最高にかわいいダメ人間タイム

宙色紅葉(そらいろもみじ) 毎日投稿中

最高にかわいいダメ人間タイム

 私の彼は甘えん坊だ。

 疲労が蓄積すると普段よりもさらに甘えがちになって、身体的接触を欲し、言葉を求め、世話を焼かれたがる。

 体の大きな成人男性が照れがちに袖を引いてきて、甘え切れないまま、「察してよ!」と中途半端に要求してくる姿は可愛い以外の何ものでもない。

 微妙に要求からそれた行動を繰り返して焦らしながら甘やかし、世話を焼き、いい子いい子と頭を撫で、ついでに雄っぱいやお尻、とにかく彼のセクシーなお体を堪能する。

 優しくて穏やかで可愛らしい癒しの化身のような彼を甘やかし、庇護欲を満たし、癒すと見せかけて彼の笑顔に癒されることこそが私の趣味であり生きがいだ。

 さて、そんな愛らしさの化身である彼だが、小さな疲労が降り積もって消化しきれないまま時が過ぎた休日に、突然、

「俺、一日ダメ人間になってもいい?」

 と、問いかけてきた。

 しょぼんと項垂れている姿が可愛らしくて二つ返事で鼻息荒く了承すれば、彼は担当分の家事を放棄、というか、そもそも起床することを放棄し、毛布に入ったまま食事をとり、入浴を拒否し、ずっと私に引っ付いて甘えていた。

 もう、本当に可愛かった。

 布団の中で煎餅を齧っている時が得に可愛かった。

 膨らんだ毛布の中でバリバリって音が聞こえてくるから、チラッと布団の中を覗くと両手で丸っこい煎餅を持って齧っている姿が見えるわけだよ。

 照れ笑いを浮かべて煎餅を食べ続けたのが堪らないよね。

 巣穴で餌を食べてるハムスターみたいで、もう、もうね、心臓が止まるんじゃないかというほどキュンときたよ。

 あと、

「お風呂入った方がよくない?」

 って、聞いた時に、私の胸に顔を埋めたまま嫌々と首を振るのみで最高に可愛かった。

 汗で体をペタペタにしたまま、引っ付いて甘えてくる彼の存在が自体がご褒美でした。

 胸元に埋まっていた頭、よく嗅がせていただきました。

 本当に、ありがとうございました。

 他にも、他にも……!

 思い出すと止まらなくなっちゃうな。

 ともかく、「ダメ人間になりたい!」と、ちょっと引くくらい甘えまくったことを発端に、定期的に大変愛らしいダメ人間タイムが始まるようになった。

 このイベントが始まると彼が無口ぎみの欲しがりさんになって、ほぼ常に愛情を欲するようになる。

 頻度は一ヶ月から二ヶ月に一度と割と頻繁に訪れるが、彼の疲労の具合によって継続期間にはムラが生じる。

 残念ながら一日だけの時もあったし、一週間近いこともあった。

 平均すると三日か四日程度だ。

 甘え具合も、その時によって様々で、意外とたくさん喋る時もあれば甘えることに集中しきってしまって、ほとんど話をしなくなることもある。

 どっちも好みだが、僅差で後者が、いや、前者が……

 前者にはモジモジと甘えて照れる姿を見る楽しみがあるし、わりと余裕があるので私の方からスケベな事を仕掛けることも、意地悪をして揶揄うこともできる。

 だが、後者には静かに甘えまくる彼の姿を堪能し、かすかなボディランゲージにデレデレになり、世話焼きに徹しつつホワホワと弱った所を甘やかしまくって愛情を過剰供給する楽しみもある。

 迷うな……

 甲乙つけがたい。

 ところで最近、彼は残業続きで疲れており、前回イベントが発生したのも一か月前だ。

 ちょっと早いが、ここ数日、甘えたい素振りを見せているのも考えるに、そろそろ来るのではないだろうか。

 最高に可愛いダメ人間タイムが。

 駄目だ、ワクワクが止まらない。


 午後六時過ぎ。

 彼より早くに帰宅をすると、風呂を掃除し、料理を始めた。

 私だって正社員としてフルタイムで働いているのだから、疲れていないわけではないのだが、とんでもなく可愛らしくなっているだろう彼を想像すると、止まってはいられなかった。

 午後十一時過ぎ。

『もうすぐかな? 残業するにしても、今日は遅い方かも』

 時計を眺めて待ち遠しく思っていると、ガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえてきた。

「ただいま」

 玄関の方から、あまり覇気のない彼の声が聞こえてきた。

 だが、なかなかリビングに入って来るそぶりを見せない。

 おそらくだが、私が迎えに行くのを待っているのだろう。

 はやる心を押さえて玄関へと向かう。

 少しモサモサになった髪だろうか。

 あるいはよれたワイシャツか、どことなくシャンとしていない姿勢のせいだろうか。

 彼は全身から疲れたオーラを放出していた。

 不憫可愛い。

「おかえり、ご飯できてるよ。食べる?」

 玄関にいる彼はコクリと頷くと、両手を広げた。

 腕の中に入ればギュムッと抱き締めて頭を嗅いでくる。

 普段なら抱き締めた時に、

「疲れた~」

 とか、

「お腹空いたー! ご飯ありがとね、何作ってくれたの?」

 などと問いかけてくるのだが、今日はそれがない。

 それほどまでに疲れているのだろうか。

 しかし、疲労困憊のわりには抱きしめる力が強いし、髪に埋めた鼻先も深呼吸を繰り返していて、とにかく癒しを求めている雰囲気だ。

 おまけに欲しがりなようで、無言で私の手を掴んで揺らしている。

 抱き締め返せ! お疲れさまって言え! と、無言で主張しているのだろう。

 これはおそらく、「入った」のではなかろうか。

「お疲れ様、こんな時間まで頑張って偉かったね。可愛い、可愛い。大好きだよ。ご飯食べにリビングに行こうか」

 ギュッと抱きしめ返すと彼は私の背に回していた腕を外し、代わりにキュッと手を繋いだ。

 連れて行って、と言っているのだろう。

 私は彼をリビングのテーブルに座らせると、好き、と額にキスをし、キッチンに自分と彼の分の料理を取りに行った。

 お盆に料理を乗せてリビングに戻ってくると、彼はジャケットだけを脱いでテーブルに突っ伏し、溶けていた。

 仕方がないので空いた場所を埋めるように料理や食器を置いていく。

「お酒とお茶、どっちが良い?」

「お酒にする。ありがと」

 ここ数日間、冷蔵庫の中で眠り続けていた缶ビールに出番がやって来る。

 水滴を身に着けた缶ビールを持ってリビングに帰って来ると、彼がハンバーグを齧っていた。

「あっ……」

 同棲を始めて年単位で時間が経った私たちだが、そうやって一緒に住んでいると暗黙のルールが生まれるようになる。

 一緒に食事をする時は両方揃って「いただきます」を言うこと。

 これも、ルールの一つだった。

 破ったからとて叱ったことは無いが、彼の方は律儀に守ってくれているので気まずそうに箸をテーブルに置いた。

 齧られたハンバーグがあるのだから誤魔化しようはないのだが。

 なんだろう、哀愁漂う姿が物凄くかわいい。

「お腹空いてたの? かわいいね。私の分、一個あげる。それにしても、その格好のままじゃ汚した時、大変じゃない? 先に着替えたら?」

 自分の皿からハンバーグを一つ移しつつ、彼の服装に目を向けた。

 真っ白いワイシャツがケチャップに塗れたら大変だ。

 同じことを思ったのか、彼もコクンと頷くと無言で両腕を広げた。

 じっとこちらを見つめてくる。

 着替えさせろと言いたいのだろう。

 私の瞳がデレデレと歪む。

「甘えん坊で仕方がないね。ほら、腕を伸ばして。ワイシャツだけでいいの?」

 コクリと頷いたのでワイシャツだけを脱がせてやると、彼が寝室へ行ってスウェットをとってこようとする私の腕をクイッと引いた。

 フルフルと首を振っている。

 どうやら服を着る気力がないようで、半裸のまま食事をとろうとしているようだ。

 雄っぱいを晒しながら食事……

 イイですね。

 今回は疲れ切っている方のパターンなので、あんまり触らせていただけないのが残念だけれど、非常に目の保養になる。

 行儀など知ったことではない。

 彼の立派な雄っぱいを見ながらご飯を食べられる。

 これが大事。

 私たちは両手を合わせて食事を始めた。

 黙々と食べ進めるので、あっという間に食事が終わる。

 ケチャップで汚れた彼の口元を拭いていると、彼が両腕を広げてアピールしてきたので、ギュムーッと頭を抱き締めて頭頂部に何回もキスをした。

