深緑の魔法少女対魔砲使い:17

 死に瀕した少女の後背から、再び植物の翼が噴出する。それは全長四メートルに到達し、左右三対の六枚の大翼が顕現する。少女の体躯が空中に飛翔、失われた右手や破壊された顔面が一瞬で再生。腰から下の下半身に毒々しい緑の植物が生え始め、螺旋円錐のような形状を象った。


「あぁぁぁあぁぁあぁあぁ……」


 少女の両瞳そのものに魔法陣が宿る。バキバキという硝子を踏み破る様な音が空間に響き、魔法少女の旋毛から二十センチ程上の空間に魔素が凝集、直径二メートルの茨冠を形成する。天輪ヘイロゥだ。


 俺の後方から、ウィルヘルムと花乃の援護術式が発動。電撃が収束した雷弾と小太陽の如き火炎球が魔法少女に牙を剥く。が、一瞬で巨大質量魔法が発動、少女の周囲の地を割って無数の巨大植物が出現。天を衝くバベルの様に反り立ち、異形の樹林を形成する。植物たちは意思を持っていると錯覚する俊敏かつ複雑な軌道で、迫り来る二つの魔弾に殺到。貫き包み込み、押し潰すことで無力化する。

 更に魔法少女の瞳が発光する。魔素が渦を巻き、寄り集まって分裂、周囲の空中に数万にも及ぶ数の樹槍が形成。超高速で射出。


「おおぉぉおおおぉぉぉ!」


 俺は叫び、思考と視線を疾らせる。演算が不要と言えど術式の維持と連続高速思考及び視認により右の結膜下から出血し、視界が紅に濁る。頬を伝う血液の粘着質な不快感と、酷くなってきた頭痛を今は無視する。

 咆哮に呼応して足元の地面や周囲の大気の組成が変わり、刀剣や斧、槍や斧が無数に具現化。飛来する樹槍を迎撃すべく、一つの大きな嵐となって飛翔。

 剣が植物に突き立ち、斧が破砕される。槍が粉々に破断され、刀が緑を切り刻む。破壊と破壊、殺意と殺意が俺と魔法少女の間の空中で激突し、お互いを噛み千切り消えていく。緑樹の殺意は一発でも撃ち漏らせば正確に俺の急所を刺し貫くだろう、こちらも絶えず創造を繰り返して迎撃する。


「あぁぁぁあああぁぁああああ!」


 少女の憎しみの咆哮が俺の耳朶を叩く。次の瞬間、俺を中心に足元に直径五メートル規模の魔法陣が展開。やべえ死ぬ。

 瞬時に足元に鋼鉄の柱を錬成、そのまま空に向けて最速で伸ばし続ける。内臓が重力に引かれる不快感。十メートルを超えた辺りで地面から魔法術式が発動、荊の蔓がより集まって姿を成した爬虫類の大顎が現れる。もはや刀剣に近い鋭利にすぎる牙列が迫り、薔薇の甘い香りが死の実感と共に俺に届けられた。


 伸長する鉄柱の頂点で俺は恒常術式を右足一本に全集中して、校舎の高さを遥かに超えて跳躍する、と同時に大顎が閉じられた。ほぼ紙一重、俺のブーツの最先端を齧り取られたが、なんとか回避には成功。しかし、不安定な足場からの右足一本での跳躍により俺は空中に投げ出され、左手足が動かない為に制動が効かない。空中で反転、頭を大地に向けたまま魔法少女と視線がぶつかった。


 魔法陣を宿したその瞳にはもはや読み取れる様な感情は浮かんではおらず、俺を殺すというその一心が彼女の体躯を稼働させている様にさえ思えた。その無機質さに若干の恐怖と、そして多分のシンパシーを覚えた。


 相手を殺さなければならない。その一心で走り続けているのは、俺たちも同じだから。立ち位置が微妙にズレあっているだけで、もしかしたら俺たち魔砲使いと彼女ら魔法少女は、根源的な部分で同一なのかも知れない。


 そして、少女の極大魔法術式が発動した。


 怪域を覆う結界を、更に彼女自身の術式で強引に上書き。条件等を全て書き換えて完全に自分に味方する空間を作り出し、俺を確殺するつもりらしい。

 彼女の頭部——天輪後部を基点とし、空間が歪み始める。稲妻を伴いつつ境界面がひび割れ、剥がれ落ちた向こう側に新たな領域が一瞬で展開されていく。


 そして領域の完全具現化を待たずして、次元の断面から数千トンの荊が噴出。俺の周囲どころか、結界内部上空全てを覆い隠すほどの質量が顕現。俺の視界は、上下左右全てが深緑に包まれる。あと十数秒もすれば怪域内部の条件自体が変更されて結界は破壊或いは消滅、完全覚醒した魔法少女が外の世界に解き放たれる事だろう。


「——わかった」


 俺は頭から落下しつつ、銃を握った右腕を少女に向ける。まだ術式が生きている以上必要のない行為だが、これは俺自身への戒めであり誓いでもある。


 今日まで、何度も何度も繰り返してきた。

 それでも、一人として同じ者などいなかった。


 可哀想な被害者を、俺の手で殺す。




「もう長くは保たねえが——鋼鉄おれのすべてで付き合ってやるよ!!」




 叫び、思考し紡ぎ続けてきた最後の一撃を解き放つ。


 直径にして一メートルに及ぶ、軽金属の装弾筒を身に纏ったタングステン合金の砲弾APFSDFが、俺の銃身の先端に顕現。轟音よりも一瞬早く射出。

 射出エネルギーを弾頭に伝えた装弾筒が三つに分割、剥離して量子分解。運動ベクトルの全てを受け取った弾頭が更に加速して飛翔。


 壁の様に世界を埋め尽くさんとする荊の大瀑布に弾頭が一瞬で着弾、無慈悲に植物組織を抉り貫いていく。更に貫かれた蔓は炎上、踊り狂う蛇の如き紅蓮が広がっていく。


 弾芯に使用したのは劣化ウラン。人間が欲を掻いた果てに到達した、狂気の副産物だ。


 常温常圧時に持っていた斜方晶構造が侵徹によって破壊され、自己先鋭化セルフシャープニング現象が起きる。ガラスの面が割れ鋭利な刃物になるのと同じ現象であり、弾頭が荊に衝突した瞬間に構造が変形。先端部分が先鋭化した構造を持ち続けるため、変形しながら高い貫通能力を発揮する。

 更に、命中時に砲弾の持つ運動エネルギーが熱エネルギーへと変換される。これは、侵徹体金属の結晶構造が変形して高温を発するから、だ。穿孔の過程で侵徹体の先端温度が一二◯◯度を越えて融解温度に到達、茨の群れを貫通した後で侵徹体の溶解した一部が微細化して撒き散らされる。

 金属ウラン成分は高温下で簡単に酸素と結びついて激しく燃焼するため、焼夷効果を発揮する。


 屡々しばしば議論に上る毒性については、勝手にカットされるだろう。重金属であるが故の科学的毒性も、天然ウランに対して約六割放出されると言われる放射能も、量子分解されて無害化する。


 だって、俺はこれで気を失うだろうから。


 ここまでに累積したダメージや、各種術式の演算で、とうに限界を迎えている。正真正銘これが最後の一発、術式の維持なんぞ出来るはずがない。もしも生きていたとして、落下や出血多量でそのまま死ぬ可能性が非常に高い。

 まあ、それはウィルヘルムと花乃に任せよう。


 風を感じながら逆さになった視界が、痛みと疲労で段々と薄暗くなっていくのがわかった。痛すぎてどこが痛いのかわからず、全身が疲労を背負っているせいで逆に均一に感じる。


 世界に侵された少女が、世界を侵さんと放った憎悪の波濤に大穴が穿たれる。そして炎が踊り、怨嗟の瀑布をその紅蓮の舌で舐め取っていく。


 意識を手放す直前、俺が最後に捉えたのは、胸から下全てを失い、血と肉と臓物を撒き散らしながら炎に飲まれていく少女の姿だった。


 悪意によって傷つけられ、何者かの悪意によって堕ちた少女を殺す為に、人類の悪意が産んだ災厄を使っちまった。

 ごめんな。




 ————暗転。



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