なかのひとびと

@tsutanai_kouta

第1話


何故そう思ったのか憶えてないが、小学校低学年くらい頃、両親は表皮のみの空洞だと信じ込んでいた。


だから、ある夜、両親が寝ついた後、母親のまぶたを持ち上げ、指を差し込んでみた。すると指は、するっと何の感触も無いまま深く入った。


次に父親の口を開き、握り拳を入れてみたら同様に深く入った。


試しに父の胸のあたりを強く押してみたら、空気の漏れてる浮き輪みたいに、ぺしゃんこになった。



──という記憶があるのだが、もちろん、そんなことはある訳なく、子供の頃の想像を脳が記憶だと誤認しているのだろう。

誰にでも多かれ少なかれあることだと思う。


親との仲は良好で、今日も帰省するところだ。


   * * * *


私は靴を脱ぎながら「ただいま」と声をかけた。だが、返事はない。

居間に入ると誰もおらず、風呂場からお湯を流す音が聞こえた。

父か母が入浴中のようだが…。

私は仏間の襖を開きながら「ただいま」と声をかけたが、仏間も無人だった。


そこで両親が一緒にお風呂に入っている可能性に思いが至り、思わず苦笑してしまった。年甲斐としがいもないと言えばいいのか、仲睦なかむつまじいと言えばいいのか─。


部屋を出ようとした時、壁にかけられた二着のスキューバダイビングのスーツが目に入った。一瞬、両親が新しい趣味を始めたのかと思ったが、すぐに違うと気づいた。

何故ならそれはスキューバのスーツなどではなく、両親の“表皮”だったからだ。


その時、浴室のドアが開く音がした。

私は足音をたてないようにして玄関まで戻り、そのまま屋外に逃げ出してしまった。


しばらくの間、夜の住宅街を歩き回り頭を冷やす。そして、あの人型のスーツには何か現実的な理由があるという結論に達した。


再び実家に戻り、今にも帰省したという体で玄関を開けた。今度は「ただいま」の声に母の「おかえり」という声が応える。


私は母にうながされるまま、炬燵こたつに入った。

左右に両親が座り、私の正面にあるテレビを見ている。


…なんだろう、この違和感は。

何故、2人とも無言なんだろう。

何より2人の首回りの奇妙なしわ、皮膚のたるみは何だ? 逆に額やこめかみの妙な皮膚の張りは…。


まるで全身スーツを慌てて着込んだせいで肉体とフィットしてないような…。


両親が静かに顔の向きを変え、向き合った。ともに無言だが、視線を感じる。


両親は向き合ったまま、眼球だけは私の方を向いていた。まるで何かを探るように…。


   * * * *


──という記憶があるのだが、直後の記憶はない。私の記憶は独り暮らしのアパートに戻ったところからしかないんだ。


その後、たまに電話はするけど実家には帰ってない。


あと、結婚を考えてた彼女がいたけど別れた。両親と引き合わせるのが怖い…というのも一因だけど、それよりも私の後頭部から背中、お尻まで細いぬいい目のような、ジッパーのようなものがあるって気がついたんだ。


もしも、もしもを開けたら、中から「何が」出てくると思う…?





  ─了─

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