第二十話 死のトライアングル

 “獅”と書かれた札が赤く光り、内から青き長槍を吐き出す。

 オレは槍を右手に取り、後ろに引いた。


「――ッ!

 の、び、ろ!!!」


 赤と緑の魔力を槍に込め、槍を伸ばす。

 獅鉄槍は緑の魔力を込めると柄が伸び、赤の魔力を込めれば強度を維持できる。

 強く伸びた槍の矛先が屍帝の剣を持つ手、生身の右手を側面から貫いた。


 赤い血が舞い、骨の剣が地面に落ちる。


「む?

 不届きな者が居るな……」


 骨の王様は眉一つ動かさず、オレをチラリと見た。

 ゾ……と、背筋に冷気が走る。


 やっぱり、他の周りにいる魔物どもとは比べ物にならない化物だ。

 オレは奴に警戒を向けながら、草陰から一歩前に出る。


「なんだよ大将、結局こうすんじゃねぇか!」

「シールッ!」


 嬉しそうな顔でこっちを見る馬鹿二人。

 まったく、状況がわかってるのか? コイツらは。



――しかし、なんだ……迷いが消えた分、体が軽いな。



「オレがあの女の子をここまで投げ飛ばす。

 お前らは女の子を受け取ったら南部の海辺で待っていてくれ!」

「女子を助けた後、お前はどうすんだ?」

「魔物を引き付けたあと逃げるよ」


 オレは高台から滑り落ちる。


「な、なにか策はあるんですか!」


 イグナシオの心配そうな声。

 オレは苦笑いする。


「ねぇよ! アドリブで作るさ!」


 赤い魔力を脚に固め、地面に座り込む女の子へ向かって全速で走り出す。

 前を塞ぐ雑魚の群れ。オレは獅鉄槍で魔物どもをなぎ倒し、女の子を右腕で抱える。


「あっ……あっ……!」

「喋るな! 舌噛むぞ!」


 一回転助走をつけて女の子を高台に居るカーズのとこまで投げ飛ばす。

 カーズが女の子をキャッチしたのを見て、オレは自分の生存に集中する。


――警戒すべきは三体。


 人魔のなりかけ、馬の怪物。仮に悪魔馬オロボスとでも名付けようか。

 緑色の体毛に身を包み、立ち上がれば森から顔が出るほどの巨人、髭巨人トロール

 そんで、恐らくはこの島の親玉、屍帝。


 一番警戒すべきは間違いなく骨の奴。だが奴はオレを目の前にして、呑気に玉座に座りやがった。


「よいぞ。余は手を出さん。

 足掻いて見せろ、生物イキモノ


「そりゃ、助かるな……」


 殺意・圧力が消えた。マジで手を出さないつもりだな。


 お言葉に甘えて、二体に警戒を絞る。

 悪魔馬オロボスはまだオレに狙いを定めていない。“髭巨人トロール”は……


「おっと……!」


 巨大な丸い影が地面に映る。

 上を見上げると、“髭巨人トロール”が足を上げ、オレを踏みつけようとしていた。


「冗談キツイな!」


  “髭巨人トロール”は足を踏み下ろす。

 オレは寸前で走り抜け、躱すが、同時に悪魔馬オロボスが緑の粒子を溜めてこちらを捕捉していた。


「まずい。いや……」


 閃く勝機名案

 オレはこの集落の地形を思い出し、方角をへ合わせる。


 空気がうねる。

 悪魔馬オロボスが作り出した緑の粒子が突風へと変わる。規模が以前に見た時より遥かに大きい。オレはタイミングを合わせて大きく右に跳ねた。


 駆け抜ける突風。

 突風は風の刃となってオレの背後にあった小屋に激突する。そう……小鬼が荷物を運んでいた小屋に。

 あの風の威力なら小屋の中にある物体は全てビリビリに破けている。つまり、アシュが封印された札も破壊されたはずだ。もし本当にあの小屋にオレの荷物があったならばな。


「アシュゥッ!!!!

 魔物に囲まれてる大ピンチ!

 助けてくれぇ!!!!」


 頭に思い浮かんだ単語を文脈を無視して並べる。

 髭巨人トロールが腕を振り上げた。その時、オレは視線を髭巨人トロールに集中させた。


――ひゅいん。と風が抜ける音がした。


 悪魔馬オロボスが想定よりも早く、次の風魔術を作り出していた。


「しまっ――」


 オレは反射的に赤の魔力で全身を固める。

 風が肌と服を裂く。ダメージは薄い、すぐさま立て直そうとしたところでオレは足を骨の腕に掴まれていることに気づいた。


 オレは屍帝の方に目を向ける。奴は右手を前に出し、黄色のオーラを醸し出していた。


、手を出さんと言った……」


「クソ野郎が……!」


 手の槍で骨を冷静に処理する。



「ふん。ここまでのようだな」



 ぐおん。と大気が狂う音が聞こえた。

 気づいたら、目の前に巨大な緑色の拳が迫っていた。




――詰んだ。




 もう防御は間に合わない。

 無謀だった。

 無茶だった。

 ここで、オレの人生ノートは幕を閉じるのか。



「――」



 一秒、二秒、三秒。

 オレが諦めてから三秒経過。まだオレの息がある。


「ほう?」


 骨野郎の感心したかのような声が聞こえた。

 オレはうっすらと瞼を開く。すると裸の少女の背中が見えた。


「アシュ……か?」


 オレが問うと、イライラした声が返事する。



「アシュじゃない――シュラよ!!!」



 オレは目をはっきりと見開き、正面を見る。

 巨大な拳を、小柄な少女が両手で止めている。茶色の長髪を振り乱しながら……


「解封して、すぐに変身したのか……」

「アンタ……!

