5. 地響きのスタジアム

「プロモーションの方は進んでいますか?」


 パウンドケーキを頬張りながらタケルは聞く。


「今、試用品をあちこちのお店に貸し出しているの。手ごたえは悪くないわよ。それと、市場の一角を借りてステージを作るわ」


 クレアはニッコリと笑う。


「ステージ……?」


「ゲームが上手い人のプレイを見てもらおうと思って……」


「いやでも、こんな小さな画面じゃ遠くの人には見えませんよね?」


「そ、そうなんですよね……」


 クレアは眉をひそめ首をかしげた。


「……。分かった。じゃぁ、巨大画面版を作るから、大きなプレートを用意してくれますか?」


 タケルはニヤッと笑う。


「巨大画面!?」


「そうです、二メートルくらいのサイズなら遠くからも見えるでしょう?」


 異世界に登場する大型ディスプレイ。そんな物などこの世界の人は見たことないからきっと驚くに違いない。みんなの驚く姿を想像しただけで変な笑いが出そうである。


「す、すごい! そんなことできるんですね。タケルさん、すごーい!!」


 クレアはタケルの手を取るとブンブンと振った。


 タケルはその嬉しそうに輝くクレアの笑顔に思わず胸が熱くなる。こんなビビッドな反応をしてくれる人なんて前世でも一人もいなかったのだ。モノづくりをする者にとって感動し、感激してくれることこそが最高の報酬である。


 タケルはクレアの手をギュッと握って、軽く目頭を押さえながら何度もうなずいた。



         ◇



「なんでタケルさんってこんなことできるんですか?」


 クレアは尊敬のまなざしでタケルを見つめる。高名な魔導士ですら到底できないことを軽々とやってのける素朴な青年、それはクレアにミステリアスに映っていた。


「僕のスキルがね、そういうことができる特殊な奴なんだよ」


「へぇ~、いいですねぇ。私なんて【ゾーン】ですよ? なんだか危機になると集中力が上がるスキルなんですって。でも、商会の娘には何の役にも立たないわ」


 クレアは口をとがらせ、つまらなそうにため息をこぼす。


「クレアさんは商会を継いでいくんですか?」


「うーん、パパはどこかの貧乏貴族に嫁がせて、その縁でさらに商会を盛り上げたいんじゃないかしら? やはり平民のやる商会では限界があるのよ。つまり私は政略結婚の駒。もう、嫌になっちゃうわ……」


 肩をすくめたクレアはブンブンと首を振った。


「良い方と巡り合えるといいですね」


 自分とは関係ない富裕層の悩みにややウンザリしつつ、タケルはお茶を一口含む。


「脂ぎってる太った中年オヤジとかになったらもう人生終わりだわ……」


 クレアは眉をひそめ、美しい顔を歪めて涙目になる。


「さ、さすがにそんなことには……」


「何言ってるのよ! 貧乏貴族なんてそんなのばっかりよ! うぅっ……」


「落ち着いて、まだ何も決まってないじゃないか」


 タケルはいきなりの展開に焦り、必死になだめる。


「……。もし、そんなことになったらタケルさん、一緒に駆け落ちしてくれる?」


 クレアはタケルの手を取ると、キラキラと碧い瞳を輝かせた。


「は……?」


「そうよ、お金ならあるんだからどこか遠くの街で一緒に暮らしましょう!」


 タケルは令嬢の暴走した妄想に圧倒される。もしかしたら【ゾーン】に入ってしまっているのかもしれない。


「いや、ちょっと、僕は……」


「何? 私じゃ不満なの?」


 座った目でジッとタケルをにらむクレア。


「ふ、不満なんてないですよ。ただ、そんな何もかも捨てて逃げるなんてできませんよ」


「……。そうよね……。私の魅力が足りないんだわ……」


 クレアはまだ発達途中の胸をキュッと抱きしめ、ガックリと肩を落とした。


 クレアの好意は嬉しく思うものの、前世アラサーだったタケルにはクレアはまだまだ子供にしか見えない。そんなことより早く一万個作らないとならないタケルは、適当になだめて切り上げ、またテトリスづくりへと没頭していった。



        ◇



 そして迎えた発売日――――。


 パパパパーン! パッパー! パパラパー!


