二十話 意志

 食事を終えてからは村の中を散歩した。テーリオ族の人々は背の高さなどが持つ耳によって大きく違いがあり、クママさんと同じ人は女性であっても、僕と同等かそれ以上の背丈がある。反対に、うさ耳や猫耳の人はほとんどが桃奈さんと同じくらい。それに合わせて、様々な種類の家がまばらに建っている。当然お店もあり、肉屋や青果店、魚屋など生活するための店がほとんどで、娯楽施設は見当たらなかった。他にも森のガイドを頼案内してくれる人や武器を売る店、マギア店がある。マギアの品揃えを見てみると、アヤメさんの店マリアで見たようなものばかりで、ほとんどが安い物で。ただ、懐中電灯があり、結構使えそうだと感じ後で買おうと思った。

 歩き回ってからはクママさんの家で少し仮眠を取った。ここに来てからは満足な睡眠を得ていないので、すぐに意識は落ちてしまった。


*


 僕はまたアオとの記憶を夢として見た。それは小学生低学年時のこと。

 彼女は多少人見知りで受け身ではあるものの、前よりも社交的になっていて、すぐに自分を出せるようになっていた。

 そうしてお互いに友人関係が色々とできていたが、二人で遊ぶ時間が一番多かった。

 そんな関係性の中でのある日。僕は帰りの会後、仲の良い男友達四人とゲームの話をして盛り上がっていた。


「そこで壁を抜けると裏世界に入れて、レア装備とか隠しスキルとか手に入るんだ」

「優羽それマジ? やばすぎ」

「俺もそれやった、結構簡単にできたし最強スキル手に入れたよ」


 会話をしていて、僕の視界の端っこに同じくクラスのアオが何か言いたげにこちらをじっと見ていた。とりあえず、話が一段落してからと思い目の前に集中する。


「帰ってからそれやろうかな。強ボスで詰んでるんだよなー」

「俺もしたいし、後で集まってやらないか?」


 自然と遊びに行く流れになっていき、僕も同意しようとすると、後ろから右肩を叩かれる。


「アオ?」

「ちょっといいかな……」


 アオに僕が他人と会話している途中で話しかけられるのは初めてで少し困惑してしまう。


「どうしたの?」

「えっとね……その」


 彼らとは少し離れた所に連れてかれてから続きを促す。しかし、緊張しているのかもじもじするだけで。

 僕は聞く態度を崩さず話してくれるまで待った。


「き、今日……一緒に遊びたいなって」


 それが初めてアオからの遊びの誘いだった。


「パパもママも今日帰ってくるの遅くて一人なの。だから……」


 彼女から遊びに誘ってくれて凄く嬉しかった。何かもっと仲良くなれた気がして。


「いいよ、遊ぼう」


 そう約束を取り付けると、アオは無邪気な笑顔を咲かせた。


*



「……うぅ」


 意識が覚醒した時には窓からは夕日が差し込んでいた。頭は酷くぼんやりしていて、新鮮な空気を吸いたくて外に出た。


「……あっユウ!」


 クママさんの家から出たすぐそこに戻ってきたアオがいた。僕を見つけるなり駆け寄ってくる。


「アオ、大丈夫だった?」

「もちろん。だけど、グリフォドールは見つからなかったよ〜」


 残念な様子は見せず、アオはあっけらかんとしている。


「じゃあ彼はどうしようか」

「それがさ、死体がぽいって感じで道端に捨てられてたの。いらなくなったのかな。だから関係者とか調べてもらうためにイシリスの街に送ってたんだ」


 何やら色々な手続きがあったらしくて、それに手間取って、この時間にまでなったらしい。


「それで、ギュララさんの事はどうなっていたかな。まだ会っていない?」


 僕はアオに今までのことを伝えた。さらには、彼が伝えろと言った言葉も。


「えっへへ感謝されちゃった」

「いや、そこじゃないでしょ」

「わかってるよ〜」


 アオはにへらと能天気に笑う。あの中学生の時とは本当に別人になったように無邪気でいて。葵とはもう話せないのだろうか。


「彼がなんと言おうと私の考えは変わらない。お別れは仲良く笑顔じゃないときっと後悔するもん」

