第14話 姉
イジメなんて可愛いものじゃない、か。
ヘンリクに助けられて以来、俺への嫌がらせは綺麗さっぱりなくなった。しかしその分、イレーンの被害が増していた。ただえさえ膨大な魔力を持て余して面倒な立場にいるのに、隣でつらっと授業を聞いているイレーンはまたどんな厄介事に巻き込まれたのやら。
「着いてきてくれない?」
イレーンの声で我に返り、ようやく授業が終わったことに気付いた。というか一日も終わりかけて夕方だ。退屈な授業に出るようになってからというもの、時間の進みが早く感じられてしょうがない。
「用なら一人で足せよ」
「……早く来なさい。お呼びよ」
心なしかイレーンは気怠そうな表情をしていた。その手には一通の手紙が握られている。
「それは?」
「姉からよ」
兄弟なんていたのか。いや、王族だからいて当然か。俺だって何人も兄弟はいるし、れっきとした王族なら十数人はいてもおかしくない。
「今までずっと断ってきたんだけど、しつこいから会いに行く。あなたも呼ばれてるから来なさい」
面白そうだから着いていった。イレーンの姉貴か。知り合いの親兄弟の姿を想像すると笑えてくるのはなんでだろう。階段をどんどん上がり、最上階の廊下を進んでいく。
「姉貴ってのはどんな奴なんだ?」
「さあ? 会ったことないから」
魔力暴走の危険から、イレーンは小さな頃から軟禁生活を送っている。兄弟といえそんな危ないイレーンとの面会が許されるわけもない。姉妹とはいえ面識がないのは当然か。
「名前はアンドレア。一つ上の腹違いの姉。知ってるのはそれだけよ」
突き当りの教室の前に、二人の生徒が門番のように立っていた。言葉を交わさずとも扉が開かれ、俺たちは空き教室に招かれる。
お茶会の準備がしてあった。
白で統一された机と椅子に茶器、それに菓子もある。そこに俺たちと同じぐらいの年頃の女が座り、同じく同世代の男が多分従者として控えている。
「初めまして、イレーン」
その女は腹違いの姉妹にしてもイレーンとはあまり似ていなかった。
イレーンが実際の歳より上に見えるのはとは逆に、姉のアンドレアは俺たちと同じか少し年下に見える。それは雰囲気や態度が違うのもあるだろうけど、そもそも幼く見える顔の作りをしている。その上髪も伸ばしているから等身大の人形みたいだ。
「レヴェンテも初めまして。イレーンの姉のアンドレアです。さあ、二人とも座って」
用意された席は俺たちの人数分だ。隣同士に並べられているけど、傍から見ている方が面白そうだ。素直に受け入れたイレーンをよそに、俺は椅子を掴んで離れた位置に座った。
「姉妹水入らずってな」
二人して俺を見てきて、しかし言及してこないのは確かに姉妹だ。でもむすっとしているイレーンとは反対に、アンドレアは人懐っこい笑みを浮かべた。
「わたし、ずっとあなたに会いたかったの。初めてあなたのことを知ったずっと小さな頃からね。でも、魔力暴走で危ないからと会わせてもくれなかった」
イレーンが控えた従者の男をちらと見たんだろう。アンドレアが微笑んで手の平で従者を指し示した。
「この人はわたしの従者だから大丈夫よ。今日の為にわたしの我儘を聞いて飲み物を用意してくれたの。気に入ってくれるといいんだけど」
目配せすると、従者が茶器を手にして用意されたそれを注ぎ始めた。見たこともない黒い液体だ。泥水を煮濾したものだろうか。そういえばあんな血の色をした魔族がいたような気がする。
「コーヒーという飲み物は知っている? 最近南の方で流行っているらしいの。苦いから合う合わないはあると思うけど、わたしが気に入ったのだからあなたも気に入ると思って」
アンドレアとイレーンの前にカップが置かれ、ご丁寧に俺にまで皿付きで渡してくる。見れば見るほど旨そうには見えない。泥水だって茶色なのに、これは真っ黒だ。俺は初めてイレーンの従者という立場に感謝して、コーヒーなる飲み物を従者に突き返した。
「従者が飲み食いするのはな。遠慮するよ」
「あら残念」
言葉とは裏腹にアンドレアは楽しげだ。そのままイレーンに目を向け、期待するような眼差しを注ぐ。観念したようにイレーンはコーヒーの入ったカップを手にして、飲んだかも分からないほど一瞬だけ口を付けた。
「とても美味しいです、殿下」
アンドレアの眉尻が下がった。
「殿下なんて……姉妹でしょう? アンドレアでもお姉さまでも、それこそお姉ちゃんと呼んでもいいのよ」
「そういうわけにはいきません、殿下。今の私はオロシュハーザ・イレーンです。殿下とは何の関係もない下級生をお呼びになるのは今後よした方がいいかと」
「表向きはそうでも、イレーン、あなたがわたしの妹である事実は変わらないのよ。今まで人らしい生活を送れていなかったあなたが、フェイェールの一族の力でわたしと同じ学院に通えるようになったの。今までできなかった分、姉として世話を焼かせてちょうだい」
いい奴じゃねーか。学院長があんな感じで頼りにならない分、余計に血の繋がった理解者がいるのは心強い、筈なのに、イレーンの態度は俺に向けるものよりも素っ気なかった。
「必要ありません。何故私が立場を隠しているのかご理解ください」
「そんな!」
アンドレアは慌てて立ち上がり、机の上の菓子をイレーンに寄せる。
「ほら、どれもこれも美味しいのよ。学院で困ったことはない? この時期の一年生は色々と大変でしょう?」
問答無用でイレーンが立ち上がった。
「レヴェンテ、帰るわよ」
「先どーぞ、俺菓子食いたいから」
冗談なのに殺意を感じるぐらい睨まれた。何がそんなに気に入らないのか。仕方なしに俺も腰を上げ、イレーンをなんとかして止めてくれと視線を送ってくるアンドレアから目を逸らす。
「無関係な私たちがこれ以上同じ場所にいると、人払いをしていてもいらぬ疑いを持たれます。では殿下、失礼します」
臣下みたいに礼をして、イレーンは踵を返した。
「困ったことがあったら何でも相談してくださいね、イレーン。すぐに助けに行きますから」
俺たちはアンドレアの声を背中に受けながら教室を後にした。階段を下りて門番にも声が届かないだろうと判断して、イレーンに話しかける。
「イジメのことは言わなくて良かったのか? 言えばやめさせてくれたろ」
「言うわけないでしょ」
イレーンの不可解な態度は、反抗期や恥ずかしさからってわけでもなさそうだ。事情は分からないけど友達でもない俺が任務外のことに首を突っ込むつもりはない。
イジメと一緒で、大変だな、の一言で終わりだ。
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