 吹奏楽団によるにぎやかなJ-POPメドレーが市場に響き渡り、そのノリのいい楽曲に道行く人たちは足を止めた。


「ハーイ、皆さん! 本日発売になった前代未聞のゲームマシン『テトリス』です。ブロックを落としていくだけなんですけど、ハマっちゃうの! ぜひ、触ってみてくださいねっ!」


 ステージの上でコンパニオンのお姉さんが、テトリスマシンを片手に観客たちに声をかけた。ノリノリで笑顔のお姉さんに観客たちも惹きこまれていく。


「それでは模範演技をアバロン商会のクレア嬢にお願いしまーす!」


 パチパチパチパチ!


 サクラたちが一斉に拍手をして、観客がたくさん集まってくる。


 巨大画面で動き出すブロックたち。クレアはタン! タン! と見事なボタンさばきで溝付きの列を積み上げていく。


 そして、やってくる『棒』ブロック――――。


「おぉぉぉぉ!」「な、なんだこれは!?」「面白ーい!」


 ゲームなど見たことなかった異世界の人たちに、ブロックが消える爽快感は圧倒的だった。


「えっ? これ、自分でもできるんですか?」


 サクラが大声を張り上げる。


「はい、デモ機を三十台ご用意してます。こちらに順番に並んでくださいねっ!」


 お姉さんが台本通りに案内すると、ドヤドヤと観客たちが押し寄せてきた。


「えっ? ここに並ぶの?」「これ、買えるんですか?」「ちょっと、押さないで!」


 にぎやかなJ-POPが流れる中、大勢の人が押し合いへし合い集まってくる。それはテトリスがこの世界の人たちに受け入れられたことを示す、初めてのうねりだった。


「おぉ、タケル君! 見たまえ、大盛況じゃよ!」


 ステージの裏手でハラハラしながら見守っていた会長は、興奮した様子でタケルの肩をパンパンと叩く。


「いやぁ、これは予想以上ですねっ!」


 タケルも満面の笑みで応える。この反応なら一万個はさばけそうだ。日本円にして三億円。それはタケルにとって、前世でも手に入らなかった途方もない大金である。


『わが師、ジョブズ……。僕はやりますよ! 金の力で魔王を倒してやる!』


 ついに始まった快進撃。タケルはテトリスに群がる人たちの熱気を全身に感じながら、フワフワとした高揚感の中、こぶしをグッと握る。この瞬間をきっと一生忘れないだろうとタケルは口をキュッと結んだ。



         ◇



 その後テトリスは一大ブームとなり、販売台数は三万台を超え、チャンピオンシップ大会もスタジアムで大々的に行われることになった。


「みなさーん、今日はお越しいただき、ありがとうございます! 第一回テトリスチャンピオンシップ大会、開幕です!」


 ステージの司会がこぶしを突き上げる。


 パパパパーン! パッパー!


 吹奏楽団が青空ににぎやかな音を響かせた。


 うぉぉぉぉぉぉぉ!!


 スタジアムを埋め尽くす数万のテトリスプレイヤーが、地響きのような歓声を上げる。


 タケルはそのスタジアムを覆いつくす熱狂に圧倒された。自分が魔法ランプに書き込んだちっぽけなコード。それが今、こんな壮大なムーブメントになって燃え盛っている。これが事業を起こすということなのだ。


 タケルは両腕に力を込め、グッとガッツポーズを見せる。


 あの時、生産数を百個にしていたら絶対こんなことにはならなかった。心のスティーブジョブズに問うたことが成功を導いたのだ。目先の成功にとらわれず、世界規模のビジョンを持って決断すること、それがITベンチャーでは大切なのだと、タケルは身にしみて感じたのだった。















6. 生まれながらの気品


「さて! それでは予選を開始します! 私が『用意、スタート!』と言ったら、プレイを開始してください。最後まで残った8名が決勝トーナメントに進みます!」


 うぉぉぉぉぉぉぉ!!


