第10話 治安護兵
「――さま、旦那様!!!」
脳内へ貫く声と共に私は意識を取り戻した。どうやら思い耽っている間に寝てしまったらしい。
お腹には圧力をかけられたような力強さを感じ、体はベッドが軋むほど横に揺れていた。
「おはよ〜、もーりす」
ベッドから状態を起こして立ち上がろうとした。
だけど昨日の長丁場がよっぽど鈍った身体には堪えたのだろう。痛みと重みがどっと下に押し寄せ、身体のバランスを崩した。
モーリスに寄り掛かるも、二人仲良く転倒してしまった。
「大丈夫!? モーリス! 怪我は!?」
これしきのことで怪我をする訳ないと思っているが、それでも心配になるのが……仲間というものだ。
下敷きになったモーリスは
「旦那様♡もっとこっちですよ〜」
何事もなく私の体を力強く引っ張った。
「モ、モーリス!? 一体何を」
「慌てない慌てない。今は二人っきりなんですから、ゆっくりと愛を確かめましょうね」
その時の彼女はこの世界で初めて会ったときと同じ、獲物を見つけたサキュバスのような顔だった。
―――
同時刻――ステーキ工場跡
瓦礫の山とかしているステーキ工場に少女が一人、積まれた瓦礫をブーツで踏みつけていた。
「なるほど。そういうこと」
指をパチンと鳴らすと、工場の跡は全て白い光りに包まれ消えていった。
三角帽子のつばをゆっくりとなぞり、卓越した自身の頭脳をフル回転させる。
天誅をくださねばならない。かの暴君に、かの大逆者に。
「処刑執行は私のお仕事ですからね。お仕事といきましょうか」
―――
時刻はおそらくお昼くらい。私とモーリスは並んで座り、向かいには昨日捕まえたスピルバーグを座らせている。
自分たちと同じ国の住人がいた事は強力なヒントになる。洗いざらい聞いて、祖国に帰る準備をしなければ。
「ス〜ピ〜ル〜。お前はどうしてあんな事をした」
モーリスは怒っていた。かつてないほど怒っていた。
「ぼ、僕はテア様に絶対の忠誠を誓ったんだ! だから何があっても口は裂かない」
「そんなこと言ってんじゃねえんだよ」
尋問官のような態度、獣のような声、番人のような机叩き。どれをとっても怖いのに、三重コンボは関係ない私でも泣きそうになる。
「なんでウチと旦那様の愛を邪魔したがって聞いてんだ!!!」
そっちだって分かっていたけど、それは違うと思うよ。
あの後、目覚めたスピルバーグの早口妄想談義によって開放されたので、私は安どに浸り、モーリスはドス黒いオーラに包まれた。
あのときの怯えきった顔はきっと忘れる言葉できないだろう。世の絶望を全て目の当たりにしたような顔だった。
「お二方の受け攻めや、強引な愛を与えるモーリスさんと抵抗しながらも身を委ねる
オルフェの肉草カップリンクに私の心が燃えないわけないでしょ!!!」
すごい、早口かつ無呼吸で捲したてるから何一つわからなかった。
モーリスは呆けたような表情を浮かべていたが、おそらく私も同じ顔をしていたと思う。
もう一度机を叩いて無理やり本題に戻す。
「そういうことを聞きたいんじゃなくてな!」
「まぁまぁ、どうやって此処に来たか聞くのか最初だからね」
怒りの方向が定まっていなかった、顔を見るだけで何を言いたいのかが分かった。
「話を戻そう。お前はなぜここに居る」
ようやく話が前に進むことになる。覚悟を決めなければならない、聞きたくないが聞かなければならない。
もしも真相がわかれば、私は祖国へ帰らなければならない。
スピルバーグの顔をクッと見ながら、話に耳を傾けた。
「ボクにも分からないから言えな〜い」
「よし、目を潰れ。頭蓋骨を粉々にしてやるから」
机に身を乗り出して迫ろうとするので体を張って落ち着かせた。血気盛んなのは彼女にとっては良い部分なのに勿体無い……
スピルバーグは怯えているけど、庇う余地はないとは言わないでおこう。
「分からないってことだけは分かったからいいんじゃない?」
「旦那様は甘すぎですよ。こういう奴は殴って頭のネジを正常に戻さないと」
「いやぁ……そうなのかもしれないけどね」
なんで私は今同調した!? そんなこと思っているわけがないのに、モーリスに嫌われたくない一心で出任せを……! あぁ、壊したい。こんな自分を燃やしてやりたい。
「じゃあテアだ、テアの事くらい分かるだろ。誰だテアって」
私もテア何て名前は聞いたことがない。まぁ偽名だと思うがそれでも初めましてだ。
国内で結成されている組織の全て――組織の名前・人数・員の名前・拠点など――が国の管理下に置かれている。申請されていない組織や秘密結社は、勧誘以外の行為をすれば
即時に壊滅させられた。
「テア様をご存じないとは……これだから非国民は」
スピルバーグ、あなた反省したはずだよね。
「旦那様」
「しっぺくらいならいいよ」
もうここまでくれば仕方がない、一度くらい発散させたら物語もスムーズに進むと思う。
争いは好まないけど目の前の障壁がびくともしないなら壊すしか他あるまい。
私の宣言にモーリスは待ってましたと言わんばかりに殴りかかった。
バリン‼ バキバキッ!!!
