二十一話 特訓

「……俺にか?」

「は、はい。剣での戦い方を教えて欲しくて」

「それならミズアの方が適任だと思うが」


 周囲の景色は夜闇に溶けていて、僕達の声だけが静寂な空気を震わせていた。空には多くの星が瞬いていて、一番目立つのは満月みたいな青白い天体。温かな光を放っている。


「……特訓だとしてとアオに剣を向けられそうにないんです。色々あって」


 クママさんと同じだ。大事な人で罪の意識がある相手に思いきりぶつかることはできなくて。


「そうか。じゃあ一応聞くんだが、どうして鍛えて欲しいんだ?」

「ギュララさんに強さを感じて貰えれば話せると思ったからです。しかも、弱いと思われてるから多少強さのハードルは下がっているかもしれないじゃないですか」


 完全に希望的観測ではあるけれど、僕の能力的にはそう信じなければ行動できない。


「それに、アオも桃奈さんも多分やりたがらないと思うので。林原さんはどうですか?」

「俺も乗り気じゃないな。当事者に深入りする気はない」


 どうやら林原さんは結構放任的なスタンスみたいだ。


「じゃあ深入りする僕には……」

「いや、あくまで俺のスタンスだからな。君の意思も尊重する。だから、鍛錬に付き合う」

「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」


 林原さんとはまだ会っばかりだけど、桃奈さんの言う優しい人と評する理由が良くわかった。それと、何となく頼りやすい雰囲気もあって。


「礼はいい。俺としても良い機会だと思ったからな」

「良い機会?」

「……気にするな。それよりも、今日はもう遅い。早く寝て早速明日から始めるぞ」


 少し気になる言葉があるものの今は気にせずに、僕は努力するための覚悟を決めつつ、家に戻った。


*

 

 それから彼との特訓する日々が始まった。クママさんのことの合間に集中して行うことに。強くなることはまだ林原さんにしか言っていなかった。

 まず、最初の三日は剣の素振りをしたり、彼に木刀を手渡して剣の使い方や足の運びなんかを見せてもらい真似したりした。個人的にもランニングをしたり筋トレだったりの量と種類も増やし、体作りにも積極的に行った。

 だけど、体育でしか動かしてなかった身体はすぐに筋肉痛になってしまい、四日目の朝に起きるともう動けそうになかった。時間が惜しくて、どうにかしたいと林原さんに伝えると、桃奈さんとアオを連れてきてくれる。どうやら目的は伝えることはせず、協力を仰いでくれたみたいで。


「ソラくんに頼まれたし、あの時に手伝うって言っちゃったから、しょーがなく手伝ってあげるわ。感謝してよね」

「もちろん、私も全力で協力するよ。少しでも強くなれるように頑張ろう〜!」


 クママさんの方が停滞していることもあり、二人は快く引き受けてくれた。

 それでまずは、桃奈さんに回復魔法をかけてもらって筋肉の修復能力を強化してもらい、一時間で痛みがほとんど無くなっていて動けるようになってから、アオと一緒に体作りのトレーニングをすることに。

 それで手始めに村の中を軽いペースでランニングをする。朝は新鮮な空気が満ちていて気持ちが良かった。


「筋トレよりも先に走ると効果的なんだよ。私も、こっちに来てから師匠とこんな感じで特訓したんだ〜」

「はぁ……はぁ……そ、そうなんだ」

「最近は一人で走ってたからユウと一緒で嬉しいよ。これから毎日頑張ろうね」

「……は、はい」


 軽いペースではあるものの三十分も走ると、喋る余裕は無くて。でもアオは綺麗なフォームでい続けて、呼吸もほとんど乱れてなかった。

 走り終えてからは、昼までクママさんのことについて作戦会議をして、その後に昼食を取り少し間を置いて筋トレをする。


「私がお手本を見せるから真似してやってね」


 僕はアオが作ってくれたメニューをこなす。特殊な器具とかは用いず基本的な腕立てや腹筋、スクワットなどを行った。多くの量をこなすのかと思ったけど、大体一セット三十回をそれぞれ一回行うだけで。