 プレイヤーたちはテトリスマシンを高くつき上げ、スタジアムは興奮のるつぼと化していく。それぞれ、今まで必死に寝る間を惜しんでテトリスを攻略してきたのだ。スポットライトを浴びるのは自分だとばかりに、テンションマックスで叫んだ。


「それでは行きますよーー? 用意は良いですか?」


 急に静まり返るスタジアム。


 さっきまでの歓声が嘘のように、みんな血走った目で合図を固唾をのんで見守る。


「それでは……、スタート!!!」


 パパパパーン! パッパー!


 吹奏楽団がにぎやかなJ-POPメドレーを演奏し、プレイヤーたちは一斉にプレイに没頭した。


「ゲームオーバーになったらもう再開しちゃダメですよ、スコアでバレますからね?」


 ワハハハ!


 まだ余裕のあるプレイヤーたちから笑いが起こる。


 タケルは会長と共にステージの袖から感慨深く観客席を見上げた。自分の些細な思い付きがあれよあれよという間にこんなに多くの人の熱狂に繋がっている。それはまるで夢を見ているかのようにすら感じるのだ。


「いよいよ始まったな、タケルくん!」


 会長もワクワクした様子でタケルの肩を叩いた。


「えぇ、こんなに盛り上がるなんて最高ですよ! でも、テトリスはまだ第一歩にすぎませんよ?」


 タケルはニヤッと笑って会長を見た。


「え? 次は何を作るつもりじゃ?」


「それはお楽しみですよ」


 タケルは満面に笑みを浮かべながらステージを見上げる。


 そう、これはまだスタート地点に過ぎない。これを足掛かりにスマホを作り、莫大な富を築き、そして魔王を撃ち滅ぼして人類の歴史に名を残す。それはITベンチャーをキーとした壮大な旅なのだ。でも、今『魔王を倒す』なんて言っても会長には頭がおかしいだけにしか見えないだろう。


 ははっ……。


 タケルはつい変な笑いがこみあげてきてしまい、慌てて口を押さえ、取り繕った。



        ◇



 くあぁぁぁ! しまったぁぁ!


 ゲームオーバーになってしまったプレイヤーの嘆き声があちこちから上がり始めた。


「スタッフのお姉さんたちは、まだプレイしている方のそばに立って旗を振っていてくださいねーー!」


 ぴったりしたコスチュームを着込んだスタッフの女性たちはにこやかに周りを見渡し、人だかりができているそばで赤い旗を掲げた。


 やがて、残っていた強者も、一人一人とゲームオーバーになっていき、お姉さんの数も余るようになってくる。


「はい、今、残ってるのは十名! あと二人脱落で確定です! あっ、後一名……。そして……確定、確定です!! 今残っている方、決勝トーナメント進出確定です!!」


 パパパパーン! パッパー!


 吹奏楽団の元気な演奏が決勝進出者を祝福し、会場は割れんばかりの拍手が響きわたった。


 タケルも拍手をしながら予選通過者を眺めていると、見慣れた顔がいる。クレアがタケルに向かってVサインを出しているではないか。なんと、クレアはこの数万に及ぶ参加者の中で勝ち残ったのだ。


「へっ? ま、まさか……」


 タケルは目を丸くしながら口をポカンと開けてしまう。数万の人の中で勝ち残る、それは並大抵の話ではない。きっと人知れずハードな練習を重ねていたのだろう。


 タケルはそのクレアの執念に苦笑しながら首を振り、そして大きく腕を突き上げ、サムアップしながらその健闘をたたえた。



        ◇



 いよいよ決勝トーナメント。ステージ裏では会長自ら進行の段取りを確認していく。この規模のイベントを成功させればアバロン商会の威信も高まるというもの。会長はビシッとタキシードに身を包んで、スタッフたちに檄を飛ばしていった。


「ちょ、ちょっと、困ります!」


 出場者の控えスペースでスタッフの女性が声をあげた。


 何事かと見れば、予選通過者と思われるフードをかぶった少年に屈強な護衛が二人ついている。そして、その護衛が特別待遇を要求しているようだった。


「ご、護衛……?」


 タケルは首をかしげた。なぜ、テトリスプレイヤーの少年に護衛がついているのか?


