第43話 侵攻

 俺とイレーンは城壁の上からその時を待っていた。


 有象無象の魔族は後ろの校舎群で引き受け、全身鉄の魔族は城壁付近で俺たちが戦う。そういう手筈になっていた。この国の現状を思えば正しい判断だろう。恐怖に陥って門前の橋を落とさないのもいい。落としたところで魔術でどうとでも対処できるから、逃げ道として残しておいた方がマシだ。


「俺は目の前の敵に手一杯だ。横から襲われても自分でなんとかしろよ」


 俺は手にした剣を眺めながら、隣に立つイレーンに言った。イレーンはイレーンで随分前に俺が渡した短剣を小さく動かしながら、魔術を使う手順を確認している。


「分かってる。全力で魔術を使えばいいんでしょ?」


「ちゃんと当てろよ」


「任せて」


 イレーンはまだまだ魔術については未熟だ。魔力こそアホみたいに多いから威力も高いけど、魔力効率は悪くて魔術の発動にも時間が掛かる。それまでの時間を稼ぐのが俺の役目だ。


 かなり厳しい戦いになるだろう。


 ここまでの戦いで魔術を使ったせいで、全身鉄の魔族相手に魔術を使う余裕はほとんどない。口にしてはいないけど、イレーンの魔力暴走まで限界寸前だ。もはや生身と言ってもいい状態でどれだけ時間を稼げるのか。


「……俺は強い」


 誰にも聞こえない声量で呟いた。魔術が使えないからなんだ。戦いの経験値は圧倒的に多い。全身鉄の魔族だって過去に何度も戦った。魔術が使えなかろうが、時間稼ぎぐらいならなんてことはない。


 風に音が乗っていた。


「来たな」


 町並みから魔族が沸いてくる。少しずつ少しずつ、一体二体と音もなく姿を現し、それぞれが学院に向かってくる。数は二十を超え、三十、四十、五十の手前で膨張は終わった。


 少数の魔族が雑然と迫ってくる。迫力なんて欠片もない。それなのに、学院は陥落しかけている。


 これがこの国の現状だ。もはや物見台としてしか役に立っていない城壁に立つ見張りは、その程度の数に膝を振るわせ腰を抜かしている。それでもなんとか鐘を鳴らして襲撃を知らせると、傍にいる俺とイレーンに眼もくれずに尖塔に転がり込んだ。


 俺は胸壁の上に立った。向かってくる魔族の中に飛べる奴はいない。地上で活動する奴らを選抜したんだろうか。最後方では日差しに黒光りして目立っている奴がいる。のんびりと二足歩行する人型のそいつは、飛びぬけて強いという全身鉄の魔族だ。


 俺は魔族の群れを指差した。


「眼を逸らすな。時間なんていくらでも掛けていいから最大の魔術を使えよ」


 何も言わず、イレーンは目を瞑る。


 まずは集中から。魔術を使う初歩の初歩だ。冷静になり、使う魔術を思い浮かべる。それからそれぞれの発動手順を行い、ようやく魔術の発動となる。


 訓練すればなんてことない工程も、今のイレーンの実力ならどれほど時間が掛かるのか。遠くにいた魔族が徐々に近づき、先頭が俺たちの真下を潜っていく。それでもまだ、イレーンは目を閉じて規則的な呼吸を繰り返していた。


 イレーンの魔術が間に合えば、全身鉄の魔族は倒せる。しかし間に合わなければ俺は死ぬ。


 全てはイレーン次第だ。


「俺はいくぞ」


 拾っていた石を、全身鉄の魔族に投げつけた。見事命中、俺に視線が向く。俺はそいつに剣先を向け、大げさな笑みを浮かべて挑発した。


 それで、そいつの足が止まった。前を行く魔族たちと距離が開いていく。


 俺は前に飛んだ。同時に岩の腕を作り、城壁から飛び降りながら全身鉄の魔族を殴った。鈍い音が鳴る。当然無傷だ。全身鉄の魔族とその他の間に着地する。


 これで完璧に魔力暴走限界だ。魔術を使える余裕はない。武器も剣一振り、鎧は意味がないから着ていない。


 全身鉄の魔族の黒光りする躰が痙攣し、表面が小さく波打っている。大きさも形も人間とそう変わらない。ただ、そのほとんどは鉄だ。重さは比較にならず、魔術によって人の限界を超えた速度で動ける。幸いなのは、他に魔術を使えないことぐらいか。


 一発でも当たれば致命傷だ。だからこそ、防戦一方は死あるのみ。

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