第二章 封印術師と常春の街

第三十五話 桜を囲う街〈マザーパンク〉

 海に流され、オレは常春の街に辿り着いた。

 そこで出会ったのは……一点の濁りもない肌を持ち、煌びやかな銀色の長髪を揺らめかす少女だった。

 背の高さはアシュと同じか、少し上か? 

 二、三歩距離が離れているのに洗剤のふんわりとした香りが鼻を貫く。


 オレは一瞬、言葉を失った。

 普通に、見惚れてしまった。


 その異質な雰囲気に呑み込まれてしまった。

 なんだ、この感じ。前にも一回あった気がする。


「びしょびしょだね」


 銀髪の彼女は腰を落として地べたに尻もち付くオレに視線を合わせる。


「そんな恰好で海水浴でもしてたのかな」


「なわけあるか。

 ちょっと乗っていた船が沈没してな。

 沈没した場所からここまで泳いできたんだ……」


 船と言うかイカダだけど。


「え!?

 それは大変だったね……一緒に船に乗っていた人とかは大丈夫なの?」


「ああ。それなら多分、問題ない」


「そっか。

 着替えはある?」


 オレは肩を竦めて首を横に振った。


「じゃあさ、ウチ、来る?

 男物の服も置いてあるからさ」


「……。」


「嫌?」


 彼女は少し不安そうな顔でオレの顔を覗いた。


「嫌って言うか……こんな見ず知らずの男、家に呼んでいいのか?」


「うーん……いまわたしの家、わたししかいないから大丈夫だよ!

 スペースは十分空いてるよ」


 普通、一人しかいないんなら駄目じゃ無いのか?

 彼女は「それに」と言葉を繋げる。


「わたし、困っている人は放っておけないの。

 おじいちゃんからよく『困っている人が居たら助けなさい』って言われてたから」


 

 少し警戒する。初対面でここまで無防備な女は初めてだ。なにか裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。こう見えて実は盗人で、家についていったらコイツの仲間が待ち伏せしていてオレを襲うんじゃないか?


「なーんてな」


 ハニートラップを仕掛けるなら、もうちょい露出の多い服を着てくるだろう。


 兎にも角にもこの街について知らないオレが一人になるのはまずい。

 ここはひとまず、


「お言葉に甘えるよ」


 オレは銀髪の彼女の家について行くことにした。



--- 



 すれ違う人々、その五人に一人が獣交じりの人間。

 街の中心に向かうにつれ純粋な人間が増えていく。


 慣れない光景だ……。


「獣人……はじめて見たな」

「へぇ、結構田舎の方から来たのかな?

 獣人なんて珍しくも無いと思うけど」

「田舎っつーか、排他的な街だったのは間違いないかな」


 この街、マザーパンクは至る所に整えられた木と、川がある。

 これは中心の桜を枯らさないための処置らしい。川が桜に水分を運び、木が地中の水分を吸い上げて水の量を調節しているのだと銀髪の彼女は語ってくれた。


「この街を守ってるのはね、街の中心にある桜の木なの。

 だからあの桜を守るように街はできている」


「アレが結界の役割を果たしているのか……」


「桜の名前は“アスフォデルス”。

 不死の樹と呼ばれてる」


 黄色の綿……丸い何かが、ずっと降ってきている。

 オレは黄色の綿を右手で受け止める。綿はすぐに溶けて消えてしまった。


「この綿はなんだ?」

「花粉だよ。木そのものじゃなくて、これが結界の役割を果たしているんだよ。

 魔よけの花粉。魔物が浴びると皮膚が溶けるの。ぐちゃぁ! ってね」


 銀髪の彼女は手をぐにぐにさせる。


 皮膚が溶けるか。魔物とはいえグロいな……。


「花粉症の人間とかは住めない街だな」


「ううん、むしろ逆。

 この花粉を“アスフォデルス”の樹液で溶かして飲むと、花粉に対して耐性ができて一年間は花粉症を抑えられるんだ」


 手を後ろで組みながら、彼女はクルッと一回転ステップを踏む。


「この花粉とあの桜の樹液を瓶にでも詰めて、

 他の街に売り込めば高値で売れそうだな」


「現にそうしてるよ。

 ま、でもいい点ばかりじゃないけどねー。

 一年間耐性が付く代わりに、飲んだら一日中全身の毛穴から液体が出るんだよ」


「そりゃご遠慮願いたい……」


 独特な感じだな。


 景色は静かで、落ち着くのに、店や通行人は盛り上がっている。

 心地いいな……嫌いじゃないリズムだ。木々のおかげか、空気も美味しい気がする。


 この街は桜の木を中心に円形に展開されている。街には段差があり、外に向かうだけ降りていく。つまりは桜に向かうほど階段を上がっていくわけだ。桜付近の層は最下層から見上げると首が痛くなるほど高い。