「師匠に教えて貰ったけど重要なのは量じゃなくて質なんだって。それとやり続けることも。だから、無理な回数とかしなくていいんだよ〜」

「じゃあ、昨日まではちょっとやり過ぎてたかな……」


 僕はアオに色々な事を教えてもらいながら取りんだ。


「ミズちゃんと二人きりなんてズルい! あたしもやるわ」

 スクワットをしている途中、桃奈さんが乱入してきて隣で同じくやり出す。三十回スクワットを終えると、汗だくで足にも凄い疲労が溜まって立ているのがやっとだった。


「終わった……」

「お疲れ様〜。よく頑張りました!」


 アオとだと安心して取り組める。それに、楽しそうに教えてくれるから苦しくても元気が貰えて、これからも長く続けられそうだった。


「ミズちゃん、あたしも褒めて」

「よしよし、偉いよ〜」

「えへへ……」


 桃奈さんはアオに頭を撫でられて、とろけきった表情になる。ちなみに、桃奈さんは五回やった辺りでリタイアしている。一応、僕よりも能力は高いはずなのだけど。

 夕方になる頃からは、林原さんとの剣の訓練となる。クママの家の裏の空き地で、初日からやってきたことを続けつつ、四日目からは実践形式で剣を振るった。僕がロストソードでを使い、林原さんは木刀を用いて。


「踏み込みが甘いな。それともう少し腰を落として、剣も腕だけじゃなく全身を使って振り下ろせ」

「わ、わかりました」


 僕は何度もロストソードを彼に向かって振るった。刃は林原さんに当たることはなく、回避されるか木刀で防がれ続けた。


「ふっ、最初よりは良くなってきている」

「あ、ありがとうございます」

「だが、まだ遠慮があるな。戦いではその遠慮が命取りだ。実践で練習以上のものは出ない。もっと俺を殺すという勢いでこい」


 やはり林原さんに頼んで良かった。冷静かつ熱量持ち的確に指南してくれる。そして何よりアオとだと全力でぶつかれなかっただろう。


「あたしのソラくんを傷つけたら許さないんだからねー!」


 少し離れた所で見ていた桃奈さんからそんな野次が飛んでくる。そっちを見ると、凄い睨まれていた。


「プレッシャーが凄い」

「平常心を保つ訓練だと思ってやろう……」


 林原さんも若干呆れ気味だ。ただ、命のやり取りだとそれ以上の圧があるだろうから、良い練習にはなりそうだ。


「行きますっ!」


 僕はそんな中、ロストソードを握る右手に力を込めて腰を低く落とす。そして地面を蹴って一気に間合いを詰め、全身をしならせて斜め上から斬り下ろした。


「良いぞもっとだ」


 木刀で防がれると、今までよりも強い衝撃が手に伝わる。それに怯まず何度も何度も剣を振るい続けた。


「はっ!」

「あっ……」


 僕が真っ直ぐロストソードを振り下ろすと、林原さんは下から上に木刀を斬り上げ、真っ向からぶつかる。凄い力でロストソードを弾き飛ばされてしまった。


「流石、ソラくんね!」


 熱狂的な観客は歓声を上げて立ち上がり拍手をしだす。


「今日はここまでにしよう」

「はい、ありがとうございました」

「能力は微妙かもしれないが、戦いのセンスはありそうだ。これからも頑張ろう」

「はい!」


 褒められると疲れきった身体が軽くなる。さらにまた明日への活力にもなった。


「むぅ、ソラくんに褒められてる……ズルい」


 ただ桃奈さんの嫉妬の視線は、軽くなった身体に重りとしてのしかかってきた。

 相当な運動量なので夕食も多めに取ることになる。そして、食後のデザートとしてクママさんに頼んでストロングベリーを食べた。ストロングベリーは単純に力が上昇するだけでなく、運動効果も向上させるというスーパーフードらしく、味も酸味と甘味がバランス良くて沢山食べられる美味しさだった。

 そして寝る前には、桃奈さんにロストソードによる特訓でできた怪我の治癒や回復魔法をかけてもらい体の修復能力を高めてもらう。


「結構本気だったのね。驚いちゃったわ」


 僕が使っている部屋で桃奈さんに回復魔法をかけてもらっていると、そう話しかけてくれる。魔法は目元のハートから出ていて、片目を瞑って放っている。


「あんな能力しているのに不貞腐れないで一生懸命に頑張ってて、少し見直したわ」

「桃奈さん……」

「で、でも勘違いしないでね。好きにはならないから!」


 ぷいっとそっぽ向いてしまう。頬はオレンジに色づいていた。


「……終わったわよ」

「ありがとうございました。助かります」


 回復魔法を受けると血行が良くなったみたいに身体がぽかぽかして楽になる。


「あたしがこんなに協力してるんだから、強くならなきゃ承知しないからね。……それじゃおやすみ」

「お、おやすみなさい」


 桃奈さんは部屋を出ていく。一人になったので僕は部屋の電気を消してベッドに倒れ込んだ。僕が寝る時間には、林原さんはいつもこの部屋にいない。


「……強くならないと」


 皆に凄く支えられている、桃奈さんの言葉で強くそのことを認識する。そして、必ずギュララさんに強さを示せるようになろうと、覚悟を決め眠りについた。

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