壮大な音と共に家の扉が、壁が、屋根が壊れて辺りに破片が飛び散った。
舞い散る砂埃が目に入って前が見えない!
何が起こったかは把握できないけど、絶対良からぬことだというのは、経験則で分かる。
「ここにいたか! 独裁者オルフェ、貴様には脱獄の容疑も加算され……グフォッ⁉」
「何、え、うおっ、誰だお前?」
何が起きた⁉
砂埃が収まったためゆっくりと目の前に転がっている顛末を見てみると、モーリスが全く違う人間に馬乗りしていた。
それよりも驚いたのは、三人暮らしで丁度良かった小屋に、同じ服装を羽織った人間が十人もいたことだ。
「軍曹、大丈夫ですか⁉」
軍曹は返事をしなかった。馬乗りの戦闘狂に――おそらくだが、スピルバーグに浴びせるつもりだった鉄拳――やられたんだろう。
「誰だお前ら、名を名乗らぬか無礼者!」
モーリスの問いに軍服一座はフフッと不敵な笑みを浮かべる。
「我々は治安護兵。陛下が理想とする潔白の世界を作りだすため、貴様ら二人をとっ捕まえに来た、いわば正義の味方だ」
治安護兵……その忌々しい名前は忘れようにも忘れられない。
もう一度隊のほうに目を配ると、モーリスが一人の首もとに刃物を突きつけ、動きを静止させていた。
「動けば命はねぇぞ」
「モーリス! 刃をおろしてー」
ええ? と私の方を一瞥するけど、そいつ等はただの軍人じゃない。
革命と謳いながら私を支持していた人を無差別に殺害し、噂では若い女性を孕ませたらしい。
私は革命が起きるのは諸行だと悟っていたが、その中でも治安護兵だけは鎮めるように指示したほど。
護兵の一人が私に気を取られていたモーリスの腕を掴み、力強く自分たちの方へ押し倒した。
「元軍長とはいえ恋で弛んでんじゃねぇか。俺がチェックしてやるよ」
彼女のお腹になんの躊躇もなく鉄拳を振りかざす。
「ふごっ⁉」
「モーリス‼」
間髪なく何度も、何度も重そうな拳を腹部に振り下ろす。彼女はもう声が出せていない。
「反逆者には死を‼」
反逆者? それは単に貴様らの考えとそぐわなかっただけではないか。
もう一発食らわせようとする拳が振りかぶられたとき、頭よりも先に体が動いていた。
――アルゴート‼
特定の相手に人体発火を喰らわせるかなり強力な魔法だ。
馬乗り兵の右腕が一瞬にして燃えると、数秒の間を置いてのたうち回った。
周りの兵達も火を避けるように距離を取っていく。チャンスはここしかなかった。
目の前の机のなんて避けてる余裕もない、上に飛び乗って彼女の下へ。
「モーリス、モーリス‼」
「……旦那様、早く逃げてください」
何事もないように立ち上がるが、足元がおぼつかない。無理もない、幾ら強いとはいえ、体格差や力強さで男と女には大きな差がある。
彼女は男性に腕っぷしで勝ったことがある姿は何度もみたことがあるが、その分受けた傷の量も深さも知っている。
――カラヴェラ
モーリスが唱えた魔法は痛みを和らげる魔法だ。
ここがややこしい。治癒魔法は傷を治すことが出来るが、痛みは取り除くことはできない。
「殺してやる、ぶち殺してやる」
どうやらモーリスはリベンジをする気だがこれはまずい。本当にこのままいくと殺されてしまうかもしれない。
いつものように姿勢を低くする戦闘態勢を取った、モーリスの腕を掴んで護兵とは明後日の方向へと走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます