…それだけじゃないんだけど、まあここではいいか」
「え? 他にもあるんですか?」
「あるよ。鳥居をくぐる前にも一礼するとか、参道の真ん中を通っちゃいけないとかね」
「へえ…」
福松はひとまず五円玉を財布から取り出して賽銭箱に投げ入れた。そして姿勢を正してして、ドリさんと合わせて二礼二拍手をしたところ拍子が狂った。隣にいたドリさんが二を通り越して四回も拍手を打ったからだ。
少し慌てる福松をよそに、当の本人は最後の一礼を終えるとそそくさと本殿を後にしてしまう。福松は何はさておき無病息災、家内安全、大願成就などなどを詰め合わせたおもちゃ箱のような願いを口にすると、置いてけぼりを食らわないようにドリさんの跡を追いかけた。
そして彼に追いつくまでの間に真砂子に聞いた。
「あの…ドリさんは四回拍手してましたけど、アレは良いんですか?」
「あれはあれでいいんだよ。あの人は出雲の生まれだからね。癖になってるのか、そう躾けられたのか」
「出雲…って踊り子?」
「そりゃ伊豆だろう」
と、聞き耳だけ立てていた八山が思わず口を挟んできた。そして真砂子が呆れたような顔をして言う。
「出雲ってのは島根県にある地名だよ。出雲大社って神社があって、そこの参詣作法は二礼四拍手一礼なのさ。確かその近所で生まれたとか何とか言ってたっけね」
「へえ」
「毎年十月に日本中の神様がその出雲大社に集まるんだよ。だから十月を神無月と呼ぶが、出雲では神有月って呼ぶ」
「あ、聞いた事あります」
「聞いた事がある、か…福松は勉強することが多そうだねぇ」
八山と真砂子は笑った。
やがて芸能神社にも参詣をした一行は車折神社を後にした。ここに来た道を逆走するように境内を出たのだが、三条通に出る前に道を曲がり路地に入った。しかもただの路地ではない。
例えるのなら猫の散歩道とでも言えるような大人一人がまともに通ることもままならないくらいに細い路地だ。
「ドリさん、ここ通るんですか?」
「せやで。ここを通らな『コックリさん』に行かれへん。行ってくれ」
「え、俺が先ですか?」
「妖怪を引き連れてる奴が先の方がいいんだよ。とにかく真っすぐ行きな」
真っすぐと言われても、そもそも曲がる事など出来はしない。
仕方がないので福松は昼間なのに薄暗い路地の終わりに見える向こう側の道路を目指して進み始める。共だっていた妖怪たちはいつの間にか福松の中に引っ込んだようで、後ろにいるドリさん以外には何者の気配も感じられない。
だからこそ路地の先から漂ってくる異質な雰囲気を感じ取れたのかも知れない。
路地を抜けると紫色の暖簾が掛かった一軒の小料理屋があった。話の流れから察するにここが『コックリさん』だろう。と言うよりも、暖簾に堂々と店名として記されていた。だがよくよく考えると少しおかしいと福松は気がついた。
路地の両脇にあったブロック塀の向こうは普通の民家であったし、そもそも通り抜けた先は別の道路に出るはず。少なくとも突き当りにこんな店がある筈はないと福松は頭の中の地図がこんがらがった。
そんな彼におかまいなく、妖怪たちは福松の中から飛び出して次々に店の中に入っていく。
福松はおっかなびっくりしつつもドリさんに背中を押されて『コックリさん』の暖簾をくぐったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます