カ
山道への入り口は、細く寂れた林道を上る途中、一見すると脈絡もないあたりに切り込むようなかたちで山肌に沿ってあります。
看板のような目印もないですし、街灯のない場所ですので、見落とさないように注意が必要です。
事実、土地勘があって、だいたいの見当をつけていた私でさえも、すぐに見つけることができませんでした。
夜になってから出かけたのが敗因で、陽が差してからようやく見つけ、その日は暮れるのを待たなくてはならない羽目に陥りました。
こういう状態で丸一日を過ごすのはなかなか気分の悪いものです。
近くに休める場所もありませんし、猫はやたらと鳴くのです。
いったん山を下りることも考えましたが、結局やめることにしました。気持ちが途切れてしまうことが嫌だったのです。もちろん、たとえ山を下りたとしても私の決心は変わりません。けれど人のいる場所に入ることで、今の純粋さが損なわれてしまうような気がして。なんだかそれが嫌だったのです。
そうなるとこの辺りに人通りのないのが救いです。他はともかく、あまり人目を気にしなくても良いことだけは有り難く、その代わり、ただ一度だけ一台の車が林道を抜けて行ったときには本当に慌ててしまいました。
この林道の先には国道があって、そこは交通量が多いのです。林道の反対側の先には観光地になるほど有名な牧場に至る道に繋がっているで、この林道を抜け道にする人がいないこともないですし、そもそも山頂のお社そのものが知る人ぞ知る有名なスポットです。
もしも、こんなところにいるのを見つかったら厄介です。
猫を抱えた女がひとり。
知らない人は奇妙に思うでしょうし、地元の人間には一目でその目的を知られてしまうでしょう。
おせっかいな相手だったら通報されかねません。
それとも、小判鮫のようにつきまとってきて、私の目的の邪魔をするかも。
言い逃れするのは面倒ですし、きっと時間をとられてしまいます。
そんな事態はまっぴらですし、そもそも私がやろうとしていることは、当然、他人に知られたら効力を失う類いのことです。
なんにせよ、人目につかないのに越したことはないのです。
私は林道を少し下ったあたりで奥に分け入り、木々に隠れてじっと待ちました。
そして夜になり、山麓の町も寝静まったろうと思うあたりで林から出て、ようよう山道に入りました。
お社までの道は普段は使う人もなく獣道のようだろうと勝手に想像していましたが、そんなことはありません。草の倒れている様子からそれなりに人の往来があることが分かります。
そうは申しましても山道のことですから、人がひとり通るといっぱいです。
道は細く、脇には丈が膝ほどまである草が繁って、歩くたびにパシパシと足を叩きます。
かぶさるように影の濃い木々がみっしり生えていますので、おそらく昼でも暗いのでしょう。
いまは夜ですから尚更のこと。
闇のなかに滲みた影のような風景が暗く暗く取り巻くばかりの山道なのです。
しかも、明かりが漏れて人に見られてしまうことを警戒して、懐中電灯を点けることも控えましたから、文字通り手探りで行かなければなりません。
おそろしくきつい勾配の山道は反時計回りに巻いていて、左側は山の斜面が壁のように迫っていますが、右側は切り立った崖のように落ちこんでいます。
もしも足をとられて転落したら死ぬでしょう。
足元には冬を前に落ちた葉でとても滑りやすくなっていますが、そんなことはどうでもいいことです。
闇の中、かすかに何かの音がして、獣の気配を感じましたが、それだって気にはなりません。
ただ、神経質になった猫が暴れましたので、その時だけは足を止めて、クロロフォルムでおとなしくさせました。
些末なことです。
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