シェイプデザイアオンライン〜無口な少女とおしゃべり魔剣の物語〜
キクル
無口な少女とおしゃべり魔剣
「……今日はここまで!」
吹奏楽部の練習が終わり帰路に着く少女、音野レミは軽くため息をつくと少し遠回りをして一人で昇降口の方へと向かう。
仲良さげに談笑する同級生や先輩達の声から逃げるよに足早に昇降口へと向かう少女の表情は少し苦しそうにも見える。
昔から無口で友達の少ない少女だが高校に入ってからは人との関わりを余計に避けるようになっていたのもあり一緒に放課後を過ごす友達もいないようだ。
「おーいレミ〜ちょっと待つにゃー!」
そんな少女にも例外はある。
少し離れた位置から声をかけてきた猫耳のカチューシャをつけた少女の名前はミケ、小学生の頃からの友達でこの学校におけるレミの唯一の友達だ。
部活の終了時間の関係で一緒に帰る事はまず無いのだが今日は用事でもあるのかレミを待っていたようだ。
「……?」
何の用かと首をかしげるレミの元に駆け寄ってきたミケはどこか楽しげに鞄からゲーム雑誌を取り出し付箋のついたページを開く。
「これにゃー!」
ミケが指差したところには"シェイプデザイアオンライン"というゲームが載っている。
シェイプデザイアオンライン、それは願いが叶うRPG。
全NPCにAIが搭載されたこのVRMMORPGはβ版の頃からその自由性とデザイアウェポンという独自の武器が話題になったゲームだ。
レミはβ版をやっていないので詳しく知っているわけではないがかなり面白そうだと前から注目していた。
「……!」
「レミの事だから発売日が今日なのを忘れてると思ってにゃー念のため知らせに来たんだにゃー! せっかくだから今から一緒に買いに行こうと」
ミケが最後まで言い終わる前に走り出したレミは体育ですら見せない全力疾走で昇降口まで駆け抜けていく。
これもレミに友達が少ない原因の一つだが自分の興味のある事に関しては人の話を聴き終える前に行動することが度々ある。
「ちょっと待ってにゃ〜!……いっちゃったにゃ」
完全に置いてかれてしまったミケはレミの元気そうな姿を見て安心したようにほっと胸を撫で下ろした。
「いらっしゃいませ!」
ゲーム屋に入ったレミは急いでお目当てのゲームの元へ向かう。
発売前から注目されていたゲームなのでもうほとんど無くなっていたがなんとか最後の1つを手に入れレジに向かう。
「ありがとうこざいましたー!」
かなりご機嫌な様子でゲーム屋から出るとレミはさっきまでの沈んだ気持ちと打って変わり無意識のうちにスキップをするぐらいご機嫌な様子で家に帰っていった。
ガチャリという音を立てて家の扉を開ける。
「おかえり〜」
「……ただいま」
かなり小さい声で返事をするとレミは自分の部屋に向かった。
息苦しさを覚える制服を脱ぎ、着慣れた部屋着に着替えゲームを机の上に置きリビングに向かう。
「そろそろご飯になるから待っててね〜」
正直一刻も早くゲームをやりたいレミだが母の機嫌を損ねて面倒な事になるのは嫌なので大人しくリビングで待つようだ。
夕飯までの時間特にやることもないレミは適当にテレビのチャンネルを回すとちょうどシェイプデザイアオンラインの特集がやっていた。
「さていよいよ今日発売となりました今話題のVRMMORPGシェイプデザイアオンライン! 今日はそんなシェイプデザイアオンライン通称SDOを開発したグリードの社長、夢野薫さんにお越しいただきました。」
「どうもこんにちは! 株式会社グリードの社長を務めさせていただいている夢野です、今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします! それでは早速ですがこのゲームの魅力についてお聞きしたいのですが」
「そうですねーやはり全NPCにAIを導入したこと、と言いたいところですが私としてはAIを搭載し人の欲望によって姿を変えるデザイアウェポンが最大の魅力ですね〜」
「ほー人の欲望によって姿を変える武器ですか! 具体的にはどういう風に変えるんでしょうか?」
「そうですねー例えば」
「次は明日のお天気になります」
「ご飯できたわよ!」
いつのまにか夕飯の準備を終えた母にテレビのチャンネルを変えられてしまった、どうやら余程テレビに集中していて気がつかなかったようだ。
「……いただきます」
夕飯をささっと食べ終えそのままの流れでお風呂と歯磨きを終わらせたレミは早くゲームを始めようと部屋に戻った。
「………あの子いつもはもう少しのんびりしてるのに今日は早いわね……」
そんないつもと違う娘に少し困惑した母だったがすぐにテレビに集中して忘れるのだった。
ゲームソフトをセットし、ヘッドギア型のゲーム機の電源を入れてゲームを起動する。
このゲーム機もグリードが発売したもので少し前に売られていた別のゲームを遊ぶ時に買ったものだ。
すぐさまゲーム内にダイブさせられると初期設定を入力する画面になった。
[個人データを入れてください]
言われるがまま個人データを入れる。
名前[音野レミ]
年齢[16歳]
性別[女性]
連絡用メールアドレス[○○○○○○○]
[基本データの確認がすみました次はゲーム内データを入力してください]
ゲーム内の音声が流れると目の前に様々な設定項目が出現した。
見た目、種族、など様々な項目が出る中1番最後に謎の項目が出ていた。
デザイア……どうやらこの欄には自分が叶えたい願いやなりたい自分などを簡単な文章で書くようだ。
とりあえずデザイア以外のカテゴリーを埋めたもののデザイアの欄を埋めない事にはゲームを開始することができないようだ。
何を書くかしばらく悩む、そこまで叶えたい願望がある訳でもなく、そもそもどんなものを書けばいいかわからない。
しばらく悩んだ末、どうせゲームなら現実とは違いよく喋る人になりたいと思ったレミは今の[無口な自分と反対によく喋る自分になりたい]と書いた。
確認ボタンを押すと周りが急に光に包まれ明るくなりたまらず目を閉じた。
しばらくして光が収まり少しずつ目を開けていくと目の前に大きな鏡が見えた。
目の前にある鏡を覗き込むとそこにはネコミミの少女が写っていた。
髪の色は好きな藍色で瞳は深い青色。
髪は現実ではロングだがこっちの世界ではショートにした。
体格はほぼ現実と同じにしたのでフルダイブ型のこのゲームでも違和感なく動けそうだ。
少し体を動かしてみると手にはいつのまにか剣が握られてる事に気づいた。
あまりにも手に馴染みすぎて初めから自分の体の一部だったかのように感じたのか一切の違和感なく手に収まる剣。
赤と黒を基調として所々金色の装飾が施された剣……自分の好きな色とは真逆の色合いとあまり好みではない派手な装飾……どうやら武器のデザインまで好みと反対のものになっているようだ。
「……そんなに見つめないでくださいよー!」
しばらく見つめていると突然剣が喋り出した。
突然のことで状況を把握できていないのか無表情のまま硬直したレミはずっと剣を見つめている。
「あれ? もしかして聞こえてない? もしもーし! 聞こえてますかー? あなたの剣ですよー!」
必死にレミに呼びかける剣の声で我に返ったレミは多分バグか何かだろうと喋る剣を無視して次の項目に進む。
どれもゲームの音量バランスなど後からでも設定できるものだが後で変更するのが面倒なのか今のうちに終わらせようと黙々と入力していく。
「……なんか聞こえてはいるっぽいけど無視してますね? まぁいいですよ! 私はそんなことで怒ったりしませんから! 心の広い魔剣ですからね私!」
ゲームの音量調整によって声の大きさの変わる魔剣。
よく喋るNPCみたいな魔剣だと思いながらも早くゲームを始めたいレミはようやく最後の項目にたどり着いた。
「最後は陣営の選択ですね! このゲームは3つの陣営があってですね!」
このチュートリアルを説明するNPCの音声が剣から出るバグなんだろうと思いながら説明を聞き始めた。
「一応言っておきますけどバグじゃないですからね? ま,そんな事はともかくこの世界には魔王陣営、王国陣営、そして中立陣営! こんな感じで分かれているんです! 基本的にできることは変わらないんですけど、どこの陣営に所属するかでイベントが変わったり、受けられるサービスなどが変わったりするんですよー! ちなみに私のオススメはもちろん魔王です!」
魔剣のオススメは無視して中立を選択したレミ。
のんびり自分のペースで進めたいレミは中立が1番合うと判断したようだ。
「中立ですか! 私のオススメガン無視!? ……まぁ後から陣営の変更もできますし慣れるまでは中立でもいいかもしれないですね〜」
全ての項目が埋まり最終確認を終えると再び光に包まれる。
光が全て消え去って、徐々に目が慣れてくる。
ゆっくりと目を開けると穏やかな自然に囲まれたどこかの村の中にいた。
周りをキョロキョロと見回すレミは予想より遥かに綺麗な景色に少しテンションが上がっているのか目を輝かせているようだ。
「ここは中立を選択した人が初めに訪れる村、ハクムの村ですね! 特にこれといった特徴はありませんが冒険をするのに必要な設備は全部揃ってますよー! やっとあなたと私の冒険が始まりますね!」
勝手に冒険の始まりを告げる魔剣。
そんな剣を片手にレミの冒険が始まるのだった。
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