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「……昨日、魔物の話をしたのは覚えてる?」

 唐突に観念したリベルに、リーシェは一瞬間を置いて答えた。

「ん……確か、魔王が居なくなったから魔物も減った……って話だったかしら」

「そう。魔物が蔓延ってた時代はそれはそれで良かったんだ……あ、危険って意味では勿論見かけなくなって良かったんだろうけどね。でも、魔に対抗する道具屋をとして立ち上げたこの店としては……そっちのほうが良く売れた」

 自然と腕組みをしながら、リベルは淡々と語り始める。

 さて、この興味津々な彼女を鎮めるためには何処まで話せばいいものだろうか。

「昨日、君に見せた薬草なんかはまだ日常にも使えるから良いんだ。でも、アレの売れ行きだってたかが知れてる……それだけじゃ、とても店をやっていくのは難しかったんだ」

「でも、お店はちゃんとやってる……」

 話に耳を傾けていたリーシェは、机の上で組んだ両腕の上に小さな顔を置いてポツリと呟いた。

「確かに、魔物は見なくなった」

 そう言いながら、リベルは徐に席を立ち上がった。

「だけど、争いが消えることはない」

「どういうこと?」

 陽の光がほとんど差し込まないこの倉庫の中でも、更にジメッとするような部屋の隅へリベルは歩を進める。

 健康的とは言い難い白い肌に影を覆わせながらある一点を目指しているように、リーシェには見えた。

「魔物が居た頃は、何処の国も個々の思想の違いはあっても、表向きには手を取り合って協力してた。その『共通の敵』がいなくなったらどうなると思う?」

 リベルは目の前の何も置かれていない道具棚にそっと手を添えた。

 少し力を込めただけで簡単に横にスライドする。

 恐らく、リーシェのような細身の腕でも場所さえ判れば容易な事だ。

「皆が平和ボケ?」

 きょとんとした声音で問い返すリーシェに、リベルは苦笑する。

「違うよ。その逆だ」

 そして、少年の手は目の前の壁に見せかけた押し扉を古めかしい音と共に開いてみせた。

 その瞬間に、リーシェは確かに感じたのだ。

 扉の向こうから流れてくる何重にも重なるような酷く冷たい空気。

 そこから数メートルは離れているだろうに、まるで巨大な冷凍庫が解き放たれたかのような重圧感。

 身体の表面よりも心臓を鷲掴みにされるような感触に、リーシェは自分も気付かぬ内に額から一筋の汗を流した。

 扉の先に続く闇に向かって、リベルは眉をひそめながらその中を見据えた。

「魔物がいない世界になったら、今度は人間同士が戦いを始めた。自身を脅かす存在が無くなった瞬間に、標的は個人の敵や他国の領土に変わっていったんだ」

 一歩、二歩と少年は部屋の中へ慎重に踏み入りながら、言葉を続ける。

「しかもただの争いじゃない。表向きは魔物達との交戦で疲弊して、復興に力を注ぐ献身的な国々である必要もあった。表面上は手を取り合っている訳だから、そんな事を大々的に起こせば各国の反抗、ひいては自国が滅ぼされかねないからね……出来るだけ静かに事を運ぶ必要が有った。例えば不幸な事故だったり、あるいは急な病、大小の災害だったり」

「そんな事……じゃあその中に在る物って……?」

 半身だけを後ろに向けて、少年はリーシェを促すように立ち止まった。

 本来なら立ち入れるべきではないのだろう。

 しかし、散々迷った挙句に少年はたった一つの小さく純粋な答えに行き着いてしまったのだ。

 彼女に隠し事はしたくなかった。

 それだけの、単純な理由で少年はリーシェにこう告げた。

「呪いだよ」

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