2-13 巫女のゆりかご
孤児院を訪れた三人は温かく迎え入れられた。院長室に案内されるまで、子供たちの好奇の目に追いかけられる。レンドールは一人一人顔を確かめてみたが、街中で路地にたむろしていたものはひとつもなかった。
院長はクリーム色の法衣を着ていた。薄紫の切り替えに、目元を隠す白い面。面には銀糸で刺繍が施されている。
れっきとした護国司だが、孤児院は政府の管轄の外にある。
口元に相応の皺の刻まれたこの女性は、政務の他にこの仕事をしているということだ。
護国司は奉仕の精神を持つ者が多い。故に、『
簡単な挨拶を交わして、レンドールは少年窃盗団の話を切り出した。
「……そうですね。うちの『ゆりかご』からは出ておりませんが、一部に経営者を失った院もあるようで……子供たちだけ残されて、悪党に騙され、名ばかりの『ゆりかご』に入れられることもあると聞きます」
そういう所の子供たちが、あるいは、そこから抜け出した子供が、盗みで生計を立てるのだと。
「手を伸ばしても、本人の意思で拒まれることもありますので、全てを救うのはなかなか難しいことですね……」
静かに落とされるため息に、レンドールは小さく頷いた。
レンドールから小袋を奪った少年の特徴を上げてみれば、院長は少し考えてから「川向こうの町の子かもしれない」と言った。
「『ゆりかご』の子は交流があったりするのですが、そこで見かけたことはないと思います。ので、噂でしか耳にしてないのですが、最近親を亡くした少年が窃盗団に加わったとか。地元では足がつきやすいので、余所者も多いこの町にきて仕事をしているようです」
礼を言って(アロは寄付を置いていった)孤児院を後にする。リンセがしみじみと建物を振り返っていた。
「なんか気になることでも?」
レンドールの声に、リンセは小さく首を振る。
「いや。こういうとこなら、親がいなくてもまともに育つのかなって」
「働き始めてから悪い道に染まっていく人も大勢いますよ」
アロの身もふたもない言い方に、リンセは苦笑する。
「まぁな」
「リンセも親いないのか?」
「そうだな。割と早いうちに亡くしたな。レンは両親とも健在か?」
「ありがてぇことにな」
「そうか。あんまり心配かけんな?」
「んー。そうは、思ってるけど、な?」
孤児も片親もそう珍しい話ではない。村総出で育てるところもあれば、隣村に捨てに行くところもある。この国は北から南まで極端な気候の違いはないけれど、それでも南の地方の方が作物の育ちはいい。レンドールは運が良かったのだと、ちゃんと理解している。
「若者の常套句だな。おぃ。絶対手紙とか書いてないだろ」
小突かれつつ、レンドールはアロに視線を移した。アロの両親がどうなのかを訊くつもりはない。
「なあ。法衣の種類ってどのくらいあるんだ?」
田舎では護国司との接点はあまりない。『
アロもレンドールに慣れてきたのか、さらりと教えてくれた。
「下から薄橙、薄黄、薄緑、薄青、薄紫、白、白刺繍、銀刺繍、金銀刺繍ですね。白から上は面も顔全体になります。面の刺繍は銀が長の役を、白が副長の役を持っていることを表します」
へぇ、と、レンドールとリンセの声が重なった。
続けて「ラーロは副長だったんだ」と続けそうになって、レンドールは慌てて自分の口を押さえた。留守番とは、長に任せてきた、ということかもしれない。
レンドールの奇行に、それぞれ意味の違う胡乱な瞳を向けるリンセとアロに誤魔化しの笑顔を向けているうちに、三人は乗り合い獣車の待合所まで辿り着いていた。
乗り合いにしたのは、行き来の数が多いのと、移動中乗客の話に耳を傾けるためだった。
川向こうの町はムエーレという。街の西側から北にかけて大きな湖があり、東側を流れる川で物資や人を運んでいる水の町。川を上って行けば、中央都市までも一日あれば辿り着けるので、北側地域ではプラデラと人気を二分していた。
その割にあちらより落ち着いた雰囲気なのは、船の方が陸路より割高だからなのだろうか。
キョロキョロと視線が落ち着かないレンドールに、アロが後ろから冷ややかな声を浴びせる。
「初めてですか? あちこち行っているのではなかったのです?」
「俺たちは辺境を渡り歩いてたから。大きな町にはほとんど寄ってねーんだよ」
街の真ん中で突然吹き上がった噴水の柱を見上げながら、レンドールは腰に手を当てた。
「商人もだが、観光客も多いな。見るものが色々あって視線を誤魔化しやすい」
「誤魔化されてないで、探し物も見つけてくださいね」
「わかってるよ。まず、荷物を置いて来ようぜ」
宿を見つけて入る時、ふと目の端に入ったものが気になってレンドールは振り向いた。明るい茶髪の少女が白い花をカゴに入れて売っているのが見える。その足元を薄茶色の小型犬が駆け抜けていき、さらに向こうに『司』の法衣が角を曲がっていった。
(――何が気になったんだろう)
探している明るい茶髪の少年と同じ感じの髪か、動く犬か。クリーム色の法衣か、白い花が目立っただけ? レンガ造りの建物が並び、水の豊富な地域で、季節は夏に向かうところ。鮮やかな色の花々も街のいたるところで揺れている。
少し考えたけれどわからなくて、リンセに急かされたレンドールは、そのまま宿の中へと足を踏み入れた。
身軽になった三人は、まずこの町の孤児院に向かった。
子供のことは子供に聞くのが早いと思ったのだ。盗難のことは伏せて、少年を知らないか聞いて回る。すると、たまたま訪れていたパン屋の女主人が横から声をかけてきた。
「ティトのことかな? 閉鎖された川沿いの『ゆりかご』の辺りでよく見かけるようになったけど……」
「その孤児院の子だったんですか?」
「ううん。冬の間に母親を亡くしたんだけど、閉鎖は昨年の秋だったから。子供たちはそれぞれバラバラに散らばっちゃってね。時々元の家に行っちゃう子もいるみたいで、あたしもたまに見に行くんだよね。特にそこの子と仲が良かったとかはないと思うんだけど……」
「ありがとうございます。後で行ってみます」
「……あの子、何かしたの?」
「いえ。ちょっと、話を聞きたいだけなんで」
「そう……」
なんだか少し心配そうな顔をしながら、女性は自分の仕事へと戻っていった。
閉鎖された孤児院の場所や、エラリオ達の情報もないか確認してから、レンドールたちもまた街に出る。巡回の『士』にも声をかけ、地道に目撃情報を集めて確率の高そうなところに張り込めば、空が赤く染まり始める頃になってから、明るい茶髪の少年が現れた。
距離が詰まるまで身を潜めて、一気に駆け寄る。ギョッとした少年が身を翻した時にはもう、レンドールの手がその腕を掴んでいた。
「なんだよお前! この町の『士』じゃないよな? 離せよ!」
「昨日の今日で忘れたのか?」
レンドールが自分の腰のあたりをポンポンと叩くと、少年はレンドールの顔を見上げてから、彼を囲むように近づいてきたリンセとアロにも目を留めて息を飲み、青褪めた。
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