「あわわわわ……。ま、まさか……」


 会長はその様子を見ると真っ青になって駆け出した。


「我々は護衛であり、この方のそばを離れることはできない!」


「大会の規則では予選通過者のみの入場となっておりまして……」


「何を言う! そんな規則無効だ!」


「せめて、お名前をうかがっても……?」


「お前に名乗る名などない!!」


 押し問答が続く中、会長が割り込み、少年にひざまずいた。


「こ、これは殿下! 大変に失礼をいたしました!」


 えっ……?


 スタッフたちは驚いて後ずさる。


「ほう、お主は我を知っとるのか?」


 少年はフードを滑らかに脱ぎ、輝く金髪をファサっと揺らすとその鮮やかな真紅の瞳でニヤリと笑った。幼さを帯びたその端正な顔立ちには、生まれながらにして備わる高貴な気品が宿っている。彼こそが、才能に恵まれ、王国でも類を見ない名声を持つ第二王子、ジェラルド・ヴェンドリックだった。















7. ハングリーであれ、馬鹿であれ


 会長は王子に気おされながら言葉を紡いだ。


「も、もちろん存じ上げております。いつぞやのパーティーでご尊顔は拝見しております」


「なら、話は早い。護衛随伴は問題ないな?」


「も、もちろんでございます。御心のままに……」


 会長は冷汗を浮かべながら頭を下げた。


「それから……。対戦においてわざと負けるとかは……許さんぞ?」


 少年は真紅の瞳をギラリと光らせる。


「えっ……、そ、それは……」


「八百長は無しだ? いいか、分かったな?」


「いや、しかし、王家常勝は大前提ですし……」


 会長はあたふたしながら冷汗を垂らす。一般に王族が参加するイベントでは必ず王族が勝つように台本が用意されているのが習わしだった。


「何……? その方、我は八百長せねば負けると申したか!」


 少年はローブをバサッと翻し、腰に付けた剣に手をかける。黄金で王家の紋章が刻まれた剣の柄のブルーサファイヤが不気味に輝いた。


 ひぃぃぃぃ!


 会長は恐れおののいて床にへたり込んでしまう。


 その剣は幽玄のエーテリアル王剣レガリア。王族だけに所持の許された『斬り捨て御免』の剣である。つまり、この剣であればだれを殺しても罪には問われないという絶対王政の象徴だった。


「よいか? 八百長は無しだ。手を抜いているのが分かったら……」


 少年は剣を少し抜いてチャキッと金属音を響かせる。


「か、かしこまりました!」


 会長は土下座して叫んだ。


「よし! その方、我を案内せよ!」


 ローブをバサッと脱ぎ去った少年の胸元には、金の鎖がきらめく宝石のように輝いている。彼の純白のジャケットは赤い立て襟で華やかに彩られ、美しい立ち姿で女性スタッフへと話しかける様子はまるで絵画の一コマのようだった。



        ◇



「タケルくーん! 大変な事になってしもうた……。どうしたらいいんじゃ?」


 会長はほとほと弱り切った顔でタケルの腕をガシッと握った。第二王子は優秀でキレモノだというもっぱらの評判ではあったが、王族の例にもれず尊大で、無理難題を吹っ掛けてくる頭の痛い存在だった。


 王子が負けるようなことがあったら、王族侮辱罪が適用され、関係者の死刑は免れない。負かしたプレイヤーだけでなく、会長やタケルにも類は及ぶだろう。しかし、過去のハイスコアの数値を見れば、何の操作もなしで王子が優勝するとは思えない。


