第2話 愚者共の宴
「ここです! 警備員さん、早く!」
真夏の深夜、月明かりだけが射す高校の校舎内に、女の子の悲痛な叫びが響き渡る。
叫びを上げた茶髪レイヤーボブの女の子を先頭に、大きな懐中電灯を持った警備員が教室に駆け入った。そのまま、教室の端に設置された大きな掃除用具入れのロッカーの前に駆けつけるふたり。女の子は汗だくで、着ているスカイブールのTシャツが汗に濡れ、黒っぽく色が変わってしまっていた。
「南京錠を切断するから下がって!」
ロッカーは南京錠で施錠されていた。
金ノコで南京錠の切断を試みる警備員。
「よし、切れた!」
警備員を押し退けるように、女の子が慌ててロッカーの扉を開けた。
その瞬間、現実とは思えない光景が目の前に広がる。
中からクラスメイトの男子が転がり出てきたのだ。
男子は全裸で、顔や身体の至るところに彼を侮辱する下品な言葉が無数にマジックで書かれていた。
「江口くん! 江口くん!」
女の子の呼び掛けに応じない男子。
熱中症とそれによる脱水症状で意識が無くなっていた。
「救急車を呼んでください! 早く!」
「わかった! キミも呼び掛けを続けるんだ! もしもし、救急車を至急お願いします! 場所は……」
警備員はスマートフォンで通報しつつ、救急車を迎えるために慌てて校門へと走っていった。
女の子は着ているTシャツを脱ぎ、意識の無い男子の腰を隠すようにかけた。
「江口くん! しっかりして! 江口くん!」
上半身下着姿のまま、声を震わせて呼び掛けを続ける女の子。
彼女・
引っ込み思案な性格を直したいと、思い切って茶髪で高校デビュー。目立つような色の茶髪ではないが、奈々にとっては清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちで髪を染めたのだ。
しかし、中学時代の彼女を知るクラスメイトは、そんな奈々を恰好のイジメのターゲットにした。
クラスの中で村八分にされ、かろうじて入れてもらったクラスのグループチャットでも、奈々の投稿に反応する者はいない。さらに、イジメのリーダー格の女子からは、茶髪が生意気だと暴力を振るわれることも多々あった。
「なぁ、もういい加減にしろよ」
それを止めてくれたのが、秀一だった。
誰もが奈々の存在やイジメを無視する中、秀一だけが声を上げたのだ。
この時から奈々へのイジメが止まる。
助かった――
奈々は心から安堵した。
――しかしそれは、彼へのイジメの始まりでもあった。
今度は秀一が村八分になったのだ。そして、イジメのリーダー格だった女子の取り巻きの男子たちが暴力を振るう場面を見ることが増えていった。
夏休みに入る直前、秀一はクラスメイトたちが大勢いる教室で無理やりズボンと下着を脱がされた。大笑いするイジメグループに、他のクラスメイトたちは、ただ気の毒そうに目をそらすことしかできなかった。
そして奈々も、股間を隠しながら涙を浮かべる秀一に何もしてやれなかったのだ。
(私は……卑怯者だ……)
またイジメられることが怖くて何もできない自分の不甲斐なさに、奈々はただただ自らを深く恥じた。
そんな中、学校は一学期を終えて夏休みに入る。
イジメグループと顔を合わせることのない長期の休みに、奈々の心も少し落ち着きを取り戻した。
そしてこの日の深夜、クラスのグループチャットにこんな投稿があった。
『江口くんのお母さんからウチに連絡があった。行方不明らしい』
驚く奈々。
『あぁ、アイツなら今お仕置き中だぜ』
『アイツ、生意気な態度を崩さないからね』
『今頃真っ暗な中で反省してるんじゃない?』
イジメグループの投稿に、奈々はもう黙っていることができず、その怒りを爆発させた。
『江口くんは今どこ』
『オマエ、また昔みたいに可愛がってほしいの?』
『オレっちと夏の思い出作っちゃう?』
『気持ち良くしてあげちゃうよぉ~♪』
『熱中症』
『は? 何いってんの?』
『オマエみたいなブスでも相手してやるよ』
『パンツ脱いでウチ来いw』
『この猛暑、どこかに閉じ込めていたら間違いなく死ぬわよ』
イジメグループからの投稿が止まる。
『もう一度聞く。江口くんは今どこ』
反応のないイジメグループ
『これが最後。答えなければ警察に通報する』
『江口くんは今どこ』
『教室の掃除用具入れ』
奈々は慌てて学校へと向かい、秀一を救出したのだ。
「江口くん! やだ、お願い! 返事して! 江口くん!」
遠くから救急車のサイレンが聞こえる。
奈々は秀一の手を握りながら、ただ彼の名前を呼び続けた。
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