 あとで絶対ボコすから! 山ほど文句がある!

 でもまずはコイツが先よ! ――うらぁ!!!」


 シュラが髭巨人トロールの拳を地面に流す。

 そのままシュラは髭巨人トロールの右腕を駆け、拳に魔力を溜める。背景が歪むほどの赤い魔力が収束する。


 シュラは緋色に輝く右こぶしを髭巨人トロールの顔面目掛けて振るった。



「見下ろすな木偶の棒!!!」



 ゴォオン! と地鳴りに似た音が響く。

 シュラに顔面を殴られた髭巨人トロールはその衝撃に耐えきれず、背中から森林に倒れこんだ。


 いやぁ、シュラ姐さん、さすがです。

 オレが女だったら絶対惚れてたな。


 シュラはオレのすぐ前に着地する。


「一挙前進せよ」


 屍帝の命令で一斉に襲いかかってくる魔物の群れ。

 オレとシュラは魔物の軍勢の最前列を処理した後、距離を取った。


「逃げるわよ! さすがに多すぎる!」

「わかった。じゃあオレに抱き着いてくれ! シュラ!」


 オレは両腕を広げる。


「了解!

――はぁ!? 何言ってんの!!?」


 シュラが頬を染めてジト―ッとオレを睨んできた。


「いいから、作戦がある!」

「で、でも!

 い、いま私恰好が……裸だし……」

「時間がない! はやくしてくれ!」


 シュラは「あぁもう!」とオレの胸にダイブした。


 シュラを抱きしめ、

 オレは獅鉄槍の石突(柄の頭)を斜めに地面に向ける。


「シュラ!

 ありったけの赤魔をこの槍に込めてくれ!」

「まったく……わかったわよ!」


 シュラが右手でオレの肩を掴み、左手で槍を握る。

 オレはシュラを抱えながらシュラより矛に近い部分の柄を握る。


『せーのっ!』


 オレはガムシャラに緑の魔力を槍に込める。ここでもう緑魔は使い切っていい覚悟だ。

 同時にシュラが赤い魔力を槍に込める。


 伸ばす位置は石突の付近、そうすれば矛の近くを掴んでいるオレたちは押し上げられるはずだ。

 獅鉄槍を貰った店の時と違い、緑魔と青魔に集中できる分、オレは効率よく魔力を込めることができた。地面に押し当てた槍が伸び、ぐおんと衝撃が全身を伝う。


「うおおおおおおおおっっ!!?」

「きゃあああああああああっ!!?」


――島が、小さく見えた。


 一気に島の東側にある海の上空まで飛んだ。先ほどまで自分達が居た場所が遠く見える。こんな時に言うのもあれだが、綺麗な景色だ。緑の大地を包み込む大自然の青。風も気持ちが良い。


 想像以上、想像以上に伸びた。

 オレ一人じゃ魔力操作の難易度的にこんな芸当はできなかっただろう。


「シール! 魔物が伸びた槍の柄を登って来るわ!」

「それなら問題なしだ!」


 槍の石突から駆け上がる小型魔物たち。

 オレは空札を取り出す。


「――“封印close”」


 槍が札に封印され、足場を無くした小型魔物と――オレとシュラは落下する。


「ぬおおおおおおおおおっ!!? 

 これ、結局オレ死なないか!!?」


 すぐ正面に迫る青い海。

 オレは海へ飛び込もうと赤の魔力で体を強化するが、シュラはそんな気はなかったようで、オレの首根っこを掴んで空中で着地位置を調整・島の東海岸沿いの砂浜へ着地した。


 シュラは両脚で着地、襟を引っ張られていたオレは背中から着地した。


「いっでぇ!?」


 視界が埋まるほどの砂煙。

 オレは砂浜へ打ち付けられた痛みでのたうちまわる。


「なんで海じゃなくて砂浜に!?」

「馬鹿ね。海の中だって魔物は居るのよ。

 それに、アンタの札が濡れて使えなくなったらどうするの?」

「あ、確かに」


 シュラが優しくオレの背中をさする。


「大丈夫? まだ痛い?」

「いや、砂がクッションになったおかげでそこまでじゃない。

 魔力で体も保護したしな」

「そ。よかった。

――じゃあ一発殴るわね」

「へ?」


 一瞬、腹に穴が空いたかと思った。

 それほどの威力のナックルがオレの腹部を直撃した。

 背中の痛みなんて比じゃない。今度はのたうち回ることすらできない。


「気づいたら裸で魔物の大群に囲まれていた女の子の気持ちわかる?

 ねぇ、わかる!?」

「ご、ごめんなさい……」


 オレは頭を下げたあと、外套をシュラに貸した。



 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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