 さらにややこしい事に、普通に対戦したら対戦相手は恐怖で必ず手を抜くので、そうなれば八百長認定され会長の首は危うくなる。勝っても負けても死刑は免れそうになかった。


「うぉぉぉぉぉ、なんで王族がこんなところに来るんじゃぁぁぁ!」


 会長は頭を抱えて動かなくなってしまう。


 降ってわいた難題にタケルも大きくため息をついた。


「策はあるはずです。一緒に考えましょう」


「さ、策……って?」


 涙目で会長はタケルを見つめる。


「まず、殿下の対戦数を減らしましょう。ロイヤル・シードとか何とか名目をつけて、決勝戦にだけ参加してもらいましょう」


「なるほど、なるほど、で、決勝戦ではどうするんじゃ?」


「うーん……」


 タケルは腕を組み、考え込む。八百長もなしに確実に王子に勝たせる方法などある訳がないが、八百長は死刑……。なんという無理ゲーだろうか?


「中止、中止にしよう! こんなのに命なんてかけてられんよ!」


「いや、でも、この大観衆が納得しますかね?」


 タケルは観客席を見上げる。そこには決勝戦を楽しみにしている数万人の人たちの笑顔が並んでいた。


「うーん、納得は……せんじゃろうな……」


 肩を落とす会長。暴動が起ころうものならアバロン商会など一発で吹き飛んでしまう。


「何か策はあるはずです」


 そうは言うもののタケルにも妙案はなかった。


 くぅぅぅぅ……。ジョブズ……、ジョブズならどうするか……?


 ジョブズは自らが創業したAppleを追放された後も、粘り強い活動でAppleに復帰した。どんな苦境でもあきらめないことが肝心なのだ。


 もちろん手っ取り早く王子を勝たせるには出てくるブロックを操作すればいいのではあるが、ゲーマーの違和感は馬鹿にできない。バレるリスクを負ってまでやるべきではないだろう。


 と、なると……。


 タケルは重いため息を吐き、ゆっくりとうなずいた。


『ハングリーであれ、馬鹿であれ』


 ジョブズの名言が胸に蘇る。タケルは正面突破する覚悟を決めた。

















8. テトリスの女神


 決勝トーナメントでは高さ五メートルはある巨大プレートにテトリス画面を表示させ、それを二枚、ステージ上に並べた。プレイヤーは手元のコントローラーのボタンを叩いて操作する。


 対戦テトリスには相手を邪魔できる機能が追加されており、二列以上同時に消すと相手側に、消せないお邪魔ブロックがランダムで降ってくるようになっている。つまり、二列以上をより早く消し続けた方が勝つのだ。


 まずは、一般の部のトーナメントが行われ、白熱した対戦に会場は大いに沸いた。どんなに上手いプレイヤーでもお邪魔ブロックには手こずり、リズムを狂わされ、あっさりとへまをして自滅していったりするのだ。


 その、真剣勝負の中に現れる勝敗を分ける妙に会場は興奮し、声援が響きわたった。


 そして、迎えた一般の部決勝戦、ひときわ高い声援がスタジアムを包み込む。歓声がうねりのように地響きを起こし、熱気が渦巻いた。


 王子対応に奔走していたタケルと会長は、地響きが気になって、様子を見に来て呆然とする。


「か、会長! クレアさんが残ってますよ!」


「へっ!? あ、あの子はなぜそんなに強いんじゃ?」


 クレアが勝ち残っていたことに二人は目を丸くし、クレアの激闘にくぎ付けになった。


 クレアはノータイムで次から次へとブロックを回し、落としていく。そこには一切の迷いもなく、まるで機械のようにタタタターン! タターン! とボタンを軽快に叩いていった。


 もちろん、対戦相手もかなりのものだったが、お邪魔ブロックの扱いに若干の戸惑いが見られ、そのわずかな差が新たなお邪魔ブロックを呼んでしまい、さらに差が開いてしまう。