 オレは最下層から桜に向かって百歩ほど上がり、その層をグルリと周る。

 最下層と違い、静かだ。家が並んでいる。恐らく層によって建物の種類を統一しているんだろうな。

 さっきまで居た層が商店街ならここは住宅街か。


「ところで君はどんな用事でこの街に来たの?

 偶然流れ着いただけ?」


「いいや、ちゃんとここを目指して来たぜ。

 ある人物を探していてな」


「だれだれ? わたし、この街の人のことなら大体知ってるから力になれるかも。

 名前は?」


「実は名前が書かれた手紙はバッグの中で、そのバッグは流されちまってな」


 しくった。

 手紙を貰った時にチラッと見たぐらいで、ちゃんと爺さんの孫娘の名前確認してなかったんだよなぁ……探す時に見ればいいやと思って、完全に放置していた。


「手がかりはどこぞの魔術学院にかよってる、ってぐらいでな」

「学院に!?

 だったら本当に名前さえわかれば力になれるのに……わたし、前は帝都の魔術学院に通ってたし、今はマザーパンクの魔術学院に通ってるから……」

「お前、魔術師なのか?」

「君もでしょ?」

「なぜわかる?」

「赤い魔力を微量、常に纏ってるからね~。

 魔術師は無自覚に体を最低限魔力で守ってるんだよ」


 言われてみれば……。

 完全に無意識だったな。


「あともう少しだよ」


 木造りの住宅が並ぶ。

 どれもこれも装飾に金属をほとんど使っておらず、花や木、貝殻などの自然物で家を飾っている。


「とーちゃく」


 その中でも一際ひときわ素朴な家、扉にリースを飾った家の前で銀髪の少女は立ち止まった。表札には“フライハイト”と書いてある。



「ここが私の家だよ」



 二階建ての家だ。

 銀髪の少女は扉を引いて開ける。鍵を外す過程が見えなかった。不用心だな。


「いまタオル持ってくるから待っててね!」

「おお。さんきゅ」


 扉が閉まる。オレは扉に背を向けて腰を地面につけた。


「どーすっかなぁ……」


 胡坐をかいて、頬杖をつく。


 なんとなく、空を見上げる。

 太陽の陽ざしが花の隙間を縫って街に降り注いでいる。

 落ち着くなぁ……このまま眠りたくなる。冒険はじめから中々ぶっ飛んだ展開の数々だったから、ここらで一度スローペースに――


「どうしたの? ぼーっとしちゃって」

「おわっ!?」


 背後から耳元で囁かれ、オレは思わず飛び退いた。

 彼女はクスッと小悪魔のように笑い、白いタオルを差し出して来た。


「落ち着くよねー、この街。私ね、この街大好きなの。

 だからよく遊びに来るんだ」


 銀髪の少女は玄関前に座り、街の景色を眺める。

 オレはタオルで体を拭きながら、彼女の隣に座った。


「実家は別か?」

「うん。ここは別荘。

 おじいちゃんが建ててくれたんだ……。

 毎年、この時期になるとね、おじいちゃんと二人で遊びに来て――」


 どこか寂し気に、彼女は笑う。


「じゃ、お前のおじいちゃんもこの街に来てるのか?」


「今年は……今年はわたし一人だよ。

 おじいちゃんは、その……いま忙しいから」


 彼女は暗く落ち込んだ顔をすぐさま立て直し、立ち上がった。


「家に入ろう。

 ごはん御馳走するからさ」


「手作りだと、

 嬉しさ百倍だな」


「もちろん、手作りですとも!」


 オレは水滴が垂れない程度に服と体を拭き、家に上がった。

 家に上がると男物のシャツとズボンを渡されたから、玄関で着替えて居間へ向かった。



 ――――――――――

【あとがき】

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