深黒の死

影冬樹

第一話

 人々が行き交うモールのカフェテリアで、二人の女は携帯を弄っていた。互いに手を取り合える距離に座っているとしても、二人が互いを見ることはなかった。


 瞼は少し細められ、下を見ていた。頭は先程から同じ角度で維持され、今は感じないとしても肩に確実に負担がかかっていた。目は固定されたかのように、手元の携帯の画面を見ていた。終始、目は携帯のライトだけに照らされ、画面の瞳に反射していた。


 どのような情報を眺めても、表情が変わることはなかった。淡々と面白いかも分からない物を眺めては、次に指でスワイプしていた。その繰り返しを先程から何度も行っていた。


 目の前には冷えたポテトがトレイに置かれていた。紙の入れ物からトレイに出され、無様に辺りに散らばっていた。塩だけが付いた裸の状態で放置されていた。


 眼鏡をかけた女は、気にせずに一本取っては口を付けた。


 しなった歪な形に捻れたポテトが、女の歯で二つに切断された。尖った刃ではないため、ポテトは押し潰されるように千切れた。ポテトの頭から胴体が、ぼとりと女の口の中に落ちた。


 女は咀嚼しながら、ポテトの上半身の血と肉を口の中で混ぜた。音を立てながら、ポテトの残骸と唾が一つにされた。胴体から足までのポテトの下半身を戻すと、油と塩で汚れた手を紙で適当に触った。そのまま携帯を触ったが、本人には見えなくとも携帯は更に汚れた。既に携帯は女の鼻糞や目糞、指の油、埃、菌がこびり付いていた。


「ねぇ、あの噂聞いた?」


 女は微量な唾を飛ばしながら、もう一人に聞いた。カロリーの高いお菓子や脂分の物の食べ過ぎで、頬に大きなニキビが出来ていた。言われた女は下を見たまま頷いた。


「聞いた。推していた英雄がまさか、致死性の高い毒を持っていたなんて。もう推すの辞めようかな。やっぱり英雄もただの汚い人で草」


 と、目の奥を輝かせると、下品に歯を見せながらゲラゲラと笑った。


 英雄。


 それは特殊能力をある日出現された特殊な人達だった。全国でも限られた人数しかおらず、治安を守るために活動していた。


 そんな英雄の一人が違法な毒を所持していた、と週刊誌でスクープされていた。連日それの報道が続いていた。いつまでも英雄とチヤホヤされていた男が、今は大炎上していた。


 ニキビ女は汚れた手で顔を拭ってから、髪を梳いた。顔に付いていた乾いた涎の欠片が指に付き、女の髪に付着した。ニキビ女は携帯に視線を落とすと、推していた英雄のSNSアカウントを眺めた。


 もう見る意味もない赤の他人の自己満足だけで映り、気持ち悪かった。英雄として常に笑顔を浮かべていたが、どの道一般人のことをどこか馬鹿にしているのだった。


 口笛を一度吹いてからフォロー解除のボタンを押した。その一瞬で女は身も心も軽くなった。そのまま喉を描き切る動作を手でした。


「はい、死ね。最初からお前のこと好きじゃなかったし。英雄って良いよな。どうせお国に大切に担がれて、何の罰も受けないのだろ」


 ポテトを三本取った眼鏡女は大きく口を開け、ポテトをミンチにした。唇に付いた大量の油が照明に照らされていた。口角を上げながら冷えたポテトを味わうと、喉を鳴らした。指に付いた塩を舌で舐めた。


 その汚れた手で炭酸飲料を飲むと、ゲップを小さくした。どうせ誰にも聞かれていないから気にしなかった。口元を拭うと目前のニキビ女に口を開いた。


「そんなに怒るなよ。短気かよ。……それよりも聞いた? 男の幽霊が現れる幽霊スポットが近くにあるらしい」


 と、次の話題に話を変えた。


 眼鏡女はニキビ女を睨んでから、男の幽霊の話を聞くことにした。


 二人の女は男の幽霊の話に熱中し、炎上した英雄の話はもう過去のこととなっていた。


 面白くない人の話は、ゴミ箱に捨てられ続けた。そして、二度と日の目を見ることがなかった。ゴミと判断された物が、宝物に成り代わることはないからだった。

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