 そして、ついに対戦相手は手詰まりとなり、パーン! と両手でコントローラーを叩き、うなだれた。


「けっちゃーく!! 勝者、クレアちゃーん!」


 司会が叫ぶと、うぉぉぉぉぉ! という割れんばかりの歓声がスタジアムを埋め尽くした。


 クレアは晴れやかな顔で両腕を青空に高く突き上げる。揺れる金髪が陽の光にキラキラと輝き、観客は皆この美しきテトリスの女神の誕生にくぎ付けとなった。


「やったぁぁぁ! あっ、タケルさーん! クレアは勝ちましたよ!」


 ステージの袖で唖然としているタケルに元気に手を振るクレア。タケルはその勢いに気おされながらサムアップで返した。

 


         ◇



 この勢いのまま王子と対戦させたらクレアが圧勝してしまう。タケルは青くなってうつむき、大きくため息をついた。


「タ、タケルくん……」


 会長も冷汗を浮かべながらグッとタケルの腕を握る。


 この勢いをうまく殺しながら、バレずに八百長をして王子に勝たせる、そんなデリケートな操作がクレアにできるとは到底思えない。


「僕が……、王子に進言してきます」


 タケルは覚悟を決めた目で貴賓室へと足を進めた。



        ◇



 ノックをし、王子への面会が許されたタケルは面前でひざまずいた。


「高貴なるジェラルド王子殿下、輝かしき御前にひざまずくことを光栄に存じます」


「お主がテトリスの開発者だな? 面を上げよ」


 王子はひじ掛けに身体を預けながら、澄み通る真紅の瞳を好奇心でキラリと光らせた。


「はい、タケルと申します。いよいよ決勝戦となりましたが、ハンディキャップの設定を行うことになりましたのでご報告に参りました」


「ハンディ……キャップ……?」


「はい、対戦が拮抗するようにテトリスプレイ歴の長い方に若干のブロック出現確率の修正が入ります」


「む? どういうことか?」


 王子の眉がピクッと動き、不機嫌そうに疑問を放つ。


「た、対戦者のクレア嬢はテトリス発売開始前からテストプレーヤーとしてプレイしていました。それは明らかに不公平なため、若干調整させていただ……」


 タケルの説明を聞きながら眉をひそめた王子は、腕をすっと上げ、指先をタケルに向けた。手首の翡翠のブレスレットが鮮やかな緑の閃光を放った直後、ズン! という衝撃音と共に激しい空気砲がタケルを襲った。


 ぐはぁ!