「アオ……」


 柔らかい声音だけどそこに絶対的な意志が入っていた。


「またどっか行っちゃったみたいだし、時間も遅いから、対策は明日に考えよう」


 それでくるっと帰ろうとしてしまう彼女を僕は止めた。


「ま、待ってアオ。ちょっと気になったマギアが売ってて、買っていいかな?」

「いいよ~お金はアヤメさんからたっくさん出てくるからね。私も買っていこっかな」


 僕達はマギア店に入り、アオとあーだこーだ話しながら商品を見る。結局僕は目的の懐中電灯を買って、アオはほとんど持っていたらしく買うことはしなかった。

 店を出てからは、僕はクママさんの家へ行きアオは桃奈さんがいる家に向かった。

 夕食まではまた寝室でゆっくりしていて、時間になるとまた林原さんにご飯を作ってもらい今回はアオと桃奈さんも一緒に騒がしくて温かい食卓を囲んだ。ただ、林原さんだけは先に食べたらしく、部屋に戻ってしまった。

 食べ終えた頃にはもう完全に夜になっていて、女子二人はギュララさんが使っていた家に帰ってしまう。途端に静かになって寂しさを感じつつ、腕立て伏せをしてから風呂に入り歯を磨いて、寝間着に着替えた。そして、部屋で眠くなるまでベッドに横になっている。


「……あれ?」


 ただ、いつまで経っても林原さんは戻ってこない。僕達が食事を終えて皆で片付けた後に彼は外に出たきりだった。

 居間で白湯を飲んでいるクママさんに林原さんの居場所を尋ねるも知らないようで。僕は何だか胸騒ぎがして、戦闘服に着替え懐中電灯を持って夜の村に飛び出した。


「……どこに?」


 村には街灯がいくつもある上に、ある程度場所は記憶したから、夜の中でも恐れず歩けた。家の裏手から探し始め村のめぼしい場所を回った。夜の村には人通りが無く闇と限られた明かりのみで、昼間とはまるで違う姿をしている。


「もしかして……外に?」


 回り終えるも見つからず女神像の前に来る。時計は十一時を指し示していた。


「……林原さん?」


 村の出口の方角から人影がこちらに歩いてくる。そして、近づくとその正体をはっきりと視認できた。


「お前は確か、新しい弱そうな奴か」

「ギュララさん……」


 彼は僕を見るなり面倒くさそうに顔をしかめる。けど、すぐに視線を上げて僕の横を抜けていってしまう。


「ま、待ってください」


 この機会を無駄にしたくなくて呼びかける。止まる気配はないけど、それでも話し続けた。


「あの、クママさんが凄く苦しんでいるんです! きっとこのまま未練を断ち切れなければ、一生苦しんでしまいます」

「……っ」


 彼は振り向くことはしないものの立ち止まってくれる。


「今仮にあなたと戦っても、きっとクママさんは力を発揮できません。それに、強さは力だけじゃないし、あなたと戦う以外にも手があるはずです」

「……はぁ」


 大きな背に向かって語りかける。けれど、手応えは感じられない。彼は一度ため息をついて、振り向いたそしてその瞬間。彼の握り拳が僕の目の前にあった。


「……何度も言うが、拳で語り合う以外に本物はない」

「……どうして」

「弱いお前に話す気は無い」


 見下ろす彼は僕をゴミのような目で見ていた。それによって、自分の無力さを痛感して悔しくて。


「あばよ」


 そう言い捨ててギュララさんは闇の中に消えていってしまった。


「日景くん、大丈夫か」

「わわ、林原さん。ここにいたんですか?」

「まぁな」


 全然気づかなかった。幽霊みたいに急に現れた感じだったし。


「あの、聞こえていましたか?」

「ああ。話は聞き入れて貰えそうにないな」

「はい……」


 どうしたものか。まずは彼としっかりと話をしたいのだけど。


「あっ……そうだ」


 弱いお前に話す気は無い、その言葉を思い出す。


「林原さんお願いがあります」

「どうした?」

「僕を鍛えて欲しいんです!」

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