第16話 ニアミスの親子

 それよりさかのぼること、3時間前。千葉中央駅と直通で繋がっているホテル・ミロマーレのカフェレストランの窓際のテーブル前で、加藤浩二と恵子が、美咲のお見合い相手・日向ひゅうが健太およびその両親と挨拶を交わしていた。

「どうも、美咲の父の浩二と言います。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。健太の父の日向隆たかしと言います。千葉県警に勤めております。そして、こちらは妻の真由美です。どうぞよろしくお願い致します」


 一通り挨拶が済むと、日向隆から

「ところで、美咲さんはいらっしゃらないようですが、どうかされたのですかな?」と聞かれた。当然の質問だよな、と浩二も思う。

「いや、その……美咲はちょっと……えっと――そうそう、実は靴が壊れたらしくてですね、替えを買いに走っているようです。すぐ戻ってくるとは思いますので……」と浩二は何も考えず、苦し紛れの言い訳を言った。

「……そうですか。では、そのうちいらっしゃるんですね?」

「ハハハハ、すみません、まったくどうしようもない娘でして……」と冷や汗を拭きながら浩二は言った。

 日向健太はボーッとしている。

 すると、恵子が浩二の袖を引っぱると小声で

「その言い訳、すぐにばれますよ。『美咲は、知り合いが道で倒れているのを見つけてしまいまして、一緒に救急車を呼んで付き添っているようでして……少し遅れております』とか言っていれば良かったのに。最悪『その知り合いが重篤らしくて』と言えば、今日の見合いをお開きにしても日向さんも許してくれたでしょうに!」と軽く責めた。浩二は

「そうか、そういう言い訳があったか……しかし、日向さんに『靴を買いに行った』と言ってしまった以上、今さら言われても仕方がない」と言い訳がましく言った。

「そうか、じゃありませんよ。あなたが『俺に任せておけ』って言ったから黙って見ていましたけれども、本当にしっかりしてくださいよ!」

 加藤夫婦のヒソヒソ話に、隆は咳払いを軽くした。

 浩二は隆に向き直って

「ハハ、すみません、今美咲と連絡を取っている最中なので……」と言い訳した。

 浩二は再度恵子の方を向くと

「それより、母さん、美咲の携帯にはまだつながらないのか?」と聞いた。

「電波の届かないところか電源を切っているかのメッセージしか流れなくて……。おそらくスマホの電源を切っているんじゃないですかね」

 浩二は心の中で頭を抱えて、

「ああ、先方には何と言えば……いや、仲介をしてくれた部長にも。俺の会社での立場が……昇進が……!」と苦悶の表情を浮かべた。

「だから言ったじゃないですか! 話のもっていきかたが少々強引だったんですよ」

 浩二は少し感情的になって

「だから、美咲を未成年と付きあわせるわけにはいかんだろう? 大体お前が美咲のことを普段から甘やかしているから……」と言いかけて、しまったという顔をした。

 恵子はキッと浩二を睨むと

「何ですって!」とすごんだ。

 浩二は背中を丸めながら

「すみません……。でも今はそれどころではないよな」とつぶやくように言った。

 そうこうしているうちに、隆から

「どうかしましたか?」といぶかしげに聞かれ、

「いえいえ、何でもありません」と引きつった笑顔で浩二は答えた。

 健太はボーッとしている。


 ……1時間後。浩二は見合い相手の両親と雑談をして、何とか時間を引き延ばしていたが、恵子に

「母さん、もう限界だ。美咲とは、まだ連絡が取れないのか?」と泣きつくように聞いた。

「さっきから、例のメッセージが流れるだけで……。きっとスマホの電源を切っているのでしょうね……」

「一体どうするんだ? ぼちぼち向こうもこちらを疑いの目で見始めているような気がする……」

 すると、隆から

「それで、美咲さんはいついらっしゃるのですかな?」と少し苛立ち気味に聞かれた。

 浩二は冷や汗をかきながら

「ハハハハ、本当、一体どこまで靴を買いに行ったのやら……」と必死に取り繕うとした。

 その時であった。千葉中央駅前のスクランブル交差点の方から

「あなたに……生まれてきたの! たとえ……世界が……あなたを探し出す!」と張りあげた女性の声が窓を通して聞こえてきた。

 恵子は話を逸らす意味もあって

「何か、ドラマの撮影でもやっているのでしょうか?」と浩二に聞いた。

「さあ……スタッフらしい人影は、こちらからは見当たらないけどな」」

 隆も

「この辺でドラマの撮影をするために、道路使用許可申請がされたという話は、私も聞いていないのですが……」と少し不思議そうに言った。

 話を逸らすにはこのネタしかないと思った浩二は

「きっと馬鹿な若者が衆目を集めるために騒いでいるのでしょう。本当、親の顔が見てみたいモノですな、ハハハ」と笑いながら、浩二は窓に映った自分を見つめ続けた……。

 健太は変わらずボーッとしていた。

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