 タケルは吹っ飛んでもんどりうって転がる。


「その方! ハンディキャップが無ければ我が負けると申したな!」


 王子の怒気がブワッと室内に響き渡った。その怒りを孕んだオーラの圧力が部屋にいる者たちを威圧し、護衛の者たちは苦しそうにキュッと口を結ぶ。


 タケルは王族の持つ覇者のオーラに当てられながらも、何とかハンディキャップを理解してもらわねばとグッと奥歯に力を込め、居住まいをただした。
















9. 輝ける違和感


「ま、負けるとは申しておりません! ただ、腕が拮抗するだけ、テトリスに対する想いの強さを競う戦いになるだけです!」


 タケルは胸を押さえながら必死に言葉を絞り出した。


「想い……?」


「そうです、本来ゲームとは想いと想いのぶつかり合い、どれだけ魂を熱く燃やせたかを競うものです! それをこの決勝戦での評価といたします」


「ほう?」


 王子は小首をかしげながら、タケルを鮮やかに輝く真紅の瞳でにらんだ。


「技ではなく、ハート。これが本決勝戦でのテーマとなります」


「考えたな……。これは誰の発案か? お主か?」


 王子はまるで面白いオモチャを見つけたような笑みを浮かべる。


「わ、私です……」


「いいだろう。対戦終了後もう一度ここへ来い。お前の小手先の策略が正しかったかどうか裁いてやる。くっくっく……」


 王子は嗜虐的な笑みを見せた。その真紅の瞳にはタケルの挑発に対する怒りと好奇心の混ざった炎が揺れている。


「み、御心のままに……」


 タケルは背筋を貫く悪寒にブルっと身震いをしながら頭を深々と下げた。



       ◇



 いよいよ決勝戦。タケルはクレアに事の次第を丁寧に伝え、最後の最後に上手く負けることをお願いした。接戦ののちに王子が勝てば丸く収まるはずである。


 しばらく口をとがらせ、うつむいていたクレアだったが、何かを決心するとグッとこぶしを握り、にこやかに笑った。


「分かったわ!」


「ゴメンね、王族に逆らう訳にはいかないんだ」


「ううん、いいの。私が全て解決してあげるわ!」


 クレアは美しい碧眼を光らせ、タケルをまっすぐに見つめる。


「あ、そ、そう?」


 タケルはそのクレアの瞳の輝きに違和感を感じたが、クレアはスタッフに呼ばれてしまう。


「じゃあ、行ってきまーす!」


 クレアはニコッと笑って手を振りながらステージの袖へと登って行った。


「が、頑張って!」


 タケルは不安を押し殺すように大きく手を振り返す。一体この違和感は何なのか、正体の分からないままタケルは眉をひそめた。



        ◇



「それでは、決勝戦、始まるよーーっ!」


 司会のお姉さんがノリノリで叫んだ。


 パッパラッパー!


 吹奏楽団がひときわにぎやかな演奏をスタジアムに響かせる。


「一般部門代表! テトリス界に舞い降りたブロンドの天使ーーっ! クレアー、アバローン!!」


 うぉぉぉぉぉ!


 割れんばかりの大歓声がスタジアムを包み込む。


 ピンク色のボディスに身を包んだクレアは、満面に笑みを浮かべ、手を振りながらステージへと上がっていった。


 クレアちゃーん! 頑張れー! ピューーイ!


 先の激戦の記憶が脳裏に蘇り、観衆は一様に情熱を胸に宿しながら、力強い声援を送った。


「続きまして、なんと、我が王国の輝ける太陽、ヴェンドリック王室より、第二王子、ジェラルド・ヴェンドリック殿下が参戦されております! それでは殿下の登場です!」


 おぉぉぉ……。


 会場はどよめいた。


 ロイヤルシードとの案内があったので、貴族が参加するのだろうというのは分かっていたが、まさか王族が参加するとは想像もしていなかったのだ。この国において王族は絶対である。一体どんな展開になるのか誰も想像がつかず、観客たちは周りを見回しながら不安そうに顔を合わせるばかりだった。


 純白のジャケットに金の鎖を揺らしながら王子は入場してくる。王子は上品な足運びで優雅にステージに上がると、手を高々と上げ、観衆を見回した。


 本当に王子が入場してきたことに皆、戸惑いを隠せない。絶対王政の王国において、王族が平民と戦う。その意味の不穏さをみんなの脳裏によぎっているのだ。


 運営側のサクラがパチパチと頑張って拍手を打ち鳴らすが、なかなか広がらず、散発的な力ない拍手がスタジアムに響く。


 クレアはスカートをつまみ、うやうやしく挨拶をした。


「王国の英知にご挨拶申し上げます」


「うむ。わざと負けたりは……するなよ?」


 王子は美しくピンと背筋を張った立ち姿で、余裕の笑みを浮かべながらクレアを見下ろす。


「はい、恐れながら勝つのはわたくしですので……」


「ほう……? この我に……勝つと申すか?」


 その意外な返事に王子はピクッと眉毛を動かす。


「もちろん、殿下の方が全てにおかれまして優秀でございます。ただ……、恐れながらテトリスへの想いには自信がございますので」


 クレアは澄み通った碧眼をキラリと輝かせる。


「想い……? 想いねぇ。いいだろう。蹂躙してくれるわ!」


 王子は嗜虐的な笑みを浮かべると、真紅の瞳をギラリと輝かせた。


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