「かわいいね。本当に甘えん坊でかわいい。お仕事、頑張ってるもんね、疲れちゃうよね。お疲れ様」

 いい子、いい子と頭を撫でていると、彼が背中に腕を回して抱きついてくる。

 撫でるのを止めて手を置いておくだけに留めると、軽く頭で手のひらを押してくる。

 これが堪らなくて、つい手を止めてしまいそうになった。

 まあ、今日は甘やかしに徹するから、あんまり意地悪をする気はないんだけれど。

 彼は基本的に甘えがちな性格をしているが、お喋りだし、家事も分担しているので自分の分は自力でキッチリと行う。

 また、普段は私よりもずっとキッチリした性格をしていて、多めに家事を請け負ってくれることだってあるし、私が家事をさぼるのを見逃してくれたりもする。

 彼は言葉も態度も求めるけれど、代わりに生活面では結構、甘やかしてくれることも多い。

 彼ばかりが甘えん坊といったように振舞ってしまったが、実は私も、相当な甘えん坊なのだ。

 というか、普段から一生懸命に過ごしているから定期的に凄く甘えだすのかな?

 別に、私みたいに少しくらい家事をさぼったって咎めないのに。

 頑張り屋さんで、エネルギー使用の加減がへたっぴなところが愛しいな。

 ともかく、何もできない子供ですよ~って顔で甘えだすのは今だけだ。

 このギャップも堪らない。

 私の残機が次々に萌え死にしていく。

『ああー!! かわいい! かわいい! ちょっと意地悪したいけど、今回はちゃんと甘やかしてあげた方が良いよね。はぁ~、堪らないなぁ。癒される、満たされる。本当、何でこんなに可愛いの? ここまでいくと、もはや罪だよ』

 愛おしすぎるダメ人間タイムは、ただ私を世話焼きにさせる期間ではない。

 彼の普段とは違う、無言かわいい甘えさせてくれアピールを見ることができる非常に重要な期間であり、私の甘えさせたい欲を存分に発散させてくれる最高の期間だ。

 このために生きていると言っても過言ではない。

 このイベントが発生した時のために常日頃から少しずつ愛情と体力と気力を貯めているわけだし、前回から時間が空くと指折りで数え始めるくらい楽しみにしている。

 盆と正月くらい好きだ。

 いや、盆と正月以上に好きだ!

 心臓でグルグルと暴れていたはずの熱が脳にまでせり上がって来て堪らなくなり、好き! 好き! と頭にキスをし続けて抱き締める力をギューッと強める。

 うっかりすれば心臓に彼の頭を取り込んでしまいそうだ。

 私が得体のしれない化け物じゃなくてよかった。

 抱き締めあっていた皮膚と皮膚が布越しに温まってきて、私たちの体温に差がなくなってくる。

 すると彼がポンポンと腕を叩いて、放してとアピールをしてきた。

『もう、満足しちゃったのかな? できれば、もう少し抱っこしてたかったな』

 彼を甘やかす時間なのだから、自分の都合で無理に抱き締めているわけにもいかない。

 それに、彼だって半裸のままでいるわけにはいかないだろう。

 服を着なければ冷えて風邪をひいてしまう。

 私は額に一度キスをして名残惜しい彼を手放すと、今度は部屋着を取りに寝室へ向かった。

 普段ならば胸に抱えられた部屋着を見て万歳をし、着せてくれアピールをするのだが、今日はそれがない。

「どうしたの?」

 首を傾げていると、彼がスッと浴室の方を指差した。

「な~に? お風呂に入れてほしいの? かわいいね。いいよ。たっぷりお世話してあげる。おいで」

 手を引くと照れて少し顔を赤くした彼が曖昧に頷き、トテトテとついてくる。

 お風呂に入れて、髪を乾かして、存分に甘やかした後はどうしようか。

 アイスを食べたがるだろうか。

 それともマッサージして欲しがるだろうか。

 布団の中で甘えたがるかもしれないし、とにかく疲れたからと眠りたがるかもしれない。

 全部でもいいな。

 何にせよ、できるだけ可愛がって甘やかそう。

 前回は四日しか続かなかったから、今回はもっと続くといいな。

 普段から甘えたがりで、疲れると数倍甘えん坊になる気性の穏やかな彼が好きだ。

 もう一回だけキスをして、私は浴室のドアを開けた。

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