第6話 森の異変

 空を移動していくラオさんを見送った後、少しの間ベガの食事姿を眺めていると、家の前に若い男の人がやってきた。

「あんた誰だ?ここはラオさんの家のはずだが…」

「俺はバックです。ライとミラに案内されてこの家にお世話になっています」

「バックって、ウルフの群れを倒したって人かい?門番のゼスさんから聞いたよ」

「多分俺のことですね」

「ウルフを倒すなんてやるじゃないか」

 こんな通りすがりの人が知っているなんて、俺のうわさが広まっているってことなのか。ベガのこともあるしあまり目立ちたくないんだけど。


「おっと、大事な用を忘れてた。すまんが家からラオさんを呼んでくれないか?」

「ラオさんなら、今さっき森を見てくるといって出ていきましたよ」

 その男は何やら焦っているようだった。何かあったのだろうか。

「それは本当か?まいったな」

「何かあったんですか?」

 「それが…」といった後、男は少し迷ってから話し始めた。

「今朝森で狩りをしていたやつらがさっき戻ってきてな。遅かったんで訳を聞いたら、森に動物が全くいないんだと。こんなことここ数年でも聞いたことなかったんで、ここの防衛責任者のラオさんに報告しに来たってわけだ」

 防衛責任者って、ラオさん結構偉い人だったのか。というか今の話、さっきラオさんが心配していた内容と繋がるな。

「この村の近くにウルフが出たのも何か関係がありそうですね」

「ああ、そうかもな。とにかく、ラオさんが帰ってきたら今の話を伝えておいてくれないか」

 わかりましたと返事をすると、その男はまた道を走っていった。きっとほかの偉い人達に今の話をしに行くんだろう


 この村の周りは草木も豊富だし、木の実もたくさんあった。野生動物がすみにくい環境ではないはずだ。それなのに動物が全くいないなんて、何か嫌な予感がする。

「まずいですね」

 食事を終えて寝ていたベガが、急にしゃべりだした。

「今の話、聞いてたの?」

「はい、先ほどバックさんが打ち倒したウルフの群れも、普段村の周りにはいないという話でしたよね?」

「そうだけど」

「そしてそれ以外の動物も、狩人が見つけられなかった。考えられるのは、絶対に見つからないところに身を隠しているか、この森から逃げ出したかの二つです」

「逃げ出すって、ウルフから?」

「いや、ウルフもほかのなにかからこの森へ逃げてきたと考える方が自然でしょう。ということは、ウルフが群れになってもかなわない何かがこの村に近づいてきているかもしれません」

 ベガが話し終えたところで、村の上空にラオさんの姿が現れた。その顔色は出ていく時と全く違う様子だ。

「バックさん、大変なことが起こった。一度家の中に入って話を聞いてくれ」

 よくないことが起きているのはなんとなくわかった。ベガの予想が的中してしまったのかもしれない。そんなことを考えながら急いで家の中に入っていく。


「ティタノベアを見たんだ」

 俺は初めて聞いた名前だったが、ラオさん一家の空気がピンと張りつめたのを感じた。

「あの…、ティタノベアって何ですか?」

「とてつもなく大きい熊です。すさまじい力と速さ、そして鋭い爪と牙で獲物を捕らえ、どんな生き物でも自分の餌にしてしまうといわれています。本当はこの村よりずっとずっと北に生息しているはずなんだが…」

 とてつもなく大きい熊か。熊は俺の村の周りにもいたけれど、動きが素早いうえに銃弾一発で倒すのはかなり難しく、狩りの対象になることは少なかった。それが、とてつもなく大きいだなんて、俺の大きな銃でも弾が貫通するかわからないじゃないか。そう考えている間に、その場の全員に向かってラオさんが話を続ける。

「幸い、あいつがこの村に到着するまで三日はかかりそうだ。その間に撃退する方法を考えよう。そうしないと、この村が壊滅してしまう」


 その日の晩御飯に、ラオさんは現れなかった。きっと村の人たちと相談をしているのだろう。

 晩御飯の後、ベガの世話をするといって庭に出て、ベガに聞いた話を伝えた。ベガはやはりといった様子で少し考えた後、家の中に聞こえないよう小さな声で話し出した。

「バックさん、魔法適正検査の結果はどうだったんですか?」

「え?ああ、強化する魔法は結構得意みたいだよ。それ以外はからきしだったけど」

「そうですか…。ではこれから三日間、強化する魔法を練習してください」

「三日間って、それでどうにかなるもんなの?」

「どうにかしなければティタノベアは倒せません。タウロスの頭を打ちぬいたあの銃も、強化しなければ致命傷を与えることすらできないと思います」

「その練習、私にも手伝わせてください」

 突然聞こえた背後からの声に、俺とベガは思わず振り向く。顔を見合わせたベガは「しまった」という顔をしていた。聞こえてきたその声の主はミラだった。

「やっぱりその子、人の言葉がわかるんだ。きっと魔法も使えるんですよね」

「ミラ、どうして…」

「体から少しだけ魔力が漏れてるのを感じたんだ。大丈夫、ほかの人にはこのことは絶対言わないから。その代わり、私にも魔法の使い方を教えてほしいんです」


 ミラの決意は固いようだ。ベガはかなり悩んだ後、魔法を教えることを了承した。そして明日の朝、リラさんとライが農場に行った後から練習を始めることになった。

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