第15話 本物の妹 VS 自称・妹

 美咲が憤っていると、個室のドアが勢いよく開き、誰かが入室してきた。

 ――陽菜だ! 右手で悠斗の襟首をがっちりつかみ、ぐいっと引きずりながら現れた。

 陽菜の姿を見た美咲は、頭から湯気を出しながら

「陽菜、よくもやってくれたわね……。陸の妹だからって、容赦はしない――」と凄んだ。

 しかし、陽菜は余裕しゃくしゃくで

「私が何の策もなく、あなたの目の前に出てくると思う?」と挑発した。一方、襟首をつかまれたままの悠斗は

「姉貴、ごめん。結果的に陽菜の味方になっちゃったけど、そうする気はなかったんだ……」と情けなく弁解をした。

 すかさず陽菜は

「悠斗ぉ~、今さら裏切りは許さないわよ!」と悪魔のような声を発した。

「ひぃぃ、すみません、すみませんっ!」と悠斗は泣きを入れた。

 陽菜はフッと笑うと、

「美咲、これを見なさい!」とスマホの画面を見せてきた。

 スマホの画面には、美咲が人混みの中で腕立て伏せから駅前での魔法少女の決め台詞まで、これまでの罰ゲームの動画が流れていた。

「どういう意味か、わかるでしょう? この奇行が親にばれたくなかったら、兄貴と別れなさい!」


 美咲は歯ぎしりをしながら

「自分でやらせておいて、『奇行』とは。どこまで卑怯なやつ!」とつぶやくように言った。

「姉貴、こんなこと言えた義理ではないかもしれないけれども、見合いをすっぽかして親にこの奇行がばれたら、勘当ぐらいありえるかも……」

 美咲は、勘当はともかく家から追い出されるのはまずい! バイトの金が生活費に消えて、コスプレができなくなる……と思った。

 勝利を目前にしたかのような態度の陽菜は

「さあ、どうするの、美咲? 兄貴と別れる、それとも親から勘当される? 好きな方を選ばせてあげるわ!」とあくまで上から目線で言った。

 少し怒った様子の陸は

「陽菜、いくら何でもこれはやり過ぎだ! もう絶対に美咲に『お兄ちゃん』って言わせないようにさせるから――だから別れるのだけは勘弁してくれ! なあ美咲、もう絶対『お兄ちゃん』って言わないよな?」ととりなすように言った。

 一方美咲は

「うん、もう絶対に言わないって約束する……。でも、それを誓うのは陽菜に対してではない! 陸に対して誓う。私は、今後絶対に『お兄ちゃん』とは言わないと!」と決死の形相で宣言した。

 陽菜が最終宣告として

「ふん、もう遅いわ。もう、そんな甘ちょろい状況じゃないのよ! どうするの? 別れる? それとも勘当される方を選ぶ?」と言っている最中であった。悠斗のスマホの着信音が鳴った。電話に出た悠斗は、時々慌てたように頭を下げたり弁解しているようなそぶりを見せた。そして、

「姉貴、今回の罰ゲームの奇行、全部親にばれているよ。姉貴を見た知り合いの人たちから、親父達に通報があったんだって。見合いはすっぽかすし、電話は通じないし、一体何をやっているんだ、と滅茶苦茶怒ってた。すぐに見合い会場に来て、先方様に詫びを入れろだってさ。ちなみに見合い会場は、千葉中央駅直結のホテルミロマーレのカフェレストラン・ミロフォリアだってさ」と美咲に電話内容を伝えた。

 これを聞いた陽菜は「私の最高で最後の手札が……」とつぶやくと、全身から冷や汗があふれ出し、まるでキンキンに冷えた麦茶のグラスのように滴がだらだらと流れ落ちた。

 そして、「戦略的撤退!!」と叫ぶと、悠斗を引きずりながら部屋から飛ぶように逃げ出した。


 陸は陽菜が部屋から逃げ出した後、しばし呆然としていた。が、さっきの会話で気になった言葉があったことを思い出した。

「美咲、ひょっとして見合いをすっぽかしてデートに来ていたのか?」

 美咲は言いにくそうに

「……うん。でも、デートの方が、大事だったから……」と小さな声で言い訳した。

 陸は

「見合いより俺とのデートを選択してくれたこと自体は嬉しい。けど……」と仕方がないような口調で言っていたが、途中から

「でも、お詫びに行かないと! すっぽかしたままでは、いくら何でも見合い相手に失礼だ!」と強い口調で言った。

「えー、いまさら気まずいよ、見合い相手と顔を合わせるのは!」

「いや、駄目だ。これからの美咲との交際をご両親に認めたもらうためにも、謝罪に行くぞ!」

 陸は渋る美咲の手をぎゅっと握り、謝罪に向けて――カラオケの個室から飛び出した。


 陸は受付で素早く精算を済ませると、嫌がる美咲の右手を引っぱって四街道駅北口のタクシー乗り場まで来た。すかさずロータリーのタクシープールに待機していたタクシーが目の前に来る。陸は美咲の右手を引っぱりながら素早く乗車しようとするが、美咲が左手で車体の外側を押して乗車することに抵抗する。

「嫌だよ、私、行きたくない!」

「いや駄目だ! むこうに行ってからのことは俺が何とかする。頼むから乗ってくれ!」

 二人の様子をルームミラー越しに見ていた年配のタクシーの運転手は渋い顔をして

「お客さん、乗るの、乗らないの?」と迷惑そうに聞いてきた。

 陸は

「すみません、今すぐに乗せますんで」と答えたが、肝心の美咲は

「絶対嫌っ! 私をどうするつもり!? 絶対乗らないんだから!」と叫んで完全に乗車拒否をしている。

「人聞きの悪いことを言うな。いいから行くぞ!」と陸は手を引っぱる。

 その状況をじっと見ていた運転手はスマホを取り出した。そして

「もしもし警察ですか。今乗客同士のトラブルが発生してまして……ハイ。若い男が年下の女性をむりやり乗車させようとしていて……ハイ、そうです。誘拐の可能性もあるので、こちらとしては何とも……。場所は、JR四街道駅北口のタクシー乗り場。ハイ……警察の方で対処していただけますか?」と電話のやりとりが運転席から聞こえてきた。

 陸は慌てて

「いや、違うんです。これは、彼女に不都合なことがありまして。これから謝罪するために――」と弁明しようとするが、運転手は

「お客さん、そんなこと言われてもね、こちらとしては事情がわからないんで。これから警官が来るから、そちらで説明していただけますか」と突き放すように言った。

「いや、だから、これは……」

 相変わらず、美咲はタクシーに乗るまいと、陸につかまれている手を引っぱり返している。

 陸が言い訳をしようとしていると、タクシー乗り場の目と鼻の先にある交番から警官が二人出て来て、タクシーに近づいてきた。

 陸は慌てた。どうする? どうするよ